皆さんこんにちは。作業療法士の内山です。
みなさんは車椅子を使用している利用者のトイレ移乗で、このような場面に出会ったことはありませんか?
「介助者が抱えないと移乗できない」「移乗中に転落のヒヤリハットがあった」「本人に立ち上がる力がなく、いつも全介助になってしまう」
立ち上がり能力が十分でない方のトイレ移乗は、介助する側にとっても身体的負担が大きく、転落リスクも高い場面の一つです。この課題に対して有効な道具の一つが「スライディングボード」です。
スライディングボードは「移乗するための橋を架ける」道具です。車椅子と便座の間にボードを設置することで、立ち上がり動作の負担を大きく軽減しながら横方向に滑るようにして移乗することができます。正しく使えば、介助量の軽減・本人の自立度向上・転落リスクの低減という三つのメリットを同時に実現できる可能性があります。
今回は、スライディングボードの基礎知識から、トイレ移乗への具体的な活用方法、療法士としての評価ポイントまでを解説します。
- スライディングボードは立ち上がり動作の負担を軽減し、横方向への移乗を可能にする福祉用具
- 適応評価(上肢・体幹・認知・環境)が活用成否の鍵を握る
- 正しい環境設定と手順を守ることで、介助負担軽減と利用者の自立支援を同時に実現できる可能性がある
スライディングボードとはどんな道具か
基本的な構造と仕組み
スライディングボードは、主に硬い板状の素材(ポリエチレン・ポリプロピレン・木材など)でできており、表面が滑りやすく加工されています。幅は一般的に15〜25cm程度、長さは60〜75cm程度のものが多いです。
使用方法の基本は「車椅子の座面と移乗先の座面の間に橋のように渡し、その上を臀部が滑るように移動させる」というものです。立ち上がり動作の負担が大きく軽減されるため、下肢筋力が低下している方や、関節可動域制限のある方でも移乗が可能になる場合があります。
スライディングボードの種類
- 直線型 最も一般的なタイプ。長方形の平板で、多目的に使いやすい。
- くびれ型(アーチ型) 中央部がくびれた形状になっており、アームレストの下にボードを差し込みやすい構造。片側のアームレストが取り外せない車椅子でも使いやすい。
- カーブ型 左右への移乗を想定してカーブしたデザイン。トイレ移乗など特定の環境・移乗方向で有効な場合がある。
- 低摩擦カバー・シート付き ボードの上にさらに滑りやすいシートを敷いて使うタイプ。臀部の摩擦を最小化できる。
トイレ移乗でスライディングボードを使う適応
適応となる主なケース
①立ち上がり能力が不十分な方
- 下肢筋力低下(目安として、GradeⅢ以下の場合に検討対象となることがある)
- 高次脊髄損傷(頸髄損傷・胸髄損傷)
- ALS・筋ジストロフィーなどの神経筋疾患
- 両下肢切断後
移乗の可否は、下肢筋力以外にも体幹機能・上肢機能・座位保持能力・認知機能・皮膚状態・環境設定など、多くの要素が影響します。総合的な評価のうえで適応を判断することが大切です。
②移乗時に転落リスクが高い方
- 立位バランス不良(立位でも不安定)
- 体重が重く立ち上がり介助が困難
③介助負担を軽減したい場面
- 介助者が一人しかいない夜間帯
- 介護者の腰痛・体力的制限がある
- 在宅で家族介護者のみの環境
適応外・注意が必要なケース
以下の場合はスライディングボードの使用を検討する前に医療的な確認が必要です。
- 臀部に開放創・褥瘡がある(摩擦による悪化リスク)
- 極端に痙性が強い(動作中に痙性が誘発される可能性)
- 認知機能の著しい低下で操作への協力が全くない(本人の協力が前提となるため、慎重な判断が必要)
実際の使い方:トイレ移乗の手順
ここでは「車椅子から便座への移乗」を例に説明します。
環境設定のチェックポイント
移乗を始める前に、以下の環境確認を行います。
①車椅子の配置
便座に対して30〜45度の角度で配置するのが基本です。角度が浅すぎると移乗距離が長くなり、深すぎるとボードが安定しない。移乗先の面(便座)を目標に、できるだけ近づけます。
②アームレストの対応
スライディングボードを渡すためには、移乗側のアームレストを外すか跳ね上げる必要があります。跳ね上げ式または着脱式のアームレストを持つ車椅子を使用することが前提です。固定式のアームレストの場合、くびれ型ボードを使う工夫が必要です。
③フットレストの対応
両足のフットレストを外すか跳ね上げておきます。移乗中に足が引っかかると危険です。
④便座の高さ確認
車椅子の座面高と便座の高さが近いほどスムーズに移乗できます。補高便座で高さを調整することも有効です。
手順①:ボードの設置
- 移乗側のアームレストを外す・跳ね上げる
- スライディングボードの一端を本人の臀部の下(大腿後面の下)に差し込む
※臀部の真下まで入れる必要はありません。「臀部が乗っている位置」から少し差し込む程度でOK - ボードのもう一端を便座の上に置く
- ボードがしっかり両端に架かっていることを確認する
手順②:移乗動作
自立移乗の場合(本人が主体的に行う)
