PT・OTのための呼吸器生理学:COPD、ガス交換、呼吸調節を臨床につなげる

第6章 呼吸器系の生理学 – 肺の機能、ガス交換、呼吸調節と運動時呼吸

こんにちは、理学療法士の大塚です。この記事では、理学療法士・作業療法士の皆様に向けて、臨床に役立つ呼吸器系の生理学を解説します。

特に「肺の機能ガス交換呼吸調節運動時呼吸」に焦点を当て、学生時代に学んだ知識を日々のリハビリテーションにどのように活かし、より効果的な治療プログラムを立案できるのか、その実践的なポイントと手順をまとめました。ぜひ、皆様の呼吸リハビリテーションスキル向上にご活用ください。


1. はじめに:呼吸器生理学の全体像と臨床応用

呼吸器系は生命維持に不可欠なシステムであり、大気から酸素(O₂)を取り込み、代謝産物である二酸化炭素(CO₂)を体外へ排出します。肺、気道、胸郭が協調して換気(肺胞通気)を行い、肺胞と毛細血管の間では、わずか 0.5 µm の薄い拡散膜を介して効率的なガス交換が行われます。

本記事では、まず肺・気道の解剖学的構造と呼吸力学の基礎を整理し、ガス交換のメカニズム(血液ガス分析、酸素解離曲線など)について深く掘り下げて解説します。その上で、呼吸調節のメカニズムと、運動時の呼吸応答を詳細に分析。

最終的には、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などの呼吸器疾患の病態理解と、呼吸リハビリテーションへの応用へと繋げていきます。

特に、本書の根幹となる統合的神経認知運動療法®(INCET)の視点、すなわち「四層構造モデル」「身体‐脳‐環境の統合」「HOPE から局所評価に至る段階的プロセス」を呼吸器系の評価と介入に応用し、臨床現場で今すぐ活用できる独自の視点を提供します。


2. INCET で捉える呼吸器系リハビリテーション

2.1 四層構造モデルと呼吸リハビリ

呼吸との関連例リハビリ介入例
存在意義・価値観「息切れを気にせず孫と遊ぶ」といった人生における目標HOPE 面談を通じて患者の目標を共有し、治療への動機づけを高めます。
社会的側面家族や職場環境で求められる活動量、周囲の喫煙習慣など集団での呼吸器疾患教育プログラム、職場環境の調整、禁煙支援などを提供します。
心理的側面息切れに対する不安、呼吸困難への恐怖心、自己効力感の低下呼吸困難時のセルフコントロール戦略の指導、呼吸ペース練習などを実施します。
身体的側面肺機能の低下、呼吸筋力の低下、胸郭の可動域制限呼吸筋トレーニング、胸郭モビライゼーションなどを実施します。

これらの四層すべてにアプローチすることで、換気効率、活動耐容能、そして患者様のQOL(生活の質)を同時に改善することが可能になります。

2.2 身体‐脳‐環境の統合アプローチ

  • 身体機能:肺の弾性、気道抵抗、呼吸を行うための主要な筋肉である横隔膜のパワー

  • 脳機能:呼吸のリズムを生み出す中枢の活動、呼吸に必要な筋肉の動員、呼吸に関連する恐怖感の認知処理

  • 環境要因:室内の空気質、温度や湿度、職場における粉塵、家屋内の移動経路

呼吸訓練の効果を最大限に引き出すためには、横隔膜の強化(身体へのアプローチ)と呼吸ペーシングの学習(脳へのアプローチ)を連携させることが重要です。さらに、自宅の換気環境を整える(環境へのアプローチ)ことで、より高い効果が期待できます。


3. 肺・気道の解剖と呼吸力学:評価・介入の基礎

3.1 気道解剖と臨床的意義

  • 上気道:鼻腔では吸い込んだ空気を温め、加湿し、異物を除去します。咽頭と喉頭は、さらに異物の侵入を防ぐ役割を果たします。

  • 下気道:気管から始まり、主気管支、小葉間気管支、終末細気管支、肺胞管、そして最終的にガス交換が行われる肺胞嚢へと分岐。末梢に行くほど軟骨が減少し平滑筋が優位になるため、炎症や自律神経系のバランスによって気道の口径が大きく変化する可能性があります(例: 喘息発作)。

3.2 胸郭と呼吸筋:効率的な換気の鍵

  • 主動筋:横隔膜(安静時の換気仕事量の 70 % 以上を担う)、外肋間筋

  • 補助吸気筋:胸鎖乳突筋、斜角筋(COPD 患者においてこれらの筋肉の過活動は重要な臨床徴候となります)

