こんにちは、理学療法士の大塚です。
今回は、私たち理学療法士・作業療法士の臨床に欠かせない「内分泌系」をテーマに、評価と介入の質を高める知識を、基礎から臨床応用まで分かりやすく解説します。
1. はじめに ― “ホルモン=全身を駆け巡るメッセージ”を読み解く
ホルモンは、“血流というネットワーク”に乗って全身へ一斉配信される化学メッセージです。
中枢(視床下部・下垂体)からのトップダウン制御と、末梢臓器からのフィードバックが常時連携し、私たちの身体の恒常性(ホメオスタシス)を絶妙に維持しています。
私たち理学療法士・作業療法士が日々向き合う「運動」「ストレス」「睡眠」「痛み」「摂食」「温度変化」は、すべて内分泌系と密接に、そして双方向に連動しています。
- 急性反応:運動中のカテコラミン上昇 → 心拍数・呼吸・糖代謝を瞬時にブースト
- 慢性適応:定期的なレジスタンス運動 → 成長ホルモン(GH)・テストステロン分泌 → 筋タンパク合成の促進
- 機能障害との関連:甲状腺機能低下症 → 易疲労性・心拍応答の鈍化 → リハビリの負荷量を根本から見直す必要性
本章では、解剖学的な位置関係、分泌の調節メカニズム、細胞内へのシグナル伝達、エネルギー代謝といった基礎を系統立てて整理します。さらに、臨床で役立つ視点や、本ブログで提唱するINCET(統合的神経認知運動療法)®の観点を織り交ぜながら、明日からの臨床で武器になる“内分泌リテラシー”を強化していきましょう。
2. 内分泌腺とホルモンの全体像マップ
2.1 主要な内分泌腺と代表的なホルモン
系統 | 腺 | ホルモン | 主な標的/作用 | リハビリ関連のClinical Pearl |
---|---|---|---|---|
視床下部‐下垂体系 | 視床下部 → 下垂体前葉 | CRH → ACTH、TRH → TSH、GnRH → LH/FSH、GHRH/SST → GH | 末梢腺をコントロールする司令塔 | 重症患者ではストレス性高コルチゾール血症に注意。筋萎縮を加速させるリスクあり。 |
甲状腺 | 喉頭前部 | T₃/T₄(基礎代謝の亢進)、Calcitonin(骨吸収の抑制) | 代謝・発汗・心拍の調節 | 機能亢進症では熱中症リスク、低下症では寒冷不耐性に配慮した環境設定が必要。 |
副腎皮質/髄質 | 腎臓の上 | Cortisol(糖新生↑、抗炎症)、Aldosterone(Na⁺再吸収)、Adrenaline/Noradrenaline | ストレス応答、“闘争か逃走か”反応 | ステロイド長期投与患者では「ステロイド筋症」の早期発見が重要。 |
膵臓 (Langerhans島) | 腹部中央 | Insulin(血糖↓)、Glucagon(血糖↑) | 糖・脂質代謝の中心的役割 | 運動前後の低血糖兆候(振戦、冷や汗、動悸など)のモニタリングは必須。 |
副甲状腺 | 甲状腺の裏側 | PTH(血中Ca²⁺↑、骨吸収↑) | 筋収縮・神経伝達・血液凝固に関わるCa²⁺バランス | 血中Ca²⁺異常はテタニー(筋痙攣)や筋力低下の原因に。見逃しに注意。 |
生殖腺 | 卵巣・精巣 | Estrogen/Progesterone、Testosterone | 性周期、骨代謝、筋量の維持 | 女性アスリートの三主徴(RED-S)では、無月経によるエストロゲン低下が骨粗鬆症・疲労骨折のリスクを高める。 |
松果体 | 間脳の後方 | Melatonin | サーカディアンリズムの調節 | 夜間にリハビリを行う場合、患者の睡眠覚醒パターンへの影響を考慮する。 |
ホルモンの作用は、遠くの臓器に届くEndocrine(内分泌)だけではありません。分泌した細胞自身に作用するAutocrine(自己分泌)や、隣接する細胞に作用するParacrine(傍分泌)という多層的な拡散モデルで理解することが重要です。例えば、筋収縮で分泌されるマイオカインの一種「IL-6」は、局所で脂肪分解を促しつつ、血流に乗って肝臓に働きかけ、エネルギー源となる糖の放出も誘導します。
2.2 分泌の調節:ネガティブフィードバックとパルス放出
ネガティブフィードバック
例:血中の甲状腺ホルモン(T₄)が増加 → 視床下部(TRH)と下垂体(TSH)の分泌が抑制 → 甲状腺への刺激が弱まる。
目的は「過剰反応の防止」と「安定したホルモン濃度の維持」です。パルス(拍動性)放出
例:成長ホルモン(GH)は、深い睡眠中に集中的に放出されるスパイクが特徴です。
