こんにちは、理学療法士の赤羽です。疼痛について解説するシリーズの第20回目となりました。今回は、前回同様に症例を想定して臨床の一連の流れを考えていきたいと思います。
腰殿部痛は多くの患者様が経験する症状であり、その原因は多岐にわたります。筋・筋膜性の痛みや腰椎由来の障害(椎間関節障害や神経根障害)が疑われやすい一方で、それだけでは説明できない痛みも少なくありません。今回は、上殿皮神経障害(Superior Cluneal Nerve Entrapment, SCNE)に焦点を当て、詳細な評価と治療アプローチを学んでいきましょう。
上殿皮神経障害とは?
上殿皮神経は、T12~L5神経根の後枝から分岐し、腸骨稜を越えて殿部外側の皮膚に感覚を供給する末梢神経です。この神経が腸骨稜周囲で絞扼されると、腰殿部に限局した痛みが生じることがあります。特に、以下の特徴が上殿皮神経障害の診断において重要です。
- 腸骨稜後上部(PSIS)の外側5~9cm付近に明確な圧痛点が存在
- Tinel様徴候(神経叩打試験)の陽性
- 診断的神経ブロックによる疼痛軽減(70%以上)
また、中殿皮神経(Middle Cluneal Nerve, MCN)も類似した症状を引き起こす可能性があり、仙腸関節周囲での絞扼が主な原因となります。
症例報告
患者情報
- 年齢・性別:40歳男性
- 職業:事務職(長時間座位作業)
- 主訴:右腰殿部の痛み
現病歴
患者様は3か月前から右腰殿部痛を自覚しており、以下の動作で症状が増悪しました。
- 長時間座位後の立ち上がり時に鋭い痛み
- 腰を反らす動作で疼痛が増悪
- 朝起床時や歩行開始時の違和感
整形外科で腰椎X線検査を受けましたが、明らかな異常はなし。湿布と鎮痛薬による治療でも改善しなかったため、理学療法を希望して来院しました。
評価結果
鑑別診断と身体所見
評価項目 | 結果 | 解釈 |
---|---|---|
SLRテスト | 陰性 | 坐骨神経障害の可能性低い |
Kempテスト | 軽度陽性 | 腰椎関節影響は否定できない |
Patrickテスト | 陰性 | 仙腸関節障害の可能性低い |
仙腸関節評価(Gaenslenテスト・Compression/Distractionテスト) | 陰性 | 仙腸関節障害の可能性低い |
腸骨稜周囲圧痛 | 明確な圧痛点あり(L3分節付近) | 上殿皮神経絞扼を示唆 |
Tinel様徴候 | 陽性 | 神経絞扼を示唆 |
股関節可動性 | 股関節屈曲・伸展時に軽度制限あり | 腸腰筋の過緊張を確認 |
腰椎可動性 | 伸展制限あり | 体幹後屈時に疼痛増悪 |
多裂筋機能 | 筋収縮遅延および弱化あり | 脊柱安定性低下が示唆される |
中殿皮神経影響(PSIS尾側内側3~4cm付近で圧痛) | 圧痛なし | 中殿皮神経障害の可能性低い |
骨盤前後傾関連筋群 | ハムストリングス(短縮あり)、腸腰筋(短縮・過緊張) | 体幹・骨盤のアライメント異常を示唆 |
座位姿勢 | 骨盤後傾位、円背傾向 | 長時間の座位負荷が影響 |
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痛み発生メカニズムと生活背景
上殿皮神経への影響
- 腸骨稜越え部での神経絞扼(長時間座位による圧迫)
- 胸腰筋膜や体幹筋群の緊張による滑走性低下
患者様の生活背景
- 骨盤後傾位で座る習慣 → 神経圧迫増加
- 腰背筋膜の過緊張 → 神経滑走性低下
- 多裂筋機能低下 → 脊柱安定性低下
治療アプローチ
- 上殿皮神経への徒手介入
- 腸骨稜周囲の神経滑走促進手技
- 胸腰筋膜および腸腰筋近傍へのリリース
- 骨盤前後傾エクササイズ
- ハムストリングスストレッチ(短縮改善)
- 腸腰筋ストレッチ(短縮改善)
- 多裂筋強化エクササイズ(「バードドッグ」「ブリッジ」など)
- デスク環境調整
- 座面高さ調整(膝関節90度保持)
- 定期的な立ち上がり・ストレッチ(30分ごと)
まとめ
今回は上殿皮神経が影響していると想定される症例について考えてみました。それでは、ポイントを3つ挙げていきましょう。
- 上殿皮神経は腰殿部痛の一因となりうる。腸骨稜周囲の圧痛やTinel徴候等が重要な情報となる。
- 姿勢の影響等生活環境によって誘発してしまう恐れがあるため、身体機能面以外の聞き取りも重要。
- アプローチとして②の理由から機能改善のみならず、生活指導や環境設定も重要
さらに深く学びたい方には、以下のコースがおすすめです。
慢性疼痛に対する痛み・神経の科学的根拠をもとにした末梢神経への徒手介入法 〜DNM(Dermo Neuro Modulating)〜 BASICコース
参考文献
- Maigne JY, et al. Spine. 1997;22(5):556–560.
- Konno S, et al. Spine J. 2007;7(1):85–89.
- Hungerford B, et al. Spine. 2003;28(20):2500–2506.
- Fasuyi et al. J Orthop Res. 2017;35(8):1720–1726.
- Malai et al. J Phys Ther Sci. 2015;27(4):1127–1130.