  • 咳嗽・強制呼気:腹直筋と内肋間筋が収縮することで胸腔内圧が上昇し、効果的な咳や強制的な呼気を生み出します。咳嗽介助の知識も重要です。

3.3 呼吸力学のポイント:病態理解と評価

項目臨床的意義
コンプライアンス(肺の伸展性)肺線維症などにより低下すると、肺を膨らませるために必要な吸気努力が増大します。
気道抵抗COPDや喘息などで上昇すると、息を吐き出すのに時間がかかるようになります。
弾性リコイル肺気腫などで低下すると、呼気時の気流速度が低下し、肺の中に空気が残りやすくなります(残気量増大、ダイナミック・ハイパーインフレーション)。
横隔膜位置高位化は肥満や妊娠などで見られ、低位化はCOPDによる肺の過膨張によって横隔膜が平坦化することで起こります。横隔膜機能の評価は重要です。

4. ガス交換と血液ガス:リハビリ効果判定の指標

4.1 肺胞‐毛細血管拡散:効率的な酸素供給のために

拡散量 = 拡散係数 × 表面積 × (肺胞と血液の間の分圧差) / 拡散距離

この式から、以下の病態でガス交換効率が低下することが理解できます。

  • COPD:肺胞壁の破壊によりガス交換に必要な表面積が減少します。

  • 間質性肺炎:肺胞壁の線維化によりガスが拡散する距離が増加します。

リハビリテーションでは、換気血流比の改善や活動による酸素利用効率の向上を目指します。

4.2 酸素解離曲線:組織への酸素供給能力

ヘモグロビンと酸素の結合・乖離の関係を示す曲線です。

  • 右方シフト:運動、発熱、アシドーシスの状態では、ヘモグロビンが酸素を放出しやすくなり、組織への酸素供給が促進されます。

  • 左方シフト:低体温、アルカローシスの状態では、ヘモグロビンが酸素と結合しやすくなり、組織への酸素放出が抑制されます。

臨床では、患者様の体温や酸塩基平衡の状態が酸素供給に影響することを理解しておく必要があります。

4.3 動脈血ガス(ABG):呼吸・代謝状態の把握

パラメータ役割・臨床的意義
PaO₂(動脈血酸素分圧)肺胞換気と拡散能力の指標となります。低値は呼吸不全を示唆します。
PaCO₂(動脈血二酸化炭素分圧)換気量と体内で産生される二酸化炭素量のバランスを示します。高値は換気不全を示唆します。
pH/HCO₃⁻(重炭酸イオン)呼吸性および代謝性のアシドーシス/アルカローシスを判定するために用いられます。

血液ガス分析の結果は、患者様の重症度判定、リハビリテーションの適応判断、効果判定に不可欠な情報です。


5. 呼吸調節メカニズム:呼吸パターンの理解

呼吸は、複数の神経中枢と受容体からの情報によって精緻にコントロールされています。

  1. 延髄呼吸中枢:呼吸の基本的なリズム(吸息と呼息に関わるニューロン群)を生成します。

  2. 橋呼吸中枢:吸息の終わりをよりスムーズにし、呼吸パターンを滑らかに調整します。

  3. 化学受容体

    • 中枢化学受容体:脳脊髄液のpH変化(主に動脈血二酸化炭素分圧の上昇に敏感)を感知し、換気を調節します。

    • 末梢化学受容体:頸動脈小体などで動脈血酸素分圧の低下を検出し、換気を促進します。

  4. 機械受容器:肺や胸郭の伸展(Hering-Breuer反射)、筋肉の紡錘、関節受容体などからの情報を基に呼吸を調節します。

臨床においては、動脈血二酸化炭素分圧(PaCO₂)が 10 mmHg 上昇すると換気量がほぼ倍増するという生理的な反射を利用して、呼吸駆動が低下している患者(薬剤の影響や脳幹の障害などによる)のリスク管理や、意図的なPaCO₂操作による換気調整を検討することがあります。


6. 運動時呼吸応答:運動耐容能評価と介入への示唆

運動負荷に対する呼吸循環応答を理解することは、運動療法の強度設定や効果判定に不可欠です。

フェーズ身体の変化評価指標/臨床的意味
安静→軽運動換気量(VE)と酸素摂取量(VO₂)がほぼ比例して増加します。換気効率(VE/VO₂):運動に対する呼吸の効率性を示します。
換気閾値(AT/VT)無酸素運動の割合が増え、乳酸が蓄積し始めます。これによりPaCO₂が上昇することで末梢化学受容体が刺激され、換気が急激に増加します。心肺運動負荷試験(CPX)で運動処方を決定する重要な指標となります。
高強度域代謝性アシドーシスを補正するために、さらに換気量が増加します。VE/VCO₂スロープ:心不全患者の予後予測に用いられることがあります。

運動時の呼吸困難は、呼吸筋の疲労が進行すると換気量の増加が頭打ちになり、同時に動脈血二酸化炭素分圧の上昇と経皮的酸素飽和度(SpO₂)の低下が見られることで生じやすくなります。

