慢性疼痛をICD-11でどう分類するか
ICD-11のための慢性疼痛分類——「痛みの診断名」をどこに置くかという提案
A classification of chronic pain for ICD-11
Framework / Classification | 2015 | 疼痛分類
疼痛分類
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- 何を調べた?
- 慢性疼痛は世界人口の推定20%に影響し、医師受診の15〜20%を占めるにもかかわらず、従来のICDには体系的な診断コードがありませんでした。IASPのTask Forceは、WHOと連携して、プライマリケアから専門的疼痛管理までで使える慢性疼痛の分類をICD-11に実装することを目指しました。
- 何が分かった?
- 慢性疼痛を「3か月を超えて持続または反復する痛み」と定義し、病因→病態生理学的機序→身体部位という優先順位で7つのカテゴリー(chronic primary pain/cancer/postsurgical・posttraumatic/neuropathic/headache・orofacial/visceral/musculoskeletal)に整理しました。加えて、心理社会的要因の所見と、痛みの強さ・苦痛・機能障害に基づく重症度を任意のspecifierとして記録する構造が提案されています。
- 何を言ってはいけない?
- これは分類の妥当性や信頼性を検証した研究ではなく、また分類ごとに治療法が決まることを示した研究でもありません。専門家合意に基づく分類体系の提案(topical review)であり、著者ら自身が「慢性疼痛のすべての現れ方に対する完全な解決ではない」「7カテゴリーは包括性と実用性の妥協である」と述べています。
重要ポイント
- 慢性疼痛の定義は「3か月を超えて持続または反復する痛み」とされ、慢性頭痛・口腔顔面痛では「少なくとも3か月間、日数の50%以上」という基準が置かれています。
- 分類原則は第1に病因、次に病態生理学的機序、最後に身体部位という優先順位で、ICD-11のmultiple parentingにより1つの診断が複数カテゴリーに属し得ます。
- chronic primary pain が新設され、非特異的腰痛・chronic widespread pain・線維筋痛症・irritable bowel syndrome が含まれます。これは病因が不明でも「著明な情動的苦痛または著明な機能障害」を伴う痛みを診断として認識する枠です。
- 各診断には任意のspecifierとして、心理社会的要因の所見と、痛みの強さ・痛みによる苦痛・機能障害に基づく重症度を記録する欄が用意されています。
- 慢性筋骨格系疼痛のカテゴリーは nociceptive pain に限定され、圧迫性ニューロパチーの痛みや somatic referred pain のように筋骨格組織に感じられても由来しない痛みは含まれません。
文書を読み解く2〜4分
この文献が生まれた背景
慢性疼痛は世界人口の推定20%に影響し、医師受診の15〜20%を占めると本論文は述べています。ところが従来のICDには、その実態を反映する体系的な慢性疼痛の診断コードがありませんでした。著者らはその結果として、正確な疫学データの取得、医療費請求、新しい治療の開発と実装が妨げられていると指摘しています。
臨床側の言葉に置き換えると、「この患者の痛みを何と呼び、どこに記録するのか」が国際的に定まっていなかった、ということです。分類の話は一見事務的ですが、記録されないものは数えられず、数えられないものは制度の対象になりにくい、という問題につながります。
この論文の目的
目的は、多様な慢性疼痛に適合し、かつICD-11の枠組みに収まる合理的な分類原則を見いだし、それをICDに実装することです。想定される使用場面は、専門的な疼痛管理だけでなくプライマリケアも含まれます。つまり「痛みの専門家だけが使う細密な分類」ではなく、広く使える実用的な分類を目指した、という位置づけです。
概念構造——何を優先して分けたか
分類の優先順位は、第1に病因(etiology)、次に基盤となる病態生理学的機序、最後に身体部位です。順序が明示されていることが重要で、「どこが痛いか」よりも「なぜ痛むと考えられるか」を先に置いています。