→ 筋肉や骨の修復・成長のためには、夜間の質の高い睡眠の確保がリハビリ効果を高めます。【例外】ポジティブフィードバック
排卵直前に起こるエストロゲンの急上昇が、さらにLH(黄体形成ホルモン)の大量放出(LHサージ)を引き起こす現象。生体では稀な「アクセルを踏み続ける」制御ですが、臨床上重要な知識です。
3. ホルモンの化学分類と作用メカニズム
分類 | 分子例 | 受容体の場所 | 情報伝達の仕組み | 作用発現スピード |
---|---|---|---|---|
ペプチド/タンパク質ホルモン | インスリン、成長ホルモン(GH) | 細胞膜上 | セカンドメッセンジャー (cAMP, IP₃/DAG, Tyr-Kinase) | 速い(秒~分) |
ステロイドホルモン | コルチゾール、アルドステロン、性ホルモン | 細胞質 or 核内 | DNAに直接結合し、遺伝子発現(タンパク質合成)を調節 | 遅い(時間~日) |
アミン系ホルモン | アドレナリン(カテコラミン)は<膜>、甲状腺ホルモンは<核> | 種類による | ― | 様々(秒~時間) |
- ステロイドホルモンは脂溶性のため、血液中ではキャリアタンパク質(CBG, TBGなど)と結合しています。これが“貯蔵庫”の役割を果たし、急性ストレス時には結合していない「遊離型」が即戦力として働きます。
- ペプチド系ホルモンは血中での分解が速いため、点滴や頻回の皮下注射による補充が必要です(例:糖尿病のインスリン療法)。
4. エネルギー代謝の生理学 ― 糖・脂質・タンパク質
4.1 糖代謝
- 食後(高血糖時):インスリン分泌↑ → 骨格筋の細胞膜へGLUT4が移動 → 血中の糖を取り込み、グリコーゲンとして貯蔵。
- 空腹・運動時(低血糖時):グルカゴン+カテコラミン分泌↑ → 肝臓での糖新生・グリコーゲン分解を促進 → 血糖値を維持。
- 長期ストレス時:コルチゾール分泌↑ → 筋タンパク質を分解し、糖新生の材料として供給。これが長期臥床やストレス下でのサルコペニアの一因となります。
4.2 脂質代謝
- 安静時や軽~中等度の有酸素運動時:ホルモン感受性リパーゼの活性↑ → 中性脂肪が遊離脂肪酸へ分解され、β酸化を経てATP産生の主要なエネルギー源に。
- インスリンは脂肪の合成を促し、カテコラミンや成長ホルモンは脂肪の分解を促進します。
4.3 タンパク質代謝
- 合成(アナボリック)の刺激:アミノ酸(特にEAA)+インスリン+テストステロン+GH/IGF-1 ⇒ mTOR経路の活性化。
- 分解(カタボリック)の刺激:コルチゾール↑、炎症性サイトカイン↑、不動・不活動 ⇒ ユビキチン-プロテアソーム系(UPS)の活性化。
筋肥大を最大化するためには、「運動(機械的刺激)」+「十分な必須アミノ酸(タンパク質)」+「インスリン分泌を促す適量の炭水化物」の3点セットが不可欠です。
5. 運動とホルモン ― “内分泌的トレーニング効果”を最大化する
運動フェーズ | 主なホルモン変化 | 作用 | リハビリテーションへの応用例 |
---|---|---|---|
運動開始直後(秒〜分) | アドレナリン↑, ノルアドレナリン↑ | 心拍数・血圧・呼吸数↑, グリコーゲン分解 | 高強度インターバルトレーニング(HIIT)で交感神経系を効果的に賦活化させる。 |
運動中(分〜時) | GH↑, IGF-1↑, テストステロン↑ | タンパク質合成の促進, 筋衛星細胞の活性化 | レジスタンス運動後の「アナボリックウィンドウ」を逃さず、栄養補給(特にタンパク質)を指導する。 |
回復期(時〜日) | コルチゾール↓, インスリン感受性↑ | グリコーゲンの再補充, 炎症反応の収束 | クーリングダウンや積極的休養(Active Recovery)で、過度なストレスホルモンの分泌を抑制し、回復を促す。 |
運動課題に認知負荷(例:計算しながら歩く、色の判断をしながらステップする)を組み合わせると、前頭前野と視床下部が同時に活性化し、カテコラミンやドーパミンの分泌が促進されます。
→ これにより、運動への注意・集中力やモチベーションが高まり、運動学習の効率と継続率、そして神経可塑性を同時に高めることが期待できます。
6. 体温調節とホルモン
- 寒冷ストレス下
- 視床下部の温度設定点(セットポイント)が上昇し、甲状腺ホルモンが基礎代謝を亢進。
