こんにちは、作業療法士の内山です。
今回は、患者さんのQOLと社会復帰に直結する極めて重要なテーマ、「脊髄損傷患者さんのトイレ動作支援」に焦点を当てます。損傷レベル別の評価から具体的なアプローチ、排泄管理までを体系的に解説します。
脊髄損傷の基礎知識|損傷レベルとトイレ動作への影響
脊髄損傷(Spinal Cord Injury: SCI)は、損傷を受けた部位以下の運動・感覚機能が障害される状態です。アプローチを考える上で、まずは損傷レベルと残存機能の関係を正確に理解することが不可欠です。
脊髄損傷の分類
- 損傷の程度
- 完全損傷:損傷レベル以下の運動・感覚機能が完全に消失。
- 不完全損傷:何らかの運動・感覚機能が残存。
- 損傷レベル
- 頸髄損傷 (Cervical):四肢麻痺。レベルが高いほど重度。
- 胸髄損傷 (Thoracic):対麻痺。上肢機能は保たれる。
- 腰髄・仙髄損傷 (Lumbar/Sacral):下肢の部分的な麻痺。
- 自律神経機能
運動・感覚麻痺に加え、神経因性膀胱・直腸となり、随意的な排泄コントロールが困難になります。
【損傷レベル別】トイレ動作の課題と目標設定
損傷レベルによって、トイレ動作の目標とアプローチは大きく異なります。
- 頸髄損傷 (C1-C4):全介助が基本。呼吸器管理下での排泄ケアが中心。
- 頸髄損傷 (C5-C6):上腕二頭筋などが機能。リフトやスライディングボードを用いた移乗、自助具を使った一部動作の獲得が目標。
- 頸髄損傷 (C7-C8):手指機能が向上。自助具を用いた更衣や、軽介助での移乗の自立を目指す。
- 胸髄損傷 (T1-T12):上肢機能は良好。体幹の安定性に応じた移乗技術の習得と、更衣・排泄管理の完全自立が目標。
- 腰髄損傷 (L1以下):歩行可能な場合も。装具等を活用した立位でのトイレ動作の獲得を目指す。
トイレ動作支援の核!排泄管理(膀胱・直腸)の基本
脊髄損傷のリハビリにおいて、排泄管理の自立は最大の目標の一つです。
膀胱管理
- 間欠導尿 (CIC):定時にカテーテルで導尿する方法。感染リスクが低く、自己導尿の習得が第一選択。
- 留置カテーテル/膀胱瘻:自己導尿が困難な場合に選択される。
直腸管理
- 摘便:手指で直接便を排出。決まった時間に行うことで排便リズムを確立。
- 坐薬・浣腸:薬剤を用いて計画的に排便を促す。
臨床で必須!脊髄損傷のトイレ動作評価
的確なアプローチのためには、残存機能の正確な評価が欠かせません。
- 神経学的評価:ASIA (American Spinal Injury Association) 評価を用い、Key MuscleとDermatomeを評価し、神経学的レベルを決定します。
- ADL評価:SCIM (Spinal Cord Independence Measure) やFIMを用い、ADL自立度を定量的に評価します。
- 移乗能力評価:移乗方法(スライディングボード使用など)、介助量、安全性を評価します。
- 排泄管理評価:自己導尿や摘便の手技の自立度、スケジュール管理能力を評価します。
- 環境評価:在宅復帰に向け、自宅のトイレの広さ、ドア幅、手すりの有無などを評価します。
【損傷レベル別】具体的なアプローチと自助具の活用
動作アプローチ
- C5-C6レベル:上腕二頭筋を使い、肘を伸展位でロックして体幹を持ち上げる動作練習。テノデーシスグリップを活用した物品操作練習。
- C7-C8レベル:上腕三頭筋が使えるため、より力強い移乗(プッシュアップ)が可能に。自助具を使った更衣動作の反復練習。
- 胸髄レベル:体幹の安定性に応じたバランス練習。長座位でのプッシュアップや、よりダイナミックな移乗練習。
自助具・福祉用具の活用
残存機能を最大限に活かすため、適切な道具の選定が極めて重要です。
- 移乗用具:スライディングボード、トランスファーベルト、天井走行リフト
- 排泄関連用具:各種導尿カテーテル、ポータブル導尿器、摘便用手袋
- 更衣用自助具:ボタンフック、ジッパープル、リーチャー、靴下エイド
- 環境調整用具:各種手すり、便座昇降機、ウォシュレット
社会復帰を見据えた包括的支援
トイレ動作の自立は、社会参加の第一歩です。病院内での動作獲得だけでなく、退院後を見据えた支援が求められます。
- 外出・就労支援:公共の多目的トイレの利用練習、携帯用排泄用具の選定、職場環境の調整などを支援します。
- 家族指導:必要な介助技術や緊急時対応を指導し、患者さんの自立を促す関わり方を家族と共に考えます。
【まとめ】脊髄損傷のトイレ動作支援で大切なこと
- 脊髄損傷の支援は、ASIA等を用いた正確な損傷レベルの評価から始まる。個々の残存機能に応じた段階的な目標設定とアプローチが自立への鍵である。
- トイレ動作支援の核は、排泄管理(間欠導尿・摘便)の技術習得にある。身体機能訓練と同等に、その指導と精神的サポートが重要となる。
- 移乗技術の習得、適切な自助具・福祉用具の選定、そして環境調整。これらを組み合わせることで、重度の損傷でもトイレの自立は可能となり、社会復帰への道が開かれる。
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