てこ・モーメント:スクワットで膝の負担を減らす3つの調整ポイント〜臨床のための運動学〜

てこ・モーメントを使いこなす:スクワットで膝の負担を減らす3つの調整ポイント

「スクワットのフォームを丁寧に指導しても、なぜか患者さんの膝の痛みが取れない…」
「同じ“しゃがむ”動作なのに、人によって負担のかかり方が全然違う…」

臨床で、こんな壁にぶつかった経験はありませんか?

この記事では、リハビリの基本である「てこ(Lever)」と「モーメントアーム」の概念を、スクワット動作における“膝の負担を減らす3つの調整ポイント”として、誰にでも実践できるよう具体的に解説します。

難しい数式は使いません。明日からすぐに患者さんに伝えられる、わかりやすい言葉で臨床に落とし込みましょう。

この記事でわかること
  • てこ・モーメントアームの“臨床的な意味”
  • 膝の負担を意図的に変える「3つの調整ポイント」
  • 評価→介入→再評価の具体的な流れ(動画撮影のコツつき)
  • ケーススタディ:前膝部痛への応用例
  • 明日から実践できる60秒臨床スキルトレーニング
この記事のゴール

“膝にかかるモーメント”を
意図的にコントロールできるようになること。

  • ✅ スクワット中に膝へかかる外力(床反力)の向きと作用線を理解する。
  • ✅ 足幅・膝の位置・上半身の傾きという「3つの調整ポイント」でモーメントアームを操作する。
  • ✅ その場で痛みの変化を“見える化”し、患者さんと成功体験を共有する。

「てこ」と「モーメントアーム」は難しくない

「バイオメカニクスは苦手…」と感じる方もご安心ください。基本はとてもシンプルです。

モーメントとは、簡単に言えば「関節を回そうとする力」のこと。
この回す力(モーメント)は、以下の式で決まります。

力 × 回転中心からの距離(モーメントアーム)

たとえば、重いドアを開ける時。取っ手(=力を加える点)が蝶番(=回転の中心)から遠いほど、軽い力でドアはスムーズに動きますよね。この“回転中心からの距離”こそが、モーメントアームです。

これは身体の動きでも全く同じです。
スクワットの場合、床反力の作用線と膝関節中心との距離が「膝関節を曲げようとするモーメントアーム」になります。

この距離が長ければ長いほど、膝を伸ばすために大腿四頭筋がより強く働く必要があり、結果として膝蓋大腿関節への圧縮ストレスも増大してしまうのです。

スクワットで膝の負担を変える3つの調整ポイント

「てこ」や「モーメントアーム」は、“数式”で暗記するのではなく“位置関係”で捉えるのが臨床のコツ。つまり、立ち位置と姿勢を少し変えるだけで、てこの長さを意図的に操作できるのです。

① 足幅(スタンス)

  • 広すぎるスタンス: 骨盤が外旋し、膝が外へ流れやすくなります(ニーイン・トゥーアウト)。結果的に脛が過度に前傾し、膝の前に長いモーメントアームが生まれてしまいます。
  • 狭すぎるスタンス: バランスを取るために上半身が前に倒れ込み、これも膝への負担を増やします。
  • 推奨スタンス: 肩幅±足半分の範囲。つま先は自然に10〜15°外向きが基本です。

💡 患者さんへの一言キュー
「足は肩と同じくらいの広さに開いてみましょう。つま先は少しだけ外に向けてくださいね。」

② 膝の位置(つま先との関係)

  • 膝がつま先より前に出るほど、膝関節前面へのモーメントアームが長くなります。これにより大腿四頭筋への負担が増え、前膝部痛を助長しやすくなります。
  • ただし、「膝を絶対につま先より前に出してはいけない」わけではありません。重要なのは「どの程度前に出ているか」をセラピストが把握し、痛みに合わせてコントロールできるよう指導することです。
  • 足関節の背屈制限がある方には、踵の下に1cm程度の板や雑誌を敷くだけで改善することがあります。

💡 患者さんへの一言キュー
「お膝が、つま先よりも“グッ”と前に出すぎないように意識してみましょう。お尻を後ろに引くイメージです。」

③ 上半身の傾き(体幹前傾)

  • 体幹を少し前傾させることで、重心が後方(股関節側)へ移動します。これにより負荷が股関節と膝関節に適切に分散され、膝へのモーメントアームが短くなります。
  • 一方で、胸を張りすぎる(体幹を立てすぎる)と、重心が前方へシフトし、結果的に膝のモーメントが増えてしまいます。
  • 腰への負担を避けるため、過度な前傾は禁物です。胸骨を少しだけ前へスライドさせる意識を持つと、理想的なフォームに近づきます。

