避難所のトイレ問題に備える:リハビリ専門職ができる排泄ケアと環境調整

皆さんこんにちは。作業療法士の内山です。今回は、私たちリハビリテーション専門職にとっても決して他人事ではない「災害時におけるトイレ動作支援」について、その課題と具体的な対応策を考えていきたいと思います。よろしくお願いします。

「もし担当している地域で大きな災害が起きたら、患者さんのトイレはどうなるんだろう…?」
「避難所での生活で、高齢者や障害のある方の排泄をどうサポートすればいいんだろう?」

新人セラピストの皆さん、そして経験のあるセラピストの皆さんも、近年の災害報道に触れる中で、このような不安や疑問を感じたことはありませんか?

大規模な自然災害が頻発する日本において、リハビリ専門職として災害時の支援、特に生命維持と尊厳に直結する「排泄ケア」について知識と備えを持つことは、私たちの重要な責務の一つです。

災害時の排泄問題は深刻ですが、事前の準備と適切な対応を知っていれば、多くの困難を軽減できます。今回は、災害時に想定される排泄ケアの課題と、私たち理学療法士・作業療法士が果たすべき役割、具体的な支援方法について解説します。

災害時に必ず直面する「排泄」の問題とは?

災害が発生すると、普段当たり前に行っている排泄行為が、様々な要因によって困難になります。まずは、どのような問題が起こりうるのかを具体的に理解しましょう。

1. トイレ環境の激変

  • ライフラインの停止:断水・停電により、水洗トイレが使用不可に。
  • 避難所のトイレ事情:仮設トイレは和式が多く、数も不足しがち。設置場所が遠い、段差があるなどアクセスも困難。
  • プライバシーの欠如:避難所のトイレは仕切りが不十分で、音や臭いが気になる環境が多く、心理的な抵抗感が増大。
  • 慣れない環境での動作:暗い、狭い、不安定な場所でのトイレ動作は転倒リスクを高める。

2. 排泄パターンの変化

  • 水分・食事摂取制限:脱水予防で水分を控える、食料不足や内容の変化により、尿量減少、便秘や下痢を引き起こす。
  • ストレス:強いストレスや不安が頻尿や下痢を誘発。
  • 生活リズムの乱れ:避難所での不規則な生活が排泄リズムを崩す。
  • 排泄の我慢:トイレ環境の悪さや遠慮から排泄を我慢し、膀胱炎、尿路感染症、便秘の悪化、最悪の場合は関連死につながることも。

3. 支援体制の脆弱化

  • 人手不足:介助者自身も被災者であり、人手不足や疲労困憊に陥る。
  • 物資不足:おむつ、パッド、清拭用品、ポータブルトイレ、凝固剤などの排泄ケア用品が不足。
  • スペースの制約:プライバシーに配慮した介助スペースの確保が難しい。
  • 衛生管理の困難:水不足や清掃が行き届かないことで、感染症のリスクが高まる。

4. 心理的な問題

  • 羞恥心の増大:人目のある環境での排泄や介助に対する強い羞恥心。
  • 自尊心の低下:排泄の失敗や介助への依存による自己肯定感の低下。
  • 精神的ストレス:排泄を我慢することによる苦痛や、「迷惑をかけたくない」という心理的負担。
  • 不安と恐怖:特に夜間のトイレに対する不安感や、暗闇への恐怖。

これらの問題は相互に関連し、負のスパイラルを生み出します。例えば、「トイレが汚くて使いにくい」→「排泄を我慢する」→「水分摂取も控える」→「脱水・便秘になる」→「体調が悪化し、さらに介助が必要になる」といった悪循環です。この連鎖を断ち切ることが重要になります。

知っておきたい!災害時のトイレ環境の基礎知識

適切な支援計画のためには、災害時に利用されるトイレの種類や特徴、課題を知っておく必要があります。

1. 災害時のトイレの種類と特徴

  • 簡易トイレ:段ボールやプラスチック製の組み立て式。設置は容易だが、耐久性や安定性は低いことも。
  • 携帯トイレ(非常用トイレ):凝固剤と排泄袋のセット。便器やバケツに設置して使用。コンパクトだが、使用後の処理・保管場所が必要。個人での備蓄に推奨。
  • マンホールトイレ:下水道マンホールの上に便座や囲いを設置。衛生的だが、下水道機能が維持されている必要あり。設置数も限られる。
  • 仮設トイレ:イベント等で使われるタイプ。比較的頑丈だが、設置にスペースと時間が必要。多くは和式で段差あり。
  • バイオトイレ:微生物で分解するタイプ。臭いが少なく衛生的だが、数は非常に少ない。
  • 既存トイレの活用:建物の被害が軽微で、流すための水(風呂の残り湯、プール水等)があれば、工夫して使える場合も。

