この記事の結論(30秒で読める要約)
- 臨床推論は経路検索アプリと同じ。「現在地(評価)」と「目的地(HOPE)」の入力が必須。
- 「機能改善」はあくまで手段。法律上の定義である「能力(生活での実施)」をゴールにする。
- 迷わないコツは「トップダウン(HOPE)」で全体を見て、「ボトムアップ(局所)」で事実を積むこと。

「中殿筋が歩行時に遠心性収縮できていない」
「骨頭が前方変移しているから痛みが出ているんだ!」
臨床現場で、必死に痛みの「原因組織」を探し出し、そこに対して徒手療法などの治療を行う。
その場では「あ、軽くなりました!」と患者さんも喜んでくれる。
でも、次回の来院時。
「先生、また痛みが戻ってきちゃいました…」
そんな経験をして、自信を失いかけていませんか?
「自分の技術が未熟だからだ…」と落ち込む必要はありません。
あなたが壁にぶつかっている原因は、技術不足ではなく、知識と知識を繋げるための「思考のフォーマット(型)」を知らなかっただけなのです。
今回は、痛みの「原因組織探し」で迷子にならないための、HOPEから始まる「臨床推論の基本の型」についてお伝えします。
1. そもそも「臨床推論」とは何か?
教科書を開くと、臨床推論は「観察から治療決定に至るまでの思考プロセス」などと書かれています。
わかりやすくイメージするなら、これはスマホの「経路検索アプリ(Googleマップなど)」と同じです。
アプリを使う時、私たちは2つの情報を入力しますよね。
- 現在地(評価結果:今の身体の状態)
- 目的地(HOPE:患者さんのなりたい姿)
この2つを入力して初めて、最適なルート(治療介入)が導き出されます。
これが臨床推論の基本構造です。
2つの思考モード
この臨床推論には、大きく分けて2つのやり方があると言われています(二重過程理論)。
- パターン認識(システム1:トップダウン)
ベテランの先生が「あ、この歩き方はあの症例に近いな」と、経験則で直感的に当たりをつける速い思考です。 - 仮説演繹法(システム2:ボトムアップ)
新人のうちは、一つひとつの情報を積み上げて論理的に検証する丁寧な思考です。
★若手療法士へのアドバイス
憧れの先輩のようにパッと判断したい気持ちはわかります。でも、焦って直感に頼ろうとすると、単なる「思い込み」になってしまいます。
今は時間がかかっても、丁寧に情報を積み上げる(ボトムアップ)練習をしましょう。その泥臭い蓄積が、将来的な「直感の精度」を高める一番の近道になります。
2. 多くの人が陥る「診断的推論」の落とし穴
さて、ここからが本題です。
経路検索アプリを使う時、目的地を間違えて入力したらどうなるでしょうか?
当然、行きたい場所にはたどり着けません。
実は臨床において、多くの人がこの「目的地入力」を間違えています。
リハビリの目的を、「痛みの改善」や「可動域の拡大」としていませんか?
厳しい言い方になりますが、これらは単なる「経由地」に過ぎません。
「ここが痛いから、ここの筋肉を治す」
これはいわゆる「診断的推論」と呼ばれるもので、あくまで目的を達成するための経由地です。
本当の目的地(HOPE)は、痛みが取れたその先にあるはずです。
- 「孫と公園まで歩きたい」
- 「復職して営業車を運転したい」
経由地(局所)ばかり見て、本来の目的地(生活)を見失わないようにしましょう。
3. 「機能改善士」で終わるな。法律が定める療法士の役割
もしあなたが、「筋肉や関節を改善すること(機能改善)」だけで満足してしまっているなら、それは理学療法士・作業療法士ではなく、ただの「機能改善士」になってしまっているかもしれません。
私たちの法律(理学療法士及び作業療法士法)の定義を思い出してみてください。
実は、条文には「身体機能の回復」とは一言も書かれていません。
明記されているのは、「動作”能力”の回復」です。
法律は最初から、私たちに「機能の修理屋」ではなく「動作の専門家」であることを求めているのです。
- 機能(Function):筋力、可動域など(手段・リソース)
- 能力(Ability):生活の中で「〜できる」こと(目的)
機能改善は、あくまで「生活(HOPE)」という目的地にたどり着くための「手段」です。
「機能改善士」で終わらず、その土台を使って患者さんの人生(能力)を変えることができる療法士になりませんか?
