こんにちは、実は小心者の療法士活性化委員会委員長の大塚です。
講習会を開催していると「リハビリに自信が持てない」「これがあっているのかどうか不安です。」と行った悩みを聞くことが多々あります。僕は自分のリハビリに自信はありません、相手に対する時いつも不安です。でも自信がなくて、不安だから勉強するし、確認するし、考える。それでいいんじゃないかな?
1953年開校、医療に特化した巨いくを継続、1979年にリハビリテーション科が開設され、今年で40年。それが東京衛生学園専門学校。
「理学療法士になる」と言って一浪して入学したのがもう18年前。
「理学療法士になる」と言って入学したものの授業をあまり聞かずに一個下のAとSとよく遊んでいた。テストももちろん赤点ばかりでほぼ追試。追試を受けつ続ける僕らは「追試—ズ」と呼ばれていた。
そんな状態だから臨床実習でもうまくいかない、「大塚くんて、掃除はうまいけど、患者さんは一向に良くならないよね」なんて言われたりもした。
そんな一言から患者さんに対するのが不安で不安で仕方なかった。
不安な気持ちから逃れたくてとにかく勉強を始めた。でもそれまで勉強なんてしたことなかったからどうやっていいかなんかわからない。だからとにかく「質」じゃなく「量」でカバーしていた。それでも不安はなくならなかった。
その時は不安があったから勉強をすることができていた。そのころ一緒に養成校に通っていたAとSはすでに教室にはいなく、それぞれ別の道を歩み始めていた。
なんとか学校を卒業し、就職しても不安は消えなかった。ただ学生の時と違うのはもう国家資格を持った理学療法士であること。自分の行なったリハビリに対して診療報酬も発生する、もちろん僕のリハビリが患者さんのその先の人生のデザインに影響を与える。そんな状況に自信なんて持てなかった。
そんなある日、僕にとって衝撃的なことを体験する。
コミュニケーションも取れていると思っていていい関係を築けていると思っていた患者さんの担当を変更になった。理由は
「あの先生、話はしてくれるんだけど体は一向に良くならないのよね」
僕は理学療法士に向いてない、もう辞めよう。そう考えた。でも専門学校に通わせてくれた両親の顔を思い浮かべると辞めることもできなかった。リハビリにも自信がなかったし、やめて別のことができる自信もなかった。
自信がなかったからこそ、その時は「努力する」を選ぶしかなかった。
でもどうやって努力していいのかもわからなかった。
気づけば臨床経験だけが7年も積み重なっていた。
それでも様々な講習会に通って臨床で試して、また通って試して、何度も何度も繰り返したけどなかなかうまくできなかった。毎日同じ内容をカルテに書き続けることにほんとうにくじけそうになった。うまくならない理由がわからなかったからだ。
その頃僕はとにかく有名な先生や高額な講習会に通っていた。高度な技術を学べば絶対に良くできるはず!そう思って疑わなかった。でも大切な事実が抜けていた。そもそも僕は学校の勉強も満足にできていなかった。そう基礎ができていなかったんだ。だからどんな高度な講習会に行っても「〇〇筋が触れません」とか「トーマステストってどうやるんですか?」とか基礎的な質問しかできなかった。そりゃ高度な技術を学んでもできるわけないよね。
それから僕は触診を1から学び始めた。
触診を学び始めて何より嬉しかったのが患者さんからいただいた
「先生のとこに来てから前はいけなかった遠くのお店まで買い物に行けるようになったのよ!買い物が私の生きがいなの、ありがとう」
の一言だった。ほんとに理学療法士になってよかったと思った。
どれもこれもみんな最初に不安だったり、自信がなかったからここまでこれた。
相手が人間である以上、常にあってるかどうか不安だし、絶対の自信なんて持てるもんじゃない。これは避けて通れない。
でもその不安や自信のなさがあるから成長していける。
だから不安があることや自信がないことは悪いことじゃない。
僕が証拠だよ。
僕は理学療法士の際のがないって思っていたけどそんなことはなかった。才能がないんじゃなくて基礎ができていないだけだったんだ。
まず大事なのは高度な知識でも技術でもない、それを活かすための「基礎」なんだ。基礎があれば応用が効く。応用が効くから今まで学んだたくさんの知識や技術がどんどん発展していくんだ。
もし今の状況をなんとかしたいと思ったら、療法士活性化委員会に来てみてください。
そこから一歩踏み出す方法を教えるよ。
一緒に勉強しよう。
大丈夫、できるよ。
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