こんにちは、理学療法士の大塚です。
今回は、私たち理学療法士・作業療法士の臨床に欠かせない「エネルギー代謝」をテーマに、その核心である「糖・脂質・タンパク質の調整」を深掘りします。なぜ運動療法が糖尿病に有効なのか、なぜ高齢者にはタンパク質が必要なのか。そのメカニズムを理解すれば、評価と介入の質は必ず向上します。基礎から臨床応用まで分かりやすく解説します。
エネルギー代謝 ― 糖・脂質・タンパク質の調節メカニズム
(理学療法士・作業療法士のための “決定版” 内分泌・代謝の教科書/ブログ用テキスト)
1. 糖代謝 ― “血糖 100 mg/dL” を守る多重防衛網
私たちの身体は、血糖値を常に一定の範囲に保つための精巧なシステムを備えています。
❶ インスリン:唯一の“血糖降下ホルモン”
膵臓のβ細胞から分泌されるインスリンは、血糖値を下げる唯一のホルモンです。
- 骨格筋や脂肪組織の細胞膜にあるGLUT4(糖輸送体)を活性化させ、血中のグルコースを細胞内に取り込みます。
- 肝臓ではグリコーゲン合成、脂肪細胞では中性脂肪合成、筋肉ではタンパク質合成(同化)を促進します。
- 運動による筋収縮は、インスリンとは独立した経路(AMPK経由)でもGLUT4を活性化させます。これこそが、運動療法がインスリン抵抗性を持つ2型糖尿病の“切り札”となる最大の理由です。
❷ 血糖上昇ホルモン:多彩なバックアップ部隊
血糖値を上げるホルモンは複数あり、状況に応じて協調して働きます。
ホルモン | 主な作用 |
---|---|
グルカゴン(膵α細胞) | 肝臓のグリコーゲン分解、糖新生を促進 |
アドレナリン(副腎髄質) | 肝臓・筋肉のグリコーゲン分解、脂肪分解を促進 |
コルチゾール(副腎皮質) | 筋肉のタンパク質を分解し、糖新生の材料を供給 |
成長ホルモン(下垂体前葉) | 脂肪の利用を促進し、インスリンの作用に拮抗 |
高強度インターバル運動(HIIT)はカテコラミンや成長ホルモンの分泌を急激に促し、血糖値を大きく変動させます。食後1~2時間の血糖ピーク時に行えば「食後高血糖」を抑えるのに有効ですが、インスリン治療中の患者様では運動後の低血糖リスクも考慮する必要があります。
❸ 糖尿病の病態とリハビリの要点
- 1型糖尿病:インスリンが絶対的に欠乏。運動による低血糖、およびインスリン不足時のケトアシドーシスに注意が必要です。
- 2型糖尿病:インスリン抵抗性(効きが悪い)と分泌不足が併存。筋量を増やし、中等度の有酸素運動でミトコンドリアを増やすことが治療の核となります。
- INCET®的アプローチ:網膜症・腎症・神経障害といった血管合併症やサルコペニアを常に見据え、多職種(OT、栄養士、心理士など)と連携し、生活行動全体をデザインする視点が不可欠です。
2. 脂質代謝 ― “1gあたり9kcal” の高効率エネルギー源
- 摂取と輸送:食事から摂った脂肪は、小腸でキロミクロンという粒子になり血流へ。リポタンパク質リパーゼ(LPL)によって分解され、各組織に供給されます。
- 貯蔵脂肪の動員:絶食時や運動時には、ホルモン感受性リパーゼ(HSL)が活性化。貯蔵されている中性脂肪を遊離脂肪酸(FFA)に分解し、血液中に放出します。
- ホルモンによる制御:アドレナリン、成長ホルモン、コルチゾールが脂肪分解を促進し、インスリンは抑制します。
- 骨格筋での利用:ウォーキングなどの中等度以下の有酸素運動では、脂質が主要なエネルギー源となります。持久的なトレーニングは、筋肉のミトコンドリアを増やし、脂質を効率よく使える身体(=代謝柔軟性)を作ります。
デュアルタスクトレーニング(例:トレッドミルで歩きながら計算問題)を、脂質が主に使われる運動強度で行うと、長時間の運動でも血糖低下リスクが少なく、前頭前野の活性を維持しやすいため、認知機能と身体機能の両方にアプローチできます。
3. タンパク質代謝 ― “身体の構造材” 兼 “緊急燃料”
タンパク質は筋肉や臓器の材料ですが、緊急時にはエネルギー源としても利用されます。
状態 | 同化(合成が優位) | 異化(分解が優位) |
---|---|---|
運動後・栄養良好時 | インスリン、テストステロン、成長ホルモン、mTOR経路の活性化 | ― |
ストレス・飢餓・不動時 | ― | コルチゾール、甲状腺ホルモン(過剰時)、ユビキチン-プロテアソーム系の活性化 |