- 本人に体幹を移乗先(便座方向)に傾けるよう促す
- 上肢でボードを押し、臀部を横方向にスライドさせる
- 小刻みに「少しずつ横に移動する」動きを繰り返す
- 便座の中央付近に臀部が到達したらボードを抜く
介助移乗の場合(介助者がサポート)
- 介助者は移乗先(便座側)に立ち、本人の骨盤両側に手を当てる
- 「横にずれましょう」と声をかけながら骨盤を誘導する
- 体幹が前後に倒れないよう注意しながら、横方向への動きをサポートする
- 臀部が便座に収まったらボードを外す
手順③:ボードの取り外しと姿勢の整え
- 臀部が便座の中央に位置したことを確認してからボードを抜く
- 本人の座位姿勢を整える(前後左右のバランス確認)
- 必要に応じて手すりを持ってもらい安定した座位を作る
よくあるトラブルと対処法
「ボードが滑ってしまう」
ボードが便座や車椅子の上で滑って不安定になる場合は、ノンスリップテープをボードの裏面(便座・車椅子座面に当たる面)に貼ることで安定性が上がります。また、車椅子のブレーキを確実にかけることも基本中の基本です。
「臀部がうまく乗り上がらない」
臀部の重さやボードの角度によって、臀部がボードに乗り上がれないことがあります。この場合はボードの角度や設置位置を調整し、重力を活用できるよう工夫することが有効です。ただし高さ差の設定は個々の状況によって変わるため、転落リスクを十分に確認しながら慎重に行うことが大切です。また、低摩擦シートの活用も有効です。
「移乗中に前方に倒れそうになる」
体幹バランスが不安定な方は、移乗中に前方に倒れる危険があります。この場合は介助者が前方に立ち、体幹の前傾を支えるポジションをとります。また、本人が手すりに捕まれる環境を作ることも重要です。
「褥瘡・皮膚トラブルが心配」
摩擦による皮膚への影響が心配な場合は、スライディングシートをボードの上に重ねて使うことで摩擦を軽減できる場合があります。ただし、スライディングボードとスライディングシートは別系統の用具であり、併用可否は製品仕様や手技によって異なります。使用前に製品の説明書や施設内手順を必ず確認してください。また、移乗前にスキンケアを行い、皮膚の状態を確認することも大切です。
療法士として評価すべきポイント
スライディングボードの活用に向けて、療法士として評価すべき主なポイントを整理します。
①上肢機能の評価
自立移乗のためには、ボードを押す・支持するための上肢機能が必要です。肩関節の可動域・肘の支持力・手指の把持力を確認します。頸髄損傷の方は残存機能に応じた動作方法の工夫が必要です。
②体幹機能の評価
移乗中は座位での体幹バランスが重要です。「支持なし座位は何秒保持できるか」「横方向への重心移動は可能か」を評価します。体幹機能が低い場合は介助量が多くなりますが、それでもボードを使うことで介助負担は軽減できます。
③認知・学習能力の評価
スライディングボードは「使い方を理解して自分で行う」道具です。手順の理解・動作の記憶・安全への判断力が求められます。認知機能の低下がある場合、本人の協力が得られるかどうかを慎重に評価することが大切です。協力が得られる場合は介助移乗での活用が検討できますが、得られない場合は別の手段も含めた総合的な判断が必要です。
④環境・車椅子の評価
使用している車椅子のアームレストが取り外し可能か、座面高は移乗先と合っているか、トイレ空間の広さはボード使用に対応できるかを確認します。環境が適切でない場合は、環境整備も含めた提案が必要です。
在宅でのスライディングボード活用
施設内だけでなく、在宅生活における活用も重要です。在宅では以下の点に特に注意します。
家族介護者への指導
家族がボードを使って安全に介助できるよう、実技指導を行います。「力で持ち上げるのではなく横に滑らせる」という動作の感覚をつかんでもらうことが大切です。
福祉用具との組み合わせ
スライディングボードは単独ではなく、補高便座・手すり・車椅子の選定と合わせて活用することで効果が最大化します。担当のケアマネジャー・福祉用具専門相談員と連携した提案を行いましょう。
介護保険での活用
スライディングボードは「日常生活用具給付等事業」や「福祉用具購入」の対象となる場合があります。自治体によって扱いが異なるため、ケアマネジャーへの確認を促しましょう。
まとめ
今回は「車椅子利用者のトイレ移乗を助けるスライディングボードの使い方」について解説しました。
- スライディングボードは立ち上がり動作の負担を軽減しながら「横方向に移乗する」ための道具
- 適応の評価(上肢機能・体幹機能・認知機能・環境)が重要
- 正しい配置・手順を守ることで安全かつ効果的に活用できる
- 介助者の腰痛予防・介護負担軽減にも大きく貢献できる
車椅子利用者の「トイレに自分で行きたい」という思いを叶えるために、ぜひこの道具を選択肢の一つに加えてみてください。道具の活用も、立派なリハビリテーションの一つです。
作業療法士 内山
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