- アドレナリンによる褐色脂肪組織での熱産生(非ふるえ産熱)や、骨格筋の収縮による「ふるえ」(シバリング)が起こる。
- 温熱ストレス下
- 皮膚血管の拡張と、アセチルコリンを介した発汗により熱を放散。
- 抗利尿ホルモン(ADH)が水の再吸収を、アルドステロンがNa⁺の再吸収を促し、脱水と電解質異常を防ぐ。→ 熱中症予防には、水だけでなく電解質(塩分)を含む経口補水液が極めて重要。
7. 主な内分泌疾患とリハビリテーションの視点
疾患 | 病態の概要 | 理学療法士・作業療法士が特に注意すべき点 |
---|---|---|
糖尿病 | インスリンの作用不足による高血糖状態、および合併症(神経障害、網膜症、腎症) | 運動前後の血糖値モニタリングと低血糖症状への注意。インスリン注射部位と運動部位の考慮。足病変の有無を必ずチェックし、フットケアを指導。運動強度はRPE(主観的運動強度)も併用。 |
甲状腺機能亢進症 | 甲状腺ホルモン(T₃/T₄)の過剰による代謝亢進状態(頻脈、体重減少、筋力低下) | 頻脈や不整脈のリスクがあるため、過度な有酸素運動は避ける。心拍数のモニタリングを徹底。異化亢進による筋萎縮に対し、適切な負荷での筋力トレーニングが重要。 |
副腎不全 (Addison病) | コルチゾールおよびアルドステロンの分泌低下 | 低血圧や起立性低血圧による転倒リスクに注意。ストレス(運動、感染)への耐性が低いため、過度な負荷は避ける。高カリウム血症による筋力低下や不整脈にも留意。 |
骨粗鬆症 (PTH, Estrogen異常関連) | 骨吸収が骨形成を上回り、骨密度が低下した状態 | 脊椎の圧迫骨折リスクがあるため、体幹の過度な屈曲や回旋を伴う運動は慎重に行う。閉経後女性には、荷重運動と姿勢指導、バランス訓練を積極的に導入する。 |
8. INCET®の視点で捉える“内分泌 × 認知運動療法”
INCET®は「感覚‐認知‐運動‐内分泌」という4つの要素を相互に作用させ、最適化する統合モデルです。
- 認知課題の設定:状況判断や記憶を要するタスク → カテコラミン・ドーパミン分泌 → 集中力・覚醒度アップ
- 運動の実行:筋活動 → マイオカイン(IL-6など)分泌 → 脳由来神経栄養因子(BDNF)発現↑ → 神経可塑性の促進
- 内分泌系の応答:運動によるGH・IGF-1分泌 → ニューロンの保護 + 骨・筋の再構築
- フィードバックと学習:課題達成による快感(報酬系) → 視床下部‐辺縁系が評価 → 行動の強化・定着
- 「赤!」という合図を聞き、複数のボールから赤いボールを識別・記憶する → 視覚-前頭前野回路
- 合図で該当色のボールをキャッチしながら階段を昇り降りする → 心肺機能↑+下肢筋力↑(デュアルタスク)
- うまくできた時の達成感 → β-エンドルフィン放出 → 痛みの抑制 & 運動時の主観的辛さ(RPE)の低下
結果として、特別な機器を使わずに「認知・心肺・筋力・疼痛」といった複数の要素に同時にアプローチできます。
9. まとめ
- 内分泌系は“全身のOS”:中枢と末梢の双方向通信で、身体の安定(ホメオスタシス)を維持しています。
- ホルモン作用の理解がカギ:作用の化学的特性(ペプチド or ステロイド)と受容体の場所を知れば、薬理作用や疾患のメカニズムが深く理解できます。
- 運動は最強の内分泌調整因子:リハビリの「負荷・頻度・タイミング」そして「睡眠・栄養」のデザインが、ホルモン応答を介して治療効果を大きく左右します。
- PT/OTは“内分泌モニター”:バイタルサインや疲労の訴えからホルモンの動態を推測し、リアルタイムにリハビリ処方を調整する視点が重要です。
あなたの臨床を次のステージへ導く「INCET®コンセプト」とは?
本稿でご紹介したINCET®(統合的神経認知運動療法)は、ICFとBPSモデルを基盤に、「身体・脳・環境」の相互作用を統合的に捉えるための臨床思考フレームワークです。
患者様の「こうなりたい」という希望(HOPE)から逆算し、構造・神経・環境・発達・心理認知という5つの視点で多角的に分析。徒手療法から認知行動的なアプローチまでを体系的に組み合わせることで、神経の回復力と行動の変化を最大化します。
この思考法は、新人からベテランまで、誰もが明日からの臨床をアップデートできる実践的なツールです。アプローチの引き出しを増やし、他の療法士と差をつけたい先生は、ぜひ詳細をご確認ください。