💡 患者さんへの一言キュー
「少しだけお辞儀をするように、胸を前に傾けてみましょう。背中は丸めず、まっすぐを保ってくださいね。」

即時効果を出す!評価 → 介入 → 再評価の流れ

この3分間のサイクルで、患者さんと一緒に痛みの変化を“見える化”しましょう。

Step1:評価(30秒)

  1. 患者さんのスクワット動作を真横からスマートフォンで撮影します。
  2. しゃがんだ時の膝の位置(つま先との関係)、体幹の前傾角度、痛みの強さ(NRS)を記録します。

Step2:介入(90秒)

  1. 足幅を肩幅程度へ調整します。
  2. 必要に応じて、かかとを1cm上げてもらいます(スロープボードや雑誌でOK)。
  3. 「お尻を後ろへ、胸を少し前へ」と声かけし、体幹を軽く前傾させます。

Step3:再評価(30秒)

  1. 同じ深さまでしゃがんでもらい、再度NRSを確認します。
  2. 介入前後の動画を比較し、膝の位置や重心線の変化を患者さんと一緒に確認します。
  3. NRSが2以上低下、または同じNRSでより深くしゃがめるようになれば成功です。

ケーススタディ:前膝部痛のスクワット修正例

【症例】40代男性。階段下降やスクワット時に膝前面痛(NRS 6/10)。

【観察】スクワット時、体幹が直立したまま脛骨が過度に前傾。膝が大きく前方へ突出している。

【仮説】膝関節屈曲モーメントの増大による、大腿四頭筋の過活動と膝蓋大腿関節のストレス増加。股関節のモーメント活用不足。

【介入】

  1. 足幅をやや狭め(肩幅-0.5足)。
  2. 踵の下に1cmのスロープマットを設置。
  3. 「お尻を椅子に置くように、後ろへ引いてみてください」と口頭指示し、体幹の前傾を促通。

【結果】

  • 同じしゃがみ込み深さで、痛みがNRS 6→3へ低下
  • 痛みが減ったことで、反復回数が10回→14回に増加。
  • 動作の安定性が向上し、膝のスムーズな追従運動が見られた。

【セルフエクササイズ指導】

  • 壁を使ったヒップヒンジ(壁からつま先を20cm離し、お尻で壁にタッチする):10回×2セット
  • 足関節の可動域訓練(壁の前に立ち、ゆっくり膝を前方へ倒す):10回×2セット

よくある失敗と対処法

よくあるパターン対応策
「膝を引く意識をしたら、浅くしかしゃがめなくなった」ボックススクワットを活用し、お尻が触れる高さを目標にすることで、深さを一定に保ちやすくします。
「体幹を前傾させたら、逆に腰が痛くなった」腰椎の過屈曲が原因です。胸郭の形を保ち、骨盤から前傾するよう腹圧を高める指導をします。
「足首が硬くて、どうしても膝が前に出てしまう」かかとを1cm上げることに加え、タオルギャザーなどで足部アーチの機能を高めるアプローチを並行して行います。

まとめ:明日からの60秒臨床トレーニング

今日の学びを定着させるための、簡単なトレーニングです。

  1. 側面チェック(20秒):同僚や患者さんのスクワットを横から見て、「膝は足の上にあるか?」「脛は地面と垂直に近いか?」を頭の中でチェックする癖をつける。
  2. 踵1cmテスト(20秒):膝に痛みがあるケースで、試しに踵を1cm上げてスクワットをしてもらい、痛みの変化を即時的に確認する。
  3. 言葉がけ練習(20秒):頭の中で「お尻を後ろへ、胸は前へ、膝は足の上ですよ」という3つのキーフレーズを反復し、自分の言葉にする。

よくある質問(Q&A)

Q1. 「膝はつま先より前に出してはいけない」とよく聞きますが、本当ですか?
A. それは少し極端な表現です。日常生活では膝が前に出る場面は多々あります。大切なのは「絶対に出さない」ことではなく、痛みに応じて「出す“量”をコントロールする」という視点です。痛みが強い場合は、まず「出しすぎ」を避ける方向へ調整するのがセオリーです。
Q2. 評価を動画で撮るときの注意点はありますか?
A. 患者さんのプライバシーに配慮し、顔が映らないようにするなど工夫しましょう。撮影前には必ず目的を説明し、口頭で同意を得ることが必須です。また、比較のため、カメラの位置は真横・同じ高さを徹底してください。

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免責事項

本記事は、理学療法士・作業療法士などの医療専門家の学習を目的とした教育コンテンツです。記載された内容は、個別の患者様に対する診断や治療行為を代替するものではありません。すべての運動療法は、専門家の監督のもと、痛みのない範囲で、患者様の同意を得て実施してください。

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