こんにちは、理学療法士の大塚です。
腹臥位は、近年、特に呼吸器疾患の治療において注目を集めています。COVID-19パンデミックを契機に、その効果と重要性が再認識されましたが、実はこの療法の応用範囲は呼吸器疾患にとどまりません。本コラムでは、腹臥位の運動機能面、脳機能面、運動・認知発達面の効果と、理学療法士・作業療法士がどのようにこの療法を臨床で活用できるかについて、最新の知見を交えて解説します。
1. 呼吸・循環機能への影響
呼吸器系の影響
a) 換気-血流比の改善:腹臥位では、重力の影響で肺の背側への血流が増加し、換気-血流比がより均一になります。これにより、酸素と二酸化炭素の交換効率が向上します。
b) 肺容量の増加:横隔膜の動きが改善され、胸郭後部の拡張が促進されることで、通常は十分に換気されない肺の背側部分の換気が改善されます。
c) 気道クリアランスの向上:重力の影響で気道内の分泌物が中心気道に向かって移動しやすくなり、分泌物の排出が促進されます。
d) 肺コンプライアンスの改善:無気肺が改善され、閉じていた肺胞が再開通することで、肺全体のコンプライアンス(柔軟性)が向上します。
e) 胸腔内圧の変化:腹圧の上昇により、より効率的な呼吸パターンが促進されます。
循環系の影響
a) 右心系の前負荷の減少:腹部の圧迫により静脈還流が減少し、右心系の前負荷が軽減されます。
b) 肺血管抵抗の減少:肺の再膨張により、肺血管抵抗が減少し、肺循環が改善されます。
2. 運動機能への影響
a) 体幹筋の強化:腹臥位姿勢を保持することで、体幹の前面と背面の筋肉がバランスよく活性化されます。
b) 上肢機能の向上:腹臥位での上肢の使用は、肩甲帯の安定性と上肢の協調性を向上させます。
c) 姿勢制御の改善:腹臥位での活動は、前庭感覚や固有受容感覚を刺激し、全身の姿勢制御能力を向上させます。
d) 関節可動域の維持・改善:特に胸椎や腰椎の伸展、股関節の伸展が促進されます。心臓外科手術後の患者を対象とした研究では、早期からの体位変換(腹臥位を含む)が呼吸機能の回復に寄与する可能性が示唆されています[4]。
3. 脳機能への影響
腹臥位療法は、間接的に脳機能にも影響を与える可能性があります:
a) 脳血流の改善:頭部が心臓とほぼ同じ高さになることで、重力の影響で脳への血液の流れが促進されます。
b) 酸素化の向上:肺の換気効率の向上により、脳への酸素供給が改善されます。
4. 運動・認知発達と脳神経機能への影響
認知発達への影響
a) 視覚的探索の促進:腹臥位では、乳児が頭を持ち上げて周囲を見回す必要があり、これが視覚的探索能力を促進します。
b) 空間認識の向上:腹臥位での移動経験は、三次元的な空間認識能力の発達を促します。
c) 手の操作性の向上:腹臥位での遊びは、手の操作性と目と手の協調を向上させます。
d) 注意力の発達:腹臥位での活動は、持続的な注意力の発達を促進します。
運動発達への影響
a) 頭部コントロールの獲得:腹臥位は、頸部筋群の強化と頭部コントロール能力の向上に不可欠です。
b) 這う動作の基礎形成:腹臥位での経験は、這う動作の前段階として重要です。
c) 回転動作の習得:腹臥位から仰臥位への回転、またはその逆の動きは、全身の協調性を向上させます。
d) 立位・歩行への準備:腹臥位での経験は、体幹や四肢の筋力を向上させ、後の立位や歩行の獲得に必要な基礎的な運動能力を養います。
脳神経機能への影響
a) 大脳活動への影響:研究によると、腹臥位は大脳活動、特に前頭葉の活動に影響を与える可能性があります[3]。これは、姿勢変化による感覚入力の変化や、血流動態の変化によるものと考えられます。
b) 自律神経機能への影響:腹臥位は自律神経活動にも影響を及ぼします。特に、副交感神経系の活性化が報告されており、これはストレス軽減や全身の機能調整につながる可能性があります。
c) 脳血流への影響:腹臥位姿勢により、脳への血流量が増加する可能性があります。これは、脳機能の活性化や認知機能の向上につながる可能性があります。
d) 高次脳機能への影響:腹臥位療法により、注意力や集中力などの高次脳機能が向上する可能性が示唆されています。
e) ストレス応答への影響:腹臥位を含むマッサージ療法は、物理的ストレスに対する神経構造的、機能的、生理学的な相関関係があることが示唆されています。ただし、長期臥床患者に対する腹臥位の影響については、血圧、心拍、酸素飽和度などの変化に注意が必要です。
5. 臨床応用と注意点
腹臥位を実施する際は以下の点に注意が必要です:
- 個別化:患者の状態、疾患の種類、治療目的に応じて、実施方法を個別化することが重要です。