さらにICD-11の multiple parenting により、1つの診断が複数のカテゴリーに属し得ます。1つを primary parent とし、他は secondary parent として相互参照される構造です。臨床現場の実感——ひとつの痛みが複数の説明枠にまたがること——を、分類の側が構造として受け止めた形になっています。
用語の選択
「chronic pain」は3か月を超えて持続または反復する痛みと定義されました。慢性頭痛・慢性口腔顔面痛については、少なくとも3か月間、日数の50%以上で発生するという基準が置かれています。
「primary pain」という語は、非専門家の視点でも最も受け入れられる用語として、ICD-11改訂委員会と協議のうえ選ばれたと述べられています。用語が学術的正確さだけでなく、患者や非専門家にどう受け取られるかも考慮して選ばれている点は、説明の場面に立つ療法士にとって示唆的です。
7つのカテゴリーとspecifier
構成は(1)chronic primary pain(2)chronic cancer pain(3)chronic postsurgical and posttraumatic pain(4)chronic neuropathic pain(5)chronic headache and orofacial pain(6)chronic visceral pain(7)chronic musculoskeletal pain の7群です。
chronic primary pain は、1つ以上の解剖学的領域の痛みが3か月を超えて持続/反復し、著明な情動的苦痛または著明な機能障害(日常生活活動と社会的役割参加への支障)を伴い、他の慢性疼痛状態でよりよく説明できないもの、と定義されます。非特異的腰痛、chronic widespread pain、線維筋痛症、irritable bowel syndrome が含まれます。
chronic neuropathic pain は somatosensory nervous system の損傷または疾患による痛みで、診断には神経系損傷の既往と神経解剖学的に妥当な痛みの分布が必要とされ、definite とするには画像・生検・神経生理・検査による損傷/疾患の裏づけに加え、病変神経の支配領域に一致する陰性/陽性感覚徴候が求められます。
chronic visceral pain は内臓由来の痛みで、通常は同一の感覚神経支配を受ける体壁の体性組織に知覚される(referred visceral pain)と記述されます。chronic musculoskeletal pain は、骨・関節・筋・関連軟部組織を直接侵す疾患過程の一部として生じる持続性/反復性の痛みです。
そしてどのカテゴリーであっても、任意のspecifierとして心理社会的要因の所見と、痛みの強さ・痛みによる苦痛・機能障害に基づく重症度を記録できます。診断名と重症度・心理社会的側面が分離して記録される設計になっています。
想定された使い方
本分類はICD-11ベータ版に統合され、Task Forceが個別エンティティのcontent modelを作成中で、WHO Steering Committee監督下の査読を経て2017年のWorld Health Assemblyで採択投票が予定されている、と本論文は述べています。つまり執筆時点では「提案され、実装プロセスに入った段階」の文書です。
この論文が検証していないこと
本論文は、分類の妥当性・信頼性を検証した研究ではなく、介入効果を比較した研究でもありません。専門家合意に基づく分類体系の提案(topical review)です。したがって「このカテゴリーに分類された患者にはこの介入が適する」という情報は、この論文からは得られません。
著者ら自身が挙げる限界も明確です。本提案は慢性疼痛のすべての現れ方に対する完全な解決ではなく、7つの主要カテゴリーは包括性と実用性の妥協である。慢性筋骨格系疼痛は nociceptive pain に限定され、圧迫性ニューロパチーの痛みや somatic referred pain のように筋骨格組織に感じられても由来しない痛みは含まない。慢性術後・外傷後疼痛は除外診断であり、感染・腫瘍再発・既存の疼痛問題を除外する必要がある。多くの慢性疼痛では病因が不明であるため、chronic primary pain は現象学的定義であり、生物学的所見は有る場合も無い場合もある。
