こんにちは、理学療法士の大塚です。
こんなことありませんか?
リハビリ室では、その方は確かに歩けている。平行棒の外でも、短い距離なら安定して歩ける。でも、退院後の在宅記録を見ると、家の中をあまり歩いていない。
こんな時、あなたはどう考えますか?
「練習量が足りないのかな」
「もう少し意欲を引き出せれば」
と考えた方が多いのではないでしょうか。
でも、一度立ち止まって考えてください。リハビリ室で確認した条件と、自宅の条件は本当に同じだったでしょうか。
今日のコラムは、その問いを入口にして、「動けない」と「動かない」の違いを、三つの視点で丁寧に整理していきます。
この記事の結論(3行まとめ)
- 「歩けるはず」という評価は、特定の条件下での能力であり、生活場面との条件の違いに目を向けることが出発点になる。
- 行動が起きるには「能力(Capability)・機会(Opportunity)・動機(Motivation)」の三つが揃う必要があり、どれが足りていないかを対話と観察で絞り込む。
- 本人が大切にしている役割を確認しないまま介入を進めると、三者が同じ方向を向いているようでも、ずれが生じたままになる。
「歩けるはずなのに、自宅では歩いていない」
冒頭の場面をもう少し具体的にしてみます。
担当しているのは、70代の女性の方。大腿骨頸部骨折の手術後で、退院から2週間が経ちます。リハビリ室では、補助具なしで10メートルを安定して歩けています。担当療法士のあなたとしては、「この調子なら台所へ行く動作も問題ないはず」と思っている。
でも、訪問記録を見ると、台所へ行った記録が一度もない。
ここで「意欲の問題」や「練習不足」を先に仮説にするのは、少し早いかもしれません。
リハビリ室と自宅は、そもそも条件が違います。療法士が隣にいる日中の歩行と、夕方に一人でフローリングの廊下を歩く歩行は、同じ「歩行」でも求められるものが違います。
「歩ける」は、どの条件で確認したのでしょうか
「この方は歩けます」と言うとき、療法士が確認したのはどの条件での歩行でしょうか。
- 誰と一緒にいたか(療法士が隣? 一人?)
- どこを歩いたか(リハビリ室の平らな床? 自宅の廊下?)
- 何を使ったか(杖あり? 手すりあり? 何もなし?)
- どの時間帯か(午前中の元気なとき? 夕方の疲れた時間帯?)
- どの程度の距離か(10メートル? 台所まで往復30メートル?)
これらのどれか一つが変わるだけで、「歩けるかどうか」の答えは変わります。
能力を評価するとき、その能力をどの条件で確認したかも一緒に捉える。
「〇〇できます」という言葉の後ろに、「〔条件〕のとき」というカッコが必ずついていることを忘れないでください。
筋力やバランスの評価は大切です。でも、その数値が「どの文脈で出た数値か」まで捉えると、生活場面との違いが見えてくることがあります。
行動を考える三つの視点:能力・機会・動機
行動が起きるには、何が必要でしょうか。
行動変容の研究者であるMichieらは、行動が起きるためには三つの要素が必要だと整理しています(Michie et al., 2011)。臨床向けに言い換えると、こういう問いになります。
能力(Capability):その行動を実行する力はあるか
身体的な能力(筋力、バランス、持久性)だけでなく、やり方を知っているか、段取りを立てられるか、という認知的な面も含みます。「知っているけどできない」と「やり方自体がわからない」では、介入の方向が変わります。
機会(Opportunity):その行動を試せる環境があるか
物理的な環境(手すりの位置、廊下の広さ、床の素材)だけでなく、家族のいる時間帯、声かけの有無、必要な物がどこにあるか、という社会的な環境も含みます。「やろうとしても、状況がそれを許していない」という場合がここに当たります。
動機(Motivation):やろうという気持ちはあるか
「やる気」や「意欲」という言葉で片づけてしまいがちですが、実際には「やった後の見通し(うまくできそうか)」「その行動が自分にとって大切かどうか(価値)」「習慣になっているか」なども含まれます。意欲が低く見えるとき、実は「やっても意味がないと感じている」または「失敗が怖い」という場合があります。
「能力・機会・動機」は、順番に改善していくものではありません。互いに作用し合っています。
機会が整うと動機が上がることもある。動機が高まると、能力の限界をうまく補おうとすることもある。
どれが「足りていないか」を決めつけるより、三つのどこに観察と対話の余地があるかを探す入口として使ってください。
本人が大切にしている役割を、確かめていますか
冒頭の仮想例に戻ります。少し背景を足します。
この方には、同居する息子さん夫婦がいます。息子さん夫婦は転倒をとても心配していて、退院後からすべての食事を息子さんのパートナーが準備するようになりました。台所で何かをしなくても食事はできる状態です。
しかし、療法士のあなたは、台所に行くために歩行量を増やすための練習を提案しています。
さらに、本人はこう思っているかもしれません。「夕方、家族が帰ってきたときにお茶を入れてあげたい」と。
三者とも、生活をよくしようとしている。でも、目指している行為と役割には違いがあります。
- 本人が大切にしているのは:家族へのお茶、という具体的な行為と役割
- 家族が心配しているのは:転倒しないこと、という安全
- 療法士が提案しているのは:歩行量を増やすこと、という機能訓練
これらはバラバラのまま進んでいます。
ここで整理すべきことが三つあります。
本人にとって、歩くことは何をするための手段なのか
「歩けるようになりたい」という言葉の後ろには、必ず「〜のために」があります。この方にとっての「〜のために」が「お茶を入れる」であれば、必要な歩行距離と場所と時間帯が具体的になります。「台所まで往復する夕方の歩行」が、この方の本当の練習課題になるかもしれません。
