こんにちは、理学療法士の内川です。
臨床現場で、こんな疑問を感じたことはありませんか?
- 「前腕の背側、特に親指側がだるい・痛い…これって橈側手根伸筋が原因?」
- 「いわゆるテニス肘(外側上顆炎)って、どの筋肉が一番関係しているんだろう?」
- 「手首を使う動作、例えば物を持ち上げたり、PC操作での痛み。意外と長橈側手根伸筋(ECRL)や短橈側手根伸筋(ECRB)が見落とされがちかも?」
長橈側手根伸筋(ECRL)と短橈側手根伸筋(ECRB)は、前腕の背側・橈側に位置し、手関節の伸展や橈屈を担う重要な筋肉です。物を掴む(グリップ)、持ち上げる、デスクワークでのマウス操作、スポーツにおける手首の安定化など、日常動作から専門的な動作まで幅広く関与しています。
特に、テニス肘として知られる外側上顆炎や、手首の不安定感、痛みの原因として頻繁に挙げられる筋群でもあります。
この記事では、理学療法士・作業療法士が臨床で押さえておくべき長橈側手根伸筋(ECRL)と短橈側手根伸筋(ECRB)について、その解剖学的な特徴、作用、臨床で役立つ評価方法、そして具体的なアプローチ(ストレッチやリリース)まで、わかりやすく解説します。
1.長・短橈側手根伸筋の解剖と作用
まずは、基本となる解剖学的位置と作用を確認しましょう。

長橈側手根伸筋(ECRL:Extensor Carpi Radialis Longus)
- 起始: 上腕骨外側上顆のやや近位(外側顆上稜)
- 停止: 第2中手骨底(背側・橈骨側)
- 支配神経: 橈骨神経 ($C_6$~$C_7$)
- 主な作用:
- 手関節の伸展
- 手関節の橈屈(母指側へ手首を倒す動き)
- (補助的に)肘関節の屈曲

短橈側手根伸筋(ECRB:Extensor Carpi Radialis Brevis)
- 起始: 上腕骨外側上顆(総伸筋腱の一部として)
- 停止: 第3中手骨底(背側)
- 支配神経: 橈骨神経(深枝、後骨間神経) ($C_7$~$C_8$)
- 主な作用:
- 手関節の伸展(主要な伸筋)
- 手関節の橈屈(ECRLと協調)
ポイント: 特に短橈側手根伸筋(ECRB)は、テニス肘(上腕骨外側上顆炎)の最も一般的な原因筋として知られています。
2.臨床で使える評価方法(触診・MMT)
臨床でこれらの筋の状態を把握するための、具体的な評価方法を見ていきましょう。
触診方法
筋の収縮や圧痛を確認するために、正確な触診が重要です。
長橈側手根伸筋(ECRL)の触診:
- まず、起始である上腕骨外側顆(のやや近位)と、停止である第2中手骨底を触知します。
- その2点を結ぶ線をイメージし、前腕の背橈側面で筋腹を触れていきます。(腕橈骨筋のすぐ尺側(小指側)に位置します)
- 手関節を橈屈させながら背屈(伸展)する動きで、筋の収縮を確認します。
短橈側手根伸筋(ECRB)の触診:
- 起始である上腕骨外側上顆と、停止である第3中手骨底を触知します。
- その2点を結ぶ線をイメージし、ECRLのやや尺側(小指側)で筋腹を触れていきます。
- 手関節を純粋に背屈(伸展)させる動きで、筋の収縮をより強く確認できます。(ECRLよりも橈屈作用が少ないため、純粋な伸展で区別しやすくなります)
触診のコツ:
- 腕橈骨筋を先に触知し、そのすぐ尺側(小指側)にECRLを見つけると分かりやすいです。
- ECRBはECRLのさらに尺側にあります。手関節の純粋な伸展で強く収縮するのがECRB、橈屈を伴う伸展で強く収縮するのがECRLと捉えると鑑別しやすくなります。
MMT(徒手筋力テスト)
手関節伸筋群(主にECRL, ECRB, ECU)の筋力を評価します。
段階 5, 4, 3 の評価手順:
- 肢位: 患者は座位。肘を曲げ、前腕を回内位(手のひらが下向き)にしてテーブルなどの台に置きます。
- 動作: 患者に手関節を完全に伸展(背屈)させてもらいます。
- 抵抗: 検者は、患者の手関節最大伸展位に対して、第2~第5中手骨の背側に手関節屈曲方向への抵抗を加えます。
判定基準:
- 段階 5 (Normal): 最大限の抵抗に対して、最終可動域を保持できる。
- 段階 4 (Good): 中程度の抵抗に対して、最終可動域を保持できる。
- 段階 3 (Fair): 抵抗がなければ、重力に抗して全可動域を動かせる。
段階 2 の評価手順:

- 肢位: 患者は座位。肘を曲げ、前腕を中間位(親指が上向き)にしてテーブルなどの台に置きます。(重力を除去した肢位)
- 動作: 検者は手関節を下方(小指側)から支え、患者に手関節を伸展(背屈)させてもらいます。
判定基準:
- 段階 2 (Poor): 重力の影響を最小限にした肢位で、全可動域を動かせる。
段階 1, 0 の評価手順:

- 肢位: 段階2と同じ(座位、肘屈曲、前腕中間位)。
- 動作: 患者に手関節を伸展させようと努力してもらいます。
- 触診: 検者は、伸展努力中に以下の部位で筋収縮を触知します。
- 長橈側手根伸筋 (ECRL): 第2中手骨に向かう筋腱
- 短橈側手根伸筋 (ECRB): 第3中手骨に向かう筋腱
- 尺側手根伸筋 (ECU): 第5中手骨近位に向かう筋腱
判定基準:
- 段階 1 (Trace): 筋の収縮が視認できるか、触知できるが、関節運動は起こらない。
- 段階 0 (Zero): 筋の収縮が全く触知できない。
3.具体的なアプローチ(ストレッチ・リリース)
過緊張や短縮が見られる場合に有効なアプローチ方法です。
ストレッチ
長橈側手根伸筋(ECRL)と短橈側手根伸筋(ECRB)を効果的に伸ばす方法です。

