- 正常な嚥下パターンは「呼気-嚥下-呼気」:嚥下の前後に息を吸ってしまう「吸気相嚥下」は誤嚥のサイン。
- 嚥下評価には呼吸機能のチェックが必須:「最長呼気持続時間」や「最長発声持続時間(MPT)」で声門閉鎖機能を評価する。
- 専用機器がなくても効果的なアプローチは可能:水とストローや玩具(吹き戻し)などを利用し、呼気への抵抗負荷を再現することで嚥下機能の改善が期待できる。
臨床現場で摂食・嚥下障害の患者さんを担当する際、皆さんはどのようなアプローチを実践していますか?
食事形態の変更や嚥下体操はもちろんのこと、リクライニング角度の調整や顎引き(チンタック)といった「ポジショニング(姿勢調整)」は、重力を味方につけて誤嚥を防ぐための基本であり、非常に重要です。
しかし、適切なポジショニングを行っていても、むせや誤嚥がなかなか減らないケースを経験したことはないでしょうか。その場合に見落とされがちなのが「呼吸」の要素です。
私たちの体は、呼吸(空気の通り道)と嚥下(食べ物の通り道)で「咽頭」という同じ空間をシェアしています。そのため、呼吸のコントロールが崩れると、たちまち嚥下機能に悪影響を及ぼします。
本コラムでは、ポジショニングと同じくらい重要な「呼吸と摂食・嚥下の関係」から、臨床での呼吸評価、そして専用機器(EMST)がない場合でも身近な物で実践できる効果的な呼吸訓練の方法まで、最新の文献をもとに分かりやすく解説します。
1.呼吸と摂食・嚥下の関係
「呼気-嚥下-呼気」の黄金パターン
健康な成人が食べ物を飲み込む際、呼吸は「息を吐いている途中(呼気)で一瞬息を止め(嚥下性無呼吸)、飲み込んだ直後に再び息を吐き出す(呼気)」という、「呼気-嚥下-呼気(E-SW-Eパターン)」で行われます。
このパターンは、万が一咽頭に食べ物の残りカスがあっても、飲み込んだ後の「呼気」によって外へ吹き飛ばすことができるため、気道を守る理にかなったメカニズムです。
パターンの破綻「吸気相嚥下」のリスク
しかし、加齢や脳卒中、パーキンソン病などの神経疾患、あるいはCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの呼吸器疾患があると、この黄金パターンが崩れやすくなります。
特に危険なのが、嚥下の前や後に息を吸ってしまう「吸気相嚥下(I-SW-Iパターンなど)」です。
嚥下と吸気のタイミングが重なると、咽頭残留物が気道へ引き込まれやすくなるため、誤嚥性肺炎の強力なリスクとなります。この「吸気のタイミングでの嚥下」というパターンの乱れが、臨床現場で見落とされがちな誤嚥の一因です。
サルコペニアと呼吸・嚥下の悪循環
近年注目されているのが、全身の筋肉が減少する「サルコペニア」の影響です。
慢性呼吸器疾患患者を対象とした研究では、痩せ(サルコペニア疑い)がある患者ほど「吸気相嚥下」を高頻度で起こしていることが分かっています。
呼吸筋力や活動性が低下すると、息を長く吐き続けることができず、嚥下のタイミングでどうしても息を吸わざるを得なくなり、結果として誤嚥を招くという悪循環に陥ってしまうのです。
2.摂食・嚥下に必要な呼吸評価
安全な摂食・嚥下アプローチのためには、嚥下機能だけでなく呼吸機能の評価もセットで行う必要があります。
最長呼気持続時間と最長発声持続時間(MPT)
特別な機器がなくても臨床で簡単にできるのが時間測定です。
- 最長発声持続時間(MPT):大きく息を吸って「アー」とできるだけ長く発声してもらいます(男性15秒、女性10秒が一般的な目安とされますが、年齢や疾患により個人差が大きいことに留意してください)。声門の閉鎖機能と呼気のコントロール能力を評価できます。
- 最長呼気持続時間:ストローでコップの水をブローイング(息を吹き込む)した時間を計測します。高齢者を対象とした研究では、最長呼気持続時間が短い場合に嚥下機能が不良である傾向が報告されており(目安として6秒未満が一つの参考値とされることがありますが、個人差があるため単独での断定的な判断には注意が必要です)、スクリーニングとして有用と考えられています。
咳嗽(がいそう)力と呼吸筋力の測定
誤嚥した際に自力で喀出(かくしゅつ)できるかどうかも重要です。
- ピークフローメーターを用いた「咳嗽時最大呼気流量(CPF)」の測定は、気道クリアランス能力の指標となります。
- 可能であれば専用の機器を用いて、最大吸気圧(MIP)や最大呼気圧(MEP)を測定し、呼吸筋の衰えを数値化することが理想的です。
