こんにちは、理学療法士の大塚です。
今回は、理学療法士・作業療法士の臨床に不可欠な「痛みの生理学」をテーマに、評価と介入の質を劇的に高める知識を、基礎から臨床応用まで分かりやすく解説します。この記事を読めば、明日からのアプローチが変わります!
なぜ理学療法士は「痛みの生理学」を深く知るべきなのか?
痛みの理解は、リハビリテーションの成果を左右する重要な要素です。なぜなら…
- 急性期の痛みは、組織損傷を知らせる“警報装置”(侵害受容)として機能し、身体を保護します。
- 慢性期の痛みは、感覚・情動・認知・運動の神経ネットワークが再配線された結果であり、もはや「組織損傷=痛み」という単純な図式では説明できません。
- 臨床で「痛みの強さ=身体の壊れ具合」と誤解したままリハビリを進めると、かえって回復を長期化させてしまう危険があります。
- そこで本稿で紹介するINCET(統合的神経認知運動療法)では、
- 末梢と中枢のネットワーク
- 感覚・運動・情動の三位一体
- 脳の予測機能(予測誤差の最小化)
これらを統合的に再教育(re-education)することで、疼痛と機能障害を同時に改善へと導きます。
ステップ1:痛みのセンサー「侵害受容器」の種類と特性
痛みを最初に感知するのが侵害受容器です。主に2つのタイプがあり、その違いを知ることがアプローチの第一歩です。
神経線維 | 直径・髄鞘 | 伝導速度 | 主な刺激・痛みの質 | 臨床的メモ |
---|---|---|---|---|
Aδ(デルタ)線維 | 2–5 µm / 有髄 | 約 5–30 m/s | 鋭い・局在がハッキリした痛み(一次痛) | 針で刺したような痛み。アイシングで一時的に活動を抑制しやすい。 |
C線維 | 0.3–1.5 µm / 無髄 | 0.5–2 m/s | 鈍い・焼けるような・広がる痛み(二次痛) | 慢性痛や炎症性の痛み。TENS(経皮的末梢神経電気刺激)が抑制効果を示しやすい。 |
ポイント:末梢感作
組織が炎症を起こすと、プロスタグランジンなどの炎症物質が放出され、C線維の感度を高めます。これにより、普段なら痛くない刺激でも痛みを感じるようになります(例:日焼けした肌に服が触れるだけで痛い)。
ステップ2:痛みの伝達ルート「末梢 → 脊髄 → 脳」
① 末梢から脊髄後角へ【痛みの第一中継点】
- 侵害刺激により、Aδ線維とC線維が興奮します。
- 神経末端から興奮性の神経伝達物質(グルタミン酸やサブスタンスP)が放出されます。
- 脊髄の後角(特にⅠ層・Ⅱ層)で、次の神経細胞(二次ニューロン)に情報が伝わります。
✔️ ゲートコントロール理論(Melzack & Wall, 1965)
痛いところを思わず”さする”のはなぜ? 太くて速いAβ線維(触圧覚)を刺激すると、脊髄後角で痛みの伝達をブロックする「ゲート」が閉じ、痛みが脳に伝わりにくくなります。
【臨床のヒント】振動刺激や関節モビライゼーションが即時的に痛みを和らげるのは、この理論で説明できます。
② 脊髄から脳へ【痛情報を運ぶ3つのハイウェイ】
脊髄に入った痛みの情報は、主に3つの経路(上行路)を通って脳へと送られます。
経路名 | 主な役割 | 最終的な行き先 |
---|---|---|
外側脊髄視床路 | 「どこが、どれくらい痛いか」という感覚的・弁別的側面 | 視床(VPL核) → 一次体性感覚野 (S1) |
脊髄視床辺縁路 | 「不快だ、嫌だ」という情動的側面 | 視床(MD核) → 島皮質・前帯状皮質 (ACC) |
脊髄網様体路 | 痛みによる覚醒や自律神経反応(発汗、心拍数増加など) | 脳幹網様体 |
③ 脳での統合【「痛み」という体験が生まれる場所 ― Pain Matrix】
脳に到達した情報は、 1つの「痛み中枢」ではなく、複数の領域が連携する「ペイン・マトリックス」で処理され、「痛み」という主観的な体験が生まれます。
- 一次・二次体性感覚野 (S1/S2): 痛みの場所と強さを特定
- 島皮質: 不快感や内臓感覚との統合
- 前帯状皮質 (ACC): 苦痛や注意、感情の処理
- 前頭前皮質 (PFC): 痛みの意味づけや、過去の記憶に基づく予測・評価
臨床でよく聞く言葉と脳活動のリンク
- 「動かすのが怖い」「また痛くなるかも…」といった不安は、島皮質やACCの過活動と関連します。
- 認知行動療法(CBT)やINCETの認知アプローチは、PFCの機能を高め、これらの過活動をトップダウンで抑制することを目指します。
ステップ3:脳が持つ天然の鎮痛システム「下降性疼痛抑制系」
私たちの脳には、自ら痛みを抑える素晴らしい仕組みが備わっています。これが下降性疼痛抑制系です。
graph TD
A[前頭前皮質(PFC)・前帯状皮質(ACC)など] --"期待・情動・認知"--> B(PAG: 中脳水道周囲灰白質)
B --"内因性オピオイド放出"--> C(RVM: 延髄腹内側部)
C --"セロトニン・ノルアドレナリン放出"--> D(脊髄後角)
D --"痛みの伝達を抑制!"--> E(シナプス抑制)
- 「大丈夫」「きっと良くなる」といったポジティブな認知や期待が、脳のPAGやRVMといった部位を活性化させます。
- そこから脊髄へセロトニンやノルアドレナリンが送られ、痛みの伝達にブレーキをかけます。