- 基本肢位: 肘関節を伸展させます。
- 手関節の動き: 手関節を掌屈(手のひら側へ曲げる)させ、さらに尺屈(小指側へ倒す)させます。
- ポイント: ECRLとECRBの筋腹(前腕の背橈側)を軽く近位(肘方向)へ引きながら行うと、よりストレッチ感を得やすくなります。
- 注意点: 痛みが出ない範囲で、心地よい伸張感が得られる程度に留めましょう。特にテニス肘など炎症がある場合は慎重に行います。
リリース方法
筋の硬さやトリガーポイントに対してアプローチします。
- ECRL、ECRBそれぞれの筋腹を正確に触知します。
- 硬さや圧痛がある部位を見つけたら、指や母指球などで軽く持続的な圧迫を加えます。
- 圧迫したまま、患者に深呼吸を数回繰り返してもらいます。
- 圧迫の強さは、患者が心地よいと感じる程度に調整します。
4.機能低下がもたらす影響
これらの筋の機能が低下すると、以下のような問題が生じる可能性があります。
- 手関節伸展力の低下:
- 手をついて体を支える、物を押すといった動作で手首が不安定になり、力が入らない、痛みが出る。
- 転倒時に手をついた際の衝撃吸収能力が低下し、怪我のリスクが高まる。
- グリップ(握る動作)の非効率化:
- 物を強く握る際には、手関節をやや伸展位に保つことで指の屈筋が効率よく働きます。ECRL/ECRBの機能低下は、この手関節の安定性を損ない、結果的に握力低下につながります。
- テニス肘(外側上顆炎):
- 特にECRBは、繰り返しの手首伸展や回外動作、または直接的な打撲などにより、起始部(上腕骨外側上顆)で微細損傷や炎症を起こしやすい代表的な筋肉です。
5.臨床ちょこっとメモ:テニス肘との関連
臨床で特に遭遇しやすい「テニス肘」との関連で、覚えておきたいポイントです。
- テニス肘の主犯格はECRB! 肘の外側(外側上顆)周辺に圧痛があり、タオル絞りやドアノブ回し、物を持ち上げる動作などで痛みが増強する場合、まずはECRBの関与を疑いましょう。
- テニス肘の誘発テスト:
- Chair Test(チェアテスト): 患者に椅子の背もたれを手掌を上に向けて持ち上げてもらい、肘外側に痛みが出現するか確認します。
- Middle Finger Extension Test(中指伸展テスト): 検者が患者の中指に対して抵抗を加え、患者に中指を伸展してもらい、肘外側に痛みが出現するか確認します。(ECRBは第3中手骨に停止するため関連が深い)
- Cozen’s Test(コーゼンテスト): 患者に手関節を橈屈・伸展してもらい、検者が抵抗を加え、肘外側に痛みが出現するか確認します。
- ECRLは手首を伸ばす“初動”に関与? 高齢者や脳卒中後遺症、術後のリハビリなどで、「手をついて立ち上がれない」「プッシュアップ動作ができない」といった訴えがある場合、尺側手根伸筋(ECU)などと合わせて、ECRLの筋力低下や活動不全が背景にある可能性も考慮します。
6.総まとめ:ECRL/ECRBのポイント
最後に、長橈側手根伸筋(ECRL)と短橈側手根伸筋(ECRB)に関する重要なポイントをまとめます。
1.解剖学的特徴と機能
- ECRL: 上腕骨外側顆上稜 起始 → 第2中手骨底 停止 / 橈骨神経 ($C_6$-$C_7$) / 作用:手関節伸展、橈屈、肘屈曲補助
- ECRB: 上腕骨外側上顆 起始 → 第3中手骨底 停止 / 橈骨神経深枝 ($C_7$-$C_8$) / 作用:手関節伸展(主)、橈屈
- 位置関係:前腕背橈側で、腕橈骨筋 → ECRL → ECRB の順に並ぶ(橈側から尺側へ)。
- ECRBは手関節伸展の主働筋の一つ。ECRLは手首伸展の初動や橈屈に関与。
2.評価方法と鑑別
- 触診: 起始・停止を結ぶ線上で、ECRLは橈屈+背屈、ECRBは純粋な背屈で収縮を確認。
- 鑑別点: ECRLはより橈屈作用が強く、ECRBは伸展作用が主。
- MMT: 座位、前腕回内位での手関節伸展に対する抵抗で評価(段階3以上)。重力除去は前腕中間位。
- MMT段階1触診部位: ECRLは第2中手骨へ向かう腱、ECRBは第3中手骨へ向かう腱。
3.臨床的意義とアプローチ
- 機能低下の影響: 手関節伸展力低下、不安定感(押す・突く動作)、グリップ力低下。
- ECRBとテニス肘: ECRBはテニス肘の最重要原因筋。外側上顆部の圧痛、誘発テスト(Chair, Middle Finger Ext, Cozen’s)で評価。
- アプローチ:
- ストレッチ:肘伸展位で手関節を掌屈+尺屈。
- リリース:筋腹の硬結部を持続圧迫+深呼吸。
- ECRLと動作: 高齢者等の「手をついて立てない」場合にECRL機能低下も考慮。
今回の記事では、長橈側手根伸筋と短橈側手根伸筋に焦点を当てて解説しました。しかし、実際の臨床では、これらの筋は単独で機能しているわけではありません。周囲の筋(腕橈骨筋、総指伸筋、回外筋など)との位置関係や深さ、協調・拮抗関係を理解することが、より的確な評価と治療につながります。
「もっと深く、立体的に筋肉の走行や関係性をイメージできるようになりたい…」
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7.参考文献
- 基礎運動学 第6版補訂
- 機能解剖学的触診技術 上肢
- プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系 第3版
- 骨格筋の形と触察法 改訂第2版
- 病態動画から学ぶ臨床整形外科的テスト~的確な検査法に基づく実践と応用 【Web動画付き】 (実践リハ評価マニュアルシリーズ)