3.摂食・嚥下改善に有効な呼吸訓練の方法
呼吸機能が嚥下に直結することが分かれば、次に行うべきは「呼吸への介入(訓練)」です。
呼気筋トレーニング(EMST)の有用性
現在、嚥下リハビリテーションの分野で注目されているのが呼気筋トレーニング(EMST:Expiratory Muscle Strength Training)です。専用の負荷機器(スレッショルド等)を用い、一定の抵抗に逆らって息を強く吐き出す訓練です。
脳卒中やパーキンソン病の患者さんに対し、EMSTを行うことで最大呼気圧(MEP)や咳嗽力(CPF)が向上するだけでなく、むせや咽頭残留が減少するなど、嚥下機能そのものが有意に改善することが多数報告されています。
これは呼気筋への負荷が、声門閉鎖の強化や喉頭を挙上させる「舌骨上筋群」の活動を誘発するためだと考えられています。
専用機器(EMST)がない場合の代用訓練方法
臨床現場や在宅医療においては、常に高価な専用機器が用意できるとは限りません。
その場合でも、「呼気への抵抗負荷」と「口腔内圧の上昇・持続」というEMSTの作用機序を参考に再現することで、以下のような身近な物を用いたアプローチが可能と考えられています。
コップやペットボトルに水を入れ、ストローを差し込んで「ぶくぶくとできるだけ長く、一定の強さで」息を吹き込ませます。
水の深さを深くするほど呼気への抵抗(負荷)が強くなる傾向があるため、患者の呼気筋力に合わせて負荷量を容易に調整できるのが大きなメリットです。ゆっくり長く吹くことで、鼻咽腔閉鎖に関わる筋肉(口蓋帆挙筋など)や喉頭挙上筋群への刺激が期待されます。
安価で、高齢者がなじみやすい玩具を利用したトレーニングです。風車を勢いよく回し続けたり、吹き戻しを最後まで限界まで伸ばしきって数秒間キープさせたりします。
口すぼめ呼吸(約4 cmH₂O)や吹き戻し(約17 cmH₂O)のような口腔内圧の負荷は、鼻咽腔閉鎖機能の改善や嚥下能力(改訂水飲みテストなど)の向上につながる可能性があると報告されていますが、専用機器と同等の効果を保証するものではないことに留意してください。
道具を一切使わず、身体運動に伴う反射を利用して声門閉鎖を強化する方法です。
両手で机を強く下方に押したり(プッシング)、あるいは椅子の座面を上方に引き上げたり(プリング)する動作と同時に、お腹に力を入れて「息をぐっと止める」または「強く発声」させます。上肢に強い力を入れることで反射的に声帯が強く内転し、「声門閉鎖力の向上」と「胸腔(きょうくう)内圧の上昇」を誘発できます。
肺に入った空気を爆発的に吐き出す連動訓練です。
まず、鼻から大きく息を吸い、唇をすぼめてできるだけ長く細く息を吐き出させます。吐ききった後、再び深く息を吸い込み、今度は口を開けたまま「ハッ!」と喉の奥から強く一気に息を吐き出させます(ハフィング)。これにより、効率的に強制呼出力を鍛え、誤嚥物を喀出する力を高めます。
姿勢調整(ポジショニング)との相乗効果
ポジショニング(姿勢調整)とこれらの呼吸訓練は、併用することでさらに高い効果を発揮します。
パーキンソン病患者を対象とした研究では、呼吸訓練単独よりも、顎引きや頸部回旋などの「姿勢矯正法」と組み合わせたグループの方が、嚥下機能がより大きく向上したと報告されています。
重力をコントロールするポジショニングと、筋力・気道防御を高める呼吸訓練を同時に適用することが、臨床展開における鍵となります。
まとめ
- 正常な嚥下は「呼気-嚥下-呼気」パターンで行われ、「吸気相嚥下」への逸脱が誤嚥リスクを高める。
- 最長呼気持続時間・MPTなどの簡便な呼吸評価を嚥下評価に組み込むことで、介入の精度が高まる。
- EMSTが使えない環境でも、ブローイング・吹き戻し・プッシング訓練・ハフィングによるアプローチが嚥下機能改善の一助となり得る。
摂食・嚥下障害のリハビリテーションにおいて、食事形態の工夫やポジショニングは欠かせない土台です。しかし、患者さんの「呼吸」に目を向け、呼気と嚥下のタイミングのズレ(吸気相嚥下)に気づくこと、そしてEMST器具や身近な物を用いた代用訓練を取り入れることで、リハビリテーションの効果は飛躍的に高まります。
ぜひ明日からの臨床で、患者さんの「飲み込み」だけでなく「呼吸のタイミングや長さ」にも耳を澄ませてみてください。
免責事項
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