💡 運動による鎮痛効果(Exercise-Induced Hypoalgesia: EIH)
運動が痛みに効くのは、この下降性疼痛抑制系を活性化させるからです。10~30分程度の運動後に、全身の痛みの感じにくさが上昇することが知られています。
- 筋収縮により、β-エンドルフィンなどの物質が放出され、脳の鎮痛システムが作動します。
- 理学・作業療法では、特に有酸素運動と課題指向型訓練の組み合わせが、この鎮痛効果を引き出しやすいとされています。
臨床応用:中枢感作・ノシプラスチック痛とINCETアプローチ
痛みが長引くと、神経系そのものが変化し、「警報器が壊れた」状態、つまり中枢感作やノシプラスチックペインに至ります。これには、病期に応じたアプローチが必要です。
フェーズ | 主な神経系の変化 | INCETに基づくアプローチ例 |
---|---|---|
急性期 (~数週) | 末梢感作、脊髄後角の一時的な過敏状態 | ゲートコントロール理論の活用(安静にしすぎず、心地よい触圧覚入力、早期の段階的な荷重) |
亜急性期 (1–3か月) | 脊髄後角の感作が固定化 (Wind-up現象)、脳の情動系の過活動 | ミラーセラピー、触覚識別訓練、呼吸法やリラクゼーションによる自律神経系への介入 |
慢性期 (>3か月) | 脳の機能的・構造的再編(ペイン・マトリックスの異常な同期) | Graded Exposure(段階的曝露)、認知リフレーミング(痛みの意味づけを変える)、価値ある作業への参加促進 |
INCET 4ステップアプローチの一例
- 身体内部感覚への気づき (Interoceptive Awareness):呼吸や心拍に穏やかに注意を向け、身体の安全信号を感じる練習。
- 認知のリフレーミング (Neuro-cognitive Re-framing):「痛み=組織の損傷」という破局的思考を、「痛み=脳の過敏なアラーム」へと書き換える教育。
- 段階的な曝露 (Controlled Exposure):安全な環境で、”怖いけれど重要”な動きに少しずつ挑戦。成功体験を積み重ねる。
- 生活への転移 (Exercise Transfer):リハ室での動きを、本人が「やりたい」と願う生活上の課題(料理、趣味、仕事など)に統合する。
まとめ:明日からの臨床を変える3つの視点
- 視点①:痛みは「感覚・情動・認知」の多次元現象と捉える
徒手療法だけでなく、不安へのアプローチや、痛みの意味づけを変える言葉かけなど、介入の引き出しを複数持ちましょう。 - 視点②:3つの理論を使い分ける
「ゲートコントロール理論(末梢・脊髄)」「下降性疼痛抑制(脳→脊髄)」「中枢感作(神経系の変化)」の3層で考えると、アプローチの選択が論理的になります。 - 視点③:「身体‐脳‐心」の好循環をデザインする
INCETが目指すのは、単一のテクニックではなく、患者さんの回復サイクルをデザインすることです。
“痛みが減る → 安心して動ける → 好きな活動に没頭できる → さらに脳の鎮痛系が働く”
この正のループを創り出すことが、慢性痛克服の鍵です。
💡 覚えておきたいキーメッセージ
「痛みは“ケガのセンサー”ではなく“脳のアラーム”」
切り傷が治っても痛みが続くのは、センサー(末梢神経)の故障ではなく、脳が「まだ危険かもしれない」と過剰に警戒し、アラームを鳴らし続けている状態です。だからこそ、「さする・動かす・安心する」というアプローチで、脳に「もう大丈夫だよ」と再学習させることが、理学療法士・作業療法士の重要な役割なのです。
🔧 患者さん指導用!おうちで出来るセルフケア3分ルーティン
「痛い=動かさない」は、かえって痛みを過敏にする悪循環に。“ちょっと心地よい”を毎日積み重ねるためのセルフケア指導例です。
- リラックス呼吸(60秒):椅子に座り、お腹と胸に手を当てます。ゆっくり息を吸いながらお腹→胸の順に膨らませ、長く吐きながらリラックスします。自律神経を整え、脳の警戒レベルを下げます。
- やさしく触れる(60秒):痛い部分やその周辺を、服の上から手のひらでやさしく、ゆっくりとさすります。「大丈夫だよ」と脳に安心の情報を送るイメージで。
- 心地よく動かす(60秒):痛みが最も少ない範囲で、関連する関節をゆっくり動かします。(例:腰痛なら、四つ這いでお尻を後ろに引く動き)。「この範囲なら安全に動ける」という成功体験を脳に刻みます。
INCET concept(統合的神経認知運動療法®︎)とは?
最後に、本稿で度々触れたINCETコンセプトについて、改めてご紹介します。
統合的神経認知運動療法®は、ICFと生物心理社会(BPS)モデルを基盤に、「身体・脳・環境」の相互作用を統合的に捉えるための臨床思考フレームワークです。
患者様の「したい生活(HOPE)」から逆算し、構造・神経・環境・発達・心理認知の5つの視点で多角的に分析。徒手療法から認知行動学的アプローチまでを体系的に組み合わせ、神経の可塑性と行動変容を最大化することを目指します。
このフレームワークは、新人からベテランまで、誰もが明日からの臨床をアップグレードできる実践的なツールです。あなたの臨床の幅を広げ、患者様により良い結果を提供するために、ぜひ詳細をご確認ください。
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