- 長期的な異化はサルコペニアやフレイルを招き、ADLの自立度を著しく低下させます。早期からのリハビリと、十分なタンパク質・アミノ酸の補給が成功のカギです。
- レジスタンス運動と、必須アミノ酸(特にロイシン2~3g/回)の摂取は、筋タンパク質の合成を強力に刺激します。
4. 飢餓・運動時の “代謝シフト” ― 状況で変わるメイン燃料
フェーズ | メイン燃料 | ホルモン変化 | 理学療法・作業療法上の意義 |
---|---|---|---|
飢餓初期(~24時間) | 肝グリコーゲン | グルカゴン↑ | 絶食後の患者様では、早期離床時に低血糖を起こしやすい。 |
飢餓中期(2~3日) | 糖新生(アミノ酸) | コルチゾール↑ | 筋タンパクの喪失が激しい時期。BCAAなどのアミノ酸補給が重要。 |
飢餓長期(3日以上) | 脂肪酸・ケトン体 | インスリン↓↓、ケトン体↑ | 低強度の長時間運動は可能だが、高強度運動はエネルギー不足で困難。 |
低~中強度運動 | 脂質が主体 | 成長ホルモン↑ | 耐糖能や脂質異常症の改善に最も効果的。 |
高強度運動 | 糖質が主体 | カテコラミン↑↑ | 最大酸素摂取量やパワー向上に有効だが、血糖変動が大きい。 |
運動強度が高まるにつれて、エネルギー源が「脂質」から「糖質」へ切り替わるポイントがあります。持久系アスリートは、このポイントが高い強度域にシフトしており、より速いペースでも脂質を効率的に使える身体になっています。
5. 最新トピックスとリハビリテーションへの応用
Topic | キーポイント | 実践へのヒント |
---|---|---|
AMPK / mTOR シグナル | AMPKは「省エネモード」、mTORは「合成モード」のスイッチ。両者は互いに抑制し合う。 | 有酸素運動(AMPK↑)と筋力トレーニング(mTOR↑)を同日に行う場合、順番や間隔を考慮することで効果を最大化できる(例:筋トレ→有酸素)。 |
ブラウン脂肪(褐色脂肪) | 寒冷刺激などで活性化し、熱を産生してエネルギーを消費する特殊な脂肪。 | 寒冷曝露(冷水シャワーなど)や軽運動の組み合わせは、エネルギー消費を高め、インスリン感受性を改善する可能性がある。 |
腸内環境と代謝 | 腸内細菌が作る短鎖脂肪酸は、血糖調節ホルモン(GLP-1)の分泌を促す。 | OTによる生活指導の一環として、食物繊維や発酵食品の摂取を促すことも、代謝改善に繋がる。 |
INCET®と代謝プライミング | 認知課題を付加した運動は、PFC(前頭前野)を活性化させ、適度なカテコラミン分泌を促す。 | リハビリの最初に「5分間の脳トレ+サーキット運動」を行うことで、脳の覚醒度を高め、その後の運動学習効率と神経可塑性を促進できる。 |
6. まとめ ― “代謝を制する者が、機能回復を制す”
- 糖・脂質・タンパク質は、ホルモンを指揮者として、状況に応じてシームレスにメイン燃料を切り替えています。
- 運動処方とは、ホルモン反応とエネルギー基質の動員パターンを読んで、意図的にデザインする行為です。
- 「適切な代謝ストレス × 認知・感覚刺激」を組み合わせることで、神経-筋-代謝の三位一体リハビリテーションが実現します。
エネルギー代謝の深い理解は、単なる血糖管理やダイエットの枠を超え、痛みの抑制、神経可塑性の促進、ADL自立度の向上にまで直接的に貢献します。明日からの臨床で、“ホルモンというシグナル” と “基質という燃料” の両面から、患者さんの身体を捉え直してみましょう。
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本稿でご紹介したINCET®(統合的神経認知運動療法)は、ICFとBPSモデルを基盤に、「身体・脳・環境」の相互作用を統合的に捉えるための臨床思考フレームワークです。
患者様の「こうなりたい」という希望(HOPE)から逆算し、構造・神経・環境・発達・心理認知という5つの視点で多角的に分析。徒手療法から認知行動的なアプローチまでを体系的に組み合わせることで、神経の回復力と行動の変化を最大化します。
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