原典から臨床へ
① 原典で提示されていること原典
本論文は、慢性疼痛を「3か月を超えて持続または反復する痛み」と定義し、病因→病態生理学的機序→身体部位の優先順位に基づく7つのカテゴリー(chronic primary pain/cancer pain/postsurgical・posttraumatic pain/neuropathic pain/headache・orofacial pain/visceral pain/musculoskeletal pain)からなる分類構造を提示しました。ICD-11のmultiple parentingにより1診断が複数カテゴリーに属し得る形をとり、各診断には任意のspecifierとして心理社会的要因の所見と、痛みの強さ・苦痛・機能障害に基づく重症度が記録されます。この分類はICD-11ベータ版に統合されたと報告されています。効果量・比較・追跡といった測定は、分類提案という性質上、本論文には存在しません。
①′ 原典での位置づけ原典・著者の考察
著者らは、本分類がICDに慢性疼痛の分類を実装する最初の体系的アプローチであり、国際的な専門知識と合意に基づき、ICDのcontent modelの構造・形式の要件と整合していると述べています。従来のICD改訂で扱われなかった慢性がん疼痛や慢性神経障害性疼痛などの重要な状態が記載され、病因・痛みの強さ・疼痛関連の障害が反映されるとしています。とくにchronic primary painの新設により、病因基準では見落とされる患者群が認識されると述べ、臨床実践と研究における慢性疼痛の位置づけが強化されることを期待し、改善のためのコメントを歓迎する、としています。同時に、本提案が完全な解決ではなく、7カテゴリーが包括性と実用性の妥協であることも自ら明記しています。
② 療活ではどう考えるか療活編集部の整理・ここからは原典そのものではありません
療活編集部として、この文献から臨床に持ち帰りたいのは「分類名の暗記」ではなく、二つの視点です。
一つは、痛みには「病因で説明できる痛み」と「病因が特定できないまま、それ自体を状態として記述する痛み」があり、後者にも診断上の居場所が用意されたということ。非特異的腰痛やchronic widespread painがchronic primary painに含まれるという事実は、「原因が見つからない=説明がつかない痛み」ではなく「現象として記述される痛み」という読み方を許します。ここで注意したいのは、chronic primary pain は現象学的定義であり、生物学的所見は有る場合も無い場合もあると著者ら自身が述べている点です。分類は機序を確定しません。
もう一つは、chronic primary pain の定義が「著明な情動的苦痛または著明な機能障害(日常生活活動と社会的役割参加への支障)」を含んでいることです。痛みの分類の中に、活動と参加への支障が要素として組み込まれている。療法士が日常的に見ている領域が、診断の定義の一部として書かれているということです。さらに重症度specifierは、痛みの強さ・痛みによる苦痛・機能障害という三つで構成されます。強さだけでは重症度が決まらない設計になっている、と読めます。
もう一点、臨床推論に効きそうなのは慢性筋骨格系疼痛カテゴリーの範囲です。このカテゴリーは nociceptive pain に限定され、圧迫性ニューロパチーの痛みや somatic referred pain のように筋骨格組織に感じられても由来しない痛みは含まれない、と明記されています。「筋骨格に感じられる痛み」と「筋骨格に由来する痛み」は同じではない——分類の側から、そう線が引かれています。触って再現できた、その部位に痛みを訴えている、という所見だけでは由来は決まらないという読み方につながります。
③ 臨床で観察するとしたら療活編集部
分類そのものを診断として使うのは療法士の役割ではありませんが、この文献の構造は観察の項目立てのヒントになります。
痛みの持続・反復の期間(週単位ではなく月単位でたどれているか、経過が「持続」か「反復」か)。痛みが感じられる部位の分布が、神経解剖学的に説明しやすい形か、それとも領域をまたいで広がっているか。痛みの強さと、痛みによる苦痛、そして日常生活活動・社会的役割参加への支障が、同じ方向に動いているか、ばらばらに動いているか。手術や外傷の既往と、痛みの発現時期の関係。心理社会的な文脈(仕事、家族、痛みに対する本人の説明)が、記録に残っているか。