したがって、呼吸筋トレーニング(IMT)によって横隔膜などの呼吸筋の耐久性を高めることは、運動耐容能の向上に直接的に繋がり、呼吸困難感の軽減にも寄与します。


7. 病態生理と呼吸リハビリテーション:個別的アプローチ

各疾患の病態生理を理解し、INMOTの視点を応用することで、より効果的なリハビリテーションが実践できます。

7.1 COPD(慢性閉塞性肺疾患)への介入例

  • 病態:気流制限と肺の弾性低下により、運動時に肺が過度に膨らむ動的過膨張が生じ、呼吸に必要な仕事量が増大し、呼吸困難を強く感じやすくなります。

  • HOPE 例:「短い休憩で階段を昇れるようになりたい」

  • 工程分析:外出の準備 → 階段を昇り始める → 途中で休憩する → 目的地に到着する

  • 動作分析:階段昇降時に息を吐くタイミングが浅いため、呼気終末に空気が残りやすくなります。

  • 介入例(INMOTの各層・側面にアプローチ)

    1. 吸気筋 IMT:最大吸気圧(PImax)の 30 % の負荷で、1日2セット、各30回実施します。(身体機能へのアプローチ)

    2. 呼気コントロール:口すぼめ呼吸と腹式呼吸を組み合わせることで、呼気をゆっくりと長く行えるように練習します。(身体・脳機能へのアプローチ)

    3. 環境調整:階段に手すりを設置し、途中に休憩できるベンチを設けます。(環境要因へのアプローチ、身体機能のサポート)

    4. 心理介入:呼吸困難に対する予期不安を軽減するための認知再構成を行います。(心理的側面へのアプローチ)

7.2 術後肺合併症予防のリハビリテーション

術後の呼吸機能低下や合併症(無気肺、肺炎など)予防は、理学療法士の重要な役割です。

  • 早期離床を促すことで、胸郭のコンプライアンスを維持し、肺換気を改善します。

  • incentive スパイロメトリーやセミファウラー位での深呼吸法を指導し、肺胞の虚脱を防ぎます。

  • 効果的な咳嗽介助を行うことで、無意識の疼痛抑制による呼吸パターンの悪化を防ぎ、気道分泌物の喀出を促します。

7.3 神経筋疾患における呼吸リハビリ

呼吸筋麻痺や機能低下を伴う神経筋疾患では、呼吸機能の維持・改善がQOLに直結します。

  • 横隔膜の筋電図(EMG)を用いたバイオフィードバックにより、残存呼吸筋の効率的な動員や呼吸パターンの学習をサポートします。(身体・脳機能へのアプローチ)

  • 夜間の非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)の導入により、高炭酸ガス血症による睡眠の質の低下や日中のQOL低下を防ぎます。(身体機能、存在意義・価値観へのアプローチ)


8. ケーススタディ:INCET プロセスによる COPD 介入例(続き)

前述のCOPD患者様の介入例について、INMOTのプロセスに沿って詳細を追います。

  1. HOPE:「孫と公園を 20 分歩きたい」(存在意義・価値観

  2. 工程分析:自宅の玄関 → 公園までの坂道 → ベンチでの休憩 → 滑り台での孫の補助 → 自宅への帰宅(目標達成までの具体的なプロセス分解)

  3. 包括的評価

    • 身体的側面:肺機能検査(FEV1 〇〇 L, %Pred)、血液ガス(PaO₂ 〇〇 mmHg, PaCO₂ 〇〇 mmHg)、呼吸筋力(PImax 〇〇 cmH₂O, PEmax 〇〇 cmH₂O)、6分間歩行試験(〇〇 m, SpO₂ 最低値 〇〇 %)、胸郭可動域、Borg scale(運動時呼吸困難度 〇〇)
    • 心理的側面:CAT (COPD Assessment Test) スコア 〇〇、HADS (Hospital Anxiety and Depression Scale) スコア Anxiety 〇〇, Depression 〇〇
    • 社会的側面:同居家族構成、家屋構造(階段の有無)、近隣環境(公園までの道のり)、日中の活動レベル
    • 存在意義・価値観:孫との関わりに関する希望、リハビリテーションへの期待

(※元文章がここで途切れていたため、一般的なケーススタディの評価項目例を追記しました。実際の介入や結果については、元文章の続きに合わせて記述が必要です。)


まとめ

本記事では、呼吸器系の基本的な生理学から、ガス交換呼吸調節運動時呼吸といった臨床に不可欠な知識、そして各呼吸器疾患への応用、さらにINCETの視点を統合した評価・介入プロセスについて解説しました。

理学療法士・作業療法士として、これらの知識を深く理解し、患者様一人ひとりの状態に合わせて適切に評価・分析することで、より効果的な呼吸リハビリテーションプログラムを立案・実施することができます。

複雑に思える呼吸器系の生理学も、日々の臨床と結びつけて学ぶことで、その重要性と面白さを再発見できるはずです。本記事が、皆様の臨床スキル向上の一助となれば幸いです。

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