4. 迷わないための臨床推論の進め方
では、どうすれば迷わずに目的地までナビゲートできるのでしょうか?
基本的な臨床推論の形をご紹介します。
① トップダウンで全体像を捉える(Zoom Out)
推論は、必ず「上(HOPE)」からスタートします。
- HOPE(目的地):
「孫と公園に行きたい」 - 目的動作(ターゲット):
そのために必要な動作は?(屋外歩行、ベンチからの立ち上がり) - 基本動作・複合運動:
その動作を構成する動きは?(重心移動、下肢の協調性) - 局所評価(現在地):
最後に初めて「どこの筋肉・関節か?」を見る。
いきなり筋肉(局所)を見るのではなく、「HOPEを達成するために、この筋肉を見る必要がある」という順番です。
② ボトムアップで事実を積む(Zoom In)
流れはトップダウンですが、各ステップでの評価は、事実を積み上げる「ボトムアップ」で行います。
「なんとなく」ではなく、緻密な評価(事実)を積み重ねて、上位のHOPEと繋げていくイメージです。
5. 問題点の正確性が必要なのではない。大事なのは「妥当性」
「でも、自分の推論が合っているか不安です…」
そう思う方もいるかもしれません。
確かに間違ってたらどうしよう、と悩むことも多いです。
しかし僕ら療法士は医師ではありません。MRIや手術で体の中身を直接見ることができない以上、「絶対にこの組織が原因だ!」という100%の正解は、わかりません。
だから、「正解」を探そうとしなくていいのです。
その代わり、HOPEから局所までを繋ぐこのフローを使って「妥当性」を高めていきましょう。
「局所の問題」と「HOPE」が一本の線で繋がった時。
「孫と歩くためには、この足首の動きが必要で、そのためにこの治療をするんです」と論理的に説明できた時。
それが、あなたと患者さんにとっての「妥当な仮説」になります。
6. 「改善」から「学習」へ。そして「環境」へ
最後に、もう一つだけ重要な視点があります。
なぜ、機能を「改善(修理)」しただけでは痛みが戻るのでしょうか?
それは、改善した機能を「使う練習(学習)」をしていないからです。
脳が正しい動きを「学習」し、それが「患者さんの生活環境」で使えるようになって初めて、リハビリは卒業に向かいます。
病院のリハビリ室という環境で動けても、患者さんの自宅や職場という「環境」に適応できなければ意味がありません。
また、どうしても機能(Function)が100%戻らない場合もあります。
そこで諦めるのではなく、「環境調整」でその差を埋めるのも私たちの重要な仕事です。
手すりをつける、椅子の高さを変える、道具を工夫する。
機能が戻りきらなくても、環境側を合わせることで、患者さんはHOPE(目的地)に到達できるのです。
まとめ:療法士の役割は「ナビゲーター」
療法士が行う臨床推論とは、原因の組織を特定して改善する医師のようなものではありません。
リハビリの対象者が人生という道を迷わずに進めるよう、横で地図を広げ、励まし、最適なルートを提案し続ける。
そんな「ナビゲーター」としての役割こそが、僕たち療法士の仕事の本質ではないでしょうか。
もし臨床で迷子になりそうになったら、いつでもこの「HOPEから局所へ降りていく臨床推論の型」を思い出してみてください。
今回ご紹介した臨床推論の基本の型の詳細は、以下のページでさらに詳しく解説しています。
思考のフォーマットを手に入れて、明日からの臨床をもっと楽しんでいきましょう。