これらは介入の指示ではなく、記録して並べておくと「どのカテゴリーの言葉で語られている患者なのか」を医師と共有しやすくなる項目です。
④ まだ言えないこと
この文献からは、次のことは言えません。
第一に、分類カテゴリーごとに適した介入や予後は、この論文からは導けません。本論文は分類の提案であり、介入の比較も予後の追跡も行っていません。
第二に、この分類の妥当性・信頼性は本論文で検証されていません。著者らも専門家合意に基づく提案であることを明記しています。
第三に、あるカテゴリーに分類できたことは、その患者の痛みの機序が確定したことを意味しません。chronic primary pain は現象学的定義であり、生物学的所見の有無は問いません。
第四に、療法士が単独で慢性神経障害性疼痛などを診断的に確定できるわけではありません。原著は definite とするために画像・生検・神経生理・検査による裏づけと感覚徴候を求めています。
第五に、記載された数値(推定20%、受診の15〜20%、慢性術後痛のうち神経障害性の平均30%など)は原著が引く疫学的記述であり、目の前の患者の確率として使えるものではありません。
この研究と臨床の距離
この文献は、患者を測定・比較した研究ではなく、国際的な専門家合意に基づいて慢性疼痛の診断カテゴリーと定義を組み立てた分類提案です。分類は臨床で用いる言葉と記録の枠を整えますが、その枠が信頼性をもって使えるか、枠ごとに介入への反応が違うのかは、この文献の外側で検討される問いです。目の前の患者に届くまでには、検証と適用の段階が何段か残っています。
専門家合意による分類体系の提案 → 分類の妥当性・信頼性の検証 → 実際の診療現場での適用可能性の検証 → カテゴリーと介入反応・予後との関連の検討 → 個別患者の評価・記録への反映
逆の視点から読んでみる
「非特異的腰痛が chronic primary pain に入った」→「では原因を探すのはもう意味がないのか」とは読めません。この分類は病因を第1の原則に置いており、病因で説明できる痛みはそれぞれのカテゴリーに振り分けられます。chronic primary pain の定義自体に「他の慢性疼痛状態でよりよく説明できないもの」という条件が含まれている以上、他の説明を検討する作業を経なければ、そこには分類できないという構造です。
また慢性術後・外傷後疼痛は除外診断であり、感染・腫瘍再発・既存の疼痛問題を除外する必要があると明記されています。つまりこの分類は「原因探しをやめる許可」ではなく、「原因を探したうえで見つからなかった痛みにも記述を与える枠」として提案されています。逆方向に、「primary と呼ばれたから心理的なものだ」と読むのも原著から離れます。心理社会的要因の所見は全カテゴリーに共通の任意specifierであり、primary pain の必須条件として書かれてはいません。
この文献を読んだあと、何を見る?
次に慢性疼痛の患者を担当したら、痛みの強さの数値の隣に、「痛みによる苦痛」と「日常生活活動・社会的役割参加への支障」を別の欄として別々に書き分けてみる。三つが同じ方向に動いていない患者は、痛みの強さだけを追う記録では見えなくなります。
考えてみましょう
いま担当している慢性疼痛の患者について、痛みの強さ・痛みによる苦痛・活動と参加への支障の三つは、同じ方向に動いているだろうか。ずれているとしたら、そのずれは何を示しているだろう。
「筋骨格の痛み」として自分が説明してきた症状のうち、筋骨格組織に感じられているだけで由来は別かもしれない、という仮説でも説明できるものはないだろうか。
答えを急ぐ必要はありません。次の臨床で、少し観察してみてください。
次に読むなら
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原典・書誌情報
Treede RD, Rief W, Barke A, et al. A classification of chronic pain for ICD-11. Pain. 2015;156:1003-1007.
原典照合:大塚 久(原典照合=AI・Europe PMC全文XML・2026-08-17)/最終確認日:2026-08-17
確認状況:書誌確認・抄録確認・全文入手可・全文照合・主要数値確認・臨床Bridge確認