2. 災害時トイレ利用の主な課題

  • 和式トイレ問題:仮設トイレは和式が多く、高齢者や下肢に障害のある方には使用困難。
  • アクセシビリティ:段差、狭さ、手すり不足など、バリアフリーでない場合がほとんど。
  • 衛生問題:水不足、清掃不足で不衛生になりやすく、感染症リスク。
  • プライバシー問題:音、臭い、視線が気になる環境での心理的ストレス。
  • 夜間の安全性:照明不足、トイレまでの経路の危険性。

3. 「自助」としての事前の備え

公的な支援(公助)が届くまでには時間がかかります。まずは自分自身や家族、そして担当患者さんができる備え(自助・共助)が重要です。

  • 最低限の備蓄:携帯トイレ(最低1週間分、1人1日5回計算)、トイレットペーパー、消臭袋、ウェットティッシュ。
  • 要配慮者向けの備蓄:使い慣れたおむつ・パッド、清拭用品、ポータブルトイレ(可能であれば)。
  • 情報の準備:お薬手帳のコピー、普段の排泄状況やケア方法をまとめたメモの携帯。
  • 家族との話し合い:災害時の排泄ケアについて事前に話し合い、役割分担を確認。
  • 簡易トイレの使い方練習:可能であれば、事前に一度使ってみる。

リハビリ専門職の役割:災害時のトイレ動作支援

私たち理学療法士・作業療法士は、災害時のトイレ動作支援において、専門性を活かした重要な役割を担います。

1. フェーズ0:事前準備とアセスメント(平時からの取り組み)

  • 個別排泄ケア計画の視点:担当患者さんの通常時の排泄状況(パターン、方法、介助量)、ADL能力、必要な福祉用具、関連する病歴や薬剤情報を把握し、災害時を想定したケアプランの要素を記録しておく。
  • 環境アセスメント:患者さんの自宅や施設のトイレ環境、避難経路、地域の指定避難所の場所や設備(多目的トイレの有無など)を把握しておく。
  • 教育・啓発:患者さんや家族、介護者に対し、災害時の排泄問題のリスクと備えの重要性を伝え、簡易トイレの使用法や備蓄を推奨する。
  • 専門職としての備え:災害派遣(JRAT等)に関する知識習得、所属施設での災害対策訓練への参加。

2. フェーズ1:災害発生直後の急性期対応

  • 迅速な環境評価と応急処置:避難所等で利用可能なトイレを確認し、安全性(段差、照明、手すり)を評価。段ボールや椅子等を使った簡易手すりの設置、段差解消、プライバシー確保(間仕切り設置)などの応急的な環境改善を行う。
  • 個別ニーズの把握と対応:特に支援が必要な方(高齢者、障害者、乳幼児、妊産婦等)を早期に把握し、排泄状況をモニタリング。ポータブルトイレや尿器の活用、安全な移動・移乗方法の指導、清潔保持の工夫(清拭)など、個別の状況に応じた支援を実施。
  • 多職種・関係機関との連携:避難所運営者、保健師、看護師、介護職、ボランティア等と連携し、情報共有と役割分担を行う。必要な物資(福祉用具、衛生用品)を行政や支援団体に要請する。

3. フェーズ2:亜急性期~復興期の継続支援

  • トイレ環境の段階的改善:より安定した手すりの設置、洋式トイレ(仮設、既存改修)の確保、車椅子対応スペースの整備など、避難所生活の長期化を見据えた環境整備を提案・実施。
  • 生活不活発病の予防とADL維持:避難所内でもできる体操やストレッチ、安全な範囲での歩行などを指導し、廃用症候群を予防。トイレ動作に必要な筋力・バランス能力の維持・向上を図る。
  • 心理社会的支援:排泄に関する不安や羞恥心に寄り添い、話を聞く。介助を受け入れやすくする声かけ。「自分でできること」を増やし、自己効力感を高める支援。
  • 衛生教育と感染予防:手洗いの励行、排泄物の適切な処理方法の指導、トイレ清掃への協力呼びかけなど、感染症予防策の啓発と実践。

4. 現場で役立つ!具体的な工夫例

  • 簡易手すり:丈夫な段ボール箱を重ねてガムテープで固定、壁際に置く。水を入れたペットボトルを連結させる。背もたれ付きの椅子を横に置く。
  • 和式→洋式化:市販の携帯洋式トイレや、バケツ+板、段ボールなどで高さを出して座れるように工夫。
  • プライバシー確保:大きなゴミ袋やブルーシート、毛布、傘などを活用してカーテンや間仕切りを作る。
  • 衛生・清拭:アルコール手指消毒剤、ウェットティッシュの活用。限られた水での効果的な清拭方法の指導。

事例から学ぶ:災害時のトイレ支援の実際

過去の災害における実際の支援事例から、私たちが学ぶべき点を見てみましょう。

事例1:熊本地震(高齢者施設での対応)