- 安全性の確保:圧迫部位の保護や定期的な体位変換など、合併症予防のための対策を徹底します。
- 継続的な評価:腹臥位療法の効果を定期的に評価し、必要に応じて実施方法を調整します。
- 多職種連携:理学療法士、作業療法士、看護師、医師など、多職種で連携して実施することが重要です。
6. 腹臥位のデメリットと対策
- 圧迫による合併症:
- リスク:褥瘡、圧挫傷
- 対策:適切なクッション使用、定期的な体位変換
- 循環動態への影響:
- リスク:血圧、心拍数、酸素飽和度の変化
- 対策:継続的なモニタリング、慎重な適応判断
- 腸管損傷のリスク:
- リスク:小腸憩室患者での腸管損傷
- 対策:既往歴の確認、腹部症状の注意深い観察
- 患者の不快感:
- リスク:長時間の腹臥位による苦痛
- 対策:適切な実施時間の設定、患者の快適性への配慮
- モニタリングの困難さ:
- リスク:患者状態の観察制限
- 対策:適切な監視機器の使用、定期的な体位変換時の詳細な観察
- 医療処置の制限:
- リスク:一部の処置やケアの実施困難
- 対策:処置のタイミング調整、代替方法の検討
まとめ
腹臥位は、呼吸機能の改善だけでなく、運動機能、認知発達、運動発達、脳神経機能など、多面的な効果を持つ治療法です。その生理学的メカニズムを理解し、適切に実施することで、様々な疾患の患者のQOL向上に貢献することができます。しかし、その効果は個人差が大きく、また潜在的なリスクも存在するため、常に慎重なモニタリングと個別化されたアプローチが必要です。最新の研究知見を踏まえつつ、患者の状態に応じた適切な実施が求められます。
参考文献:
- NCBI. (2021). Effects of Awake Prone Positioning in Non-intubated Spontaneously Breathing COVID-19 Patients Requiring High Flow Oxygen Therapy in High Dependency Unit (HDU): An Observational Study.
- NCBI. (2021). Exploratory Analysis of Physical Therapy Process of Care and Psychosocial Impact of the COVID-19 Pandemic on Physical Therapists.
- PubMed. (2007). A review of the effects of sleep position, play position, and equipment use on motor development in infants.
- PubMed. (2021). Effect of position on gross motor function and spasticity in spastic cerebral palsy children.
- NCBI. (2023). Effects of prone positioning on ARDS outcomes of trauma and surgical patients: a systematic review and meta-analysis.
- NCBI. (2021). Energy Achievement Rate Is an Independent Factor Associated with Intensive Care Unit Mortality in High-Nutritional-Risk Patients with Acute Respiratory Distress Syndrome Requiring Prolonged Prone Positioning Therapy.
- PubMed. (1979). Prone Immersion Physical Exercise Therapy in Three Children with cystic Fibrosis: A Pilot Study.
- PubMed. (2020). Prevention of pressure ulcers among individuals cared for in the prone position: lessons for the COVID-19 emergency.
- NCBI. (2023). 710 Assessing the Impact of Prone Positioning Among Adult Burn Patients with Acute Respiratory Distress Syndrome.