周囲の支援が、その行為を試す機会をどう変えているのか
息子さん夫婦の対応は、安全への配慮から来ています。それを一律に「過剰介助」と判断するのは早計です。まず、家族の懸念を丁寧に確認することが先です。その上で、「台所へ行く機会が失われている」という状況を一緒に整理できると、家族も一緒に変化を考えやすくなります。
本人は、現在の状況をどのように受け取っているのか
「役割を失って意欲が低下しているはずだ」と療法士が決めつけるのも、ここでは禁物です。もしかしたら本人は「家族に迷惑をかけたくない」という気持ちから、自分から動くことを遠慮しているのかもしれない。あるいは「やってもらって楽だな」と感じているかもしれない。本人がどう感じているかは、本人に確かめないとわかりません。
「能力・機会・動機」の言葉に引き寄せてみると、この場面では:
・能力:歩行は可能(リハビリ室での条件では)
・機会:台所へ行く必要がなくなっている(環境が変わっている)
・動機:「お茶を入れたい」という役割への意欲はあるが、遠慮や不安がブレーキになっている可能性がある
「意欲の問題」に見えていたものが、実は「機会の問題」と「動機の方向の問題」だった、ということがよく起きます。
何を変えると、本人の望む行動に近づくか
ここからは、観察と対話で絞り込んだ仮説を、介入に結びつける考え方です。
「全部に介入する」のではありません。三つの視点の中で、今一番変化の余地がある部分はどこかを仮説として持ち、条件を調整して、本人の反応を確かめる流れです。
能力への働きかけ
「台所まで往復する」という生活場面を具体的な練習課題にする。リハビリ室での10メートル歩行ではなく、廊下でのフローリングの感触、夕方の時間帯、一人での歩行、という条件に近づける。
機会への働きかけ
台所へ行く用事を意図的に残す(ポットを台所に置くなど)。手すりの設置場所を見直す。夕方の家族の見守りを、「介助」から「見守り」に変えていく段階を家族と相談する。
動機への働きかけ
「お茶を入れることができた」という体験を一度作る。そのためには、最初のうちは条件を整えて成功体験を積む。「家族のためにお茶を入れる」という目的を共有した上で、家族にもその意味を伝える。
この三つのどれを先に動かすかは、対話と観察で決めます。「仮説→条件調整→反応の確認」という小さなサイクルを回すことが、この場面での臨床推論の実践です。
行動が増えたあとも、本人に確かめる
再評価を「歩数が増えた」「台所へ行った回数が増えた」だけで終えるのは、少し惜しいと思います。
確かめたいことは四つあります。
- 実際の生活場面で、その行為が起きたか(頻度・場所・時間帯)
- どの程度の支援や負担が必要だったか(一人でできたか、疲れはどうだったか)
- 本人はその経験をどう受け取ったか(「できた」という感覚があったか、怖かったか、楽しかったか)
- 本人の望む生活に、少し近づいたか
「動きが成立した」ことと、本人が「できた」と感じることは、必ずしも同じではありません。療法士の目には成功に見えても、本人がそれを「達成」として受け取っていなければ、動機の変化には繋がりにくい。逆に、少しぎこちなくても「自分でできた」という体験が、次の行動を生み出すことがあります。
だから、再評価には必ず「本人に聞く」という時間を入れてほしいのです。
その人が動き出せる条件を、一緒に探す
最後に、次の臨床で使える四つの問いをお渡しします。
採点表ではありません。観察と対話の入口として、担当患者さんの顔を思い浮かべながら読んでみてください。
1. 本人は、何をしたいのでしょうか。
「歩けるようになりたい」の後ろにある「〜のために」を、本人の言葉で確認してください。
2. その行為に必要な力は、どの条件で発揮されていますか。
リハビリ室での評価と、生活場面の条件のギャップを具体的に書き出してみてください。
3. 環境や周囲の関わりは、どう作用していますか。
物理的な環境だけでなく、家族や介護者の関わり方がその行動の「機会」をどう変えているかを確認してください。
4. 本人が大切にする役割と、周囲の期待は合っていますか。
本人・家族・療法士の三者が、同じ行為を目指しているかどうかを、対話を通じて確かめてください。
「動けない」と「動かない」は、見た目が似ていても、原因も、対処も、まったく違います。
どちらかを決めつけるより、「この方が動き出せる条件は何か」を、本人と一緒に探す姿勢を持ち続けることが、僕は大切だと考えています。
今日のコラムが、あなたの担当患者さんへの見方を少し広げる入口になれば、うれしいです。
まとめ
1.「歩けるはず」という評価は、特定の条件下での能力の確認であり、生活場面の条件との違いに目を向けることが出発点になる。
2.行動が起きるには「能力・機会・動機」の三つが関係しており、どれかが足りていない場合でも、他の要素が補い合う可能性がある。三者は互いに関係し合うものとして、観察と対話の入口として使う。
3.本人が大切にしている役割を確認しないまま介入を進めると、本人・家族・療法士の三者がそれぞれ「よかれ」と動いていても、目指す行為がばらばらのままになる。
参考文献
Michie S, van Stralen MM, West R. The behaviour change wheel: A new method for characterising and designing behaviour change interventions. Implementation Science. 2011.
文献レビューはこちら>>>
触診BASICコース
その評価・アプローチ、「なぜそこか」を説明できますか?
硬いところを緩める。弱いところを鍛える。間違いではありません。
でも、患者さんのHOPEから逆算したとき、今すべきことはそれでしょうか。
臨床推論の基本の型を6日間で身につける触診BASICコースで、「地図」を持った療法士になりませんか。