  • 対象者:85歳女性、右片麻痺、普段ポータブルトイレ使用。
  • 状況:施設断水で通常トイレ不可。
  • 対応:備蓄ポータブルトイレを居室配置、カーテンでプライバシー確保、凝固剤使用、定時声かけ・排泄チェック。
  • リハ職の貢献:ベッドとトイレの位置調整、安全な移乗指導、移動練習、環境整備。
  • 結果:断水中も概ね自立した排泄を継続、二次的問題(脱水、便秘)も予防。【教訓:事前の備蓄と個別対応計画の重要性】

事例2:東日本大震災(避難所での対応)

  • 対象者:75歳男性、パーキンソン病、普段は洋式トイレ使用。
  • 状況:避難所の仮設トイレは和式のみで利用困難。
  • 対応:支援に入ったリハビリ専門職がアセスメント。段ボールで間仕切りしポータブルトイレスペース確保。尿器提供。避難所内での運動指導。
  • リハ職の貢献:避難所責任者と交渉し、洋式仮設トイレの設置を要請・実現。トイレ使用のタイミング調整。薬の管理について医師と連携。他の避難者やスタッフへの排泄支援方法の指導。
  • 結果:対象者の尊厳を守る排泄を実現。設置された洋式トイレは他の要配慮者にも役立ち、避難所全体のQOL向上に貢献。ADL低下も最小限に。【教訓:環境への働きかけと多職種連携、専門性を活かしたADL維持の重要性】

忘れてはならない!災害時の排泄支援における倫理的配慮

極限状況である災害時だからこそ、支援者は以下の倫理的な視点を常に意識する必要があります。

1. 尊厳の尊重

排泄は人間の基本的な営みであり、最もプライベートな行為です。どんな状況下でも、一人の人間としての尊厳が守られるように最大限配慮します。「申し訳ない」と思わせない関わりを心がけます。

2. プライバシーの確保

物理的な遮蔽だけでなく、音や臭い、視線にも配慮します。介助が必要な場合も、できる限り人目につかないように工夫します。個人情報は必要最小限の関係者のみで共有します。

3. 自己決定の尊重

安全が確保される範囲で、排泄方法やタイミングについて本人の意向を確認し、尊重します。一方的な支援の押し付けではなく、選択肢を提示し、本人が選べるように努めます。

4. 公平性の確保

限られた資源(物資、マンパワー)を、支援の必要性が高い人に優先的に届けられるよう配慮します。「声の大きい人」だけでなく、支援を求められない人にも目を配ります。

まとめ:命と尊厳を守るために、今からできること

最後に、災害時のトイレ動作支援に関する重要なポイントをまとめます。

  1. 災害時の排泄問題は、環境・身体・心理・支援体制など複数の要因が絡み合い、深刻化しやすい。生命維持と尊厳に関わる重要な課題であり、事前の備えと知識が不可欠である。
  2. 理学療法士・作業療法士は、平時からのアセスメントと備えの啓発、発災後の環境評価・調整、動作指導・練習、ADL維持、多職種連携の促進など、専門性を活かして多岐にわたる支援を行うことができる。
  3. 支援においては、機能的な側面だけでなく、尊厳、プライバシー、自己決定、公平性といった倫理的配慮を常に念頭に置き、人間としての尊厳を守る視点が求められる。

新人セラピストの皆さん、そして全てのセラピストの皆さん。災害は「いつか起こるかもしれない」ではなく、「いつ起きてもおかしくない」ものです。まずは、ご自身の職場や地域の災害対策、特に排泄ケアに関する計画がどうなっているかを確認することから始めてみてください。そして、担当する患者さんや利用者さんが災害時に困らないよう、日々の臨床の中で災害への備えについて話題にする機会を持つことも大切です。

災害時においても、「その人らしい」生活と尊厳を守る支援ができる専門職であるために、私たち一人ひとりが知識を深め、備えを進めていきましょう。


トイレ動作の分析・アプローチスキルをさらに深めたいPT・OTの方へ

臨床で最も頻繁に関わるADLの一つ、「トイレ動作」。その評価やアプローチ、本当に自信を持って行えていますか?
利用者さんの尊厳とQOLに直結するこの重要な動作について、動作分析の基本から具体的な介入戦略、環境調整、多職種連携のコツまでを体系的に学び、明日からの臨床を変えるセミナーがあります。

このセミナーでは、トイレ動作をフェーズごとに分解し、詳細な動作分析を行う方法、対象者の機能障害(片麻痺、認知症、パーキンソン病など)に応じた具体的なアプローチ法、効果的な環境設定の工夫、そして円滑な多職種連携を実現するための情報共有のポイントまで、臨床現場ですぐに活かせる実践的な知識と技術を凝縮してお伝えします。

あなたの専門性をさらに高め、利用者さんの「トイレで困らない生活」を力強くサポートしませんか?

多くの受講生が選ぶ療活一番人気のセミナー 6日で学ぶ評価・アプローチのための触診セミナー”信頼される療法士”の土台を作る

受付中講習会一覧

土日開催1dayセミナー

土日開催コース

平日開催セミナー

オンラインコンテンツ

リハビリで悩む療法士のためのオンラインコミュニティ「リハコヤ」

リハコヤ