こんにちは、理学療法士の大塚です。
「担当している患者さんのバランス能力がなかなか改善しない…」
「ADL指導で、なぜか上手く道具を使えない…」
その原因、もしかしたら「視覚」の問題かもしれません。
今回は、私たち理学療法士・作業療法士の臨床に不可欠な「視覚」をテーマに、評価と介入の質を劇的に高める知識を、基礎から臨床応用まで分かりやすく解説します。
眼球の構造 ― “光を神経信号に変えるカメラ”
主要部位 | 役割 | 臨床リハビリテーションでの示唆 |
---|---|---|
角膜 (cornea) | 外界との最初の界面。屈折力の約70%を担う固定レンズ。 | 乾燥・浮腫で透明度が落ちると像がぼけ、バランス訓練時の視覚代償が効きにくくなる。点眼管理の重要性を指導。 |
水晶体 (lens) | 毛様体筋の収縮・弛緩で厚みを変え、残り30%の可変屈折を行う。 | 加齢で弾性が低下(老視)。読書やタブレット操作時はワーキングディスタンスを調整し、眼精疲労を防ぐ。 |
前房・後房 (房水) | 角膜と水晶体の間で栄養・代謝を担う循環液。 | 緑内障術後は房水動態が変化し視野が欠損することがある。視野評価と環境設定が重要。 |
網膜 (retina) | 神経上皮。光から活動電位を発生させる。 • 桿体 (rods):ロドプシンで暗所視・明暗コントラスト • 錐体 (cones):フォトプシンでRGB色覚・高分解能視 | 桿体優位の障害(夜盲)は転倒リスクを増大させる。錐体障害は色弁別が低下するため、ADLで使用する器具の色分けなどが有効。 |
黄斑 (macula)・中心窩 (fovea) | 錐体が密集し、最高の空間分解能と色覚を担う部位。 | 加齢黄斑変性では高解像度の視力が低下。拡大読書器やハイコントラスト教材の導入を提案する。 |
視神経乳頭 (optic disc) | 神経線維が束になり脳へ出る部位。生理的暗点(マリオット盲点)。 | 乳頭浮腫や緑内障でフィールドロスが進行。早期の視野計測と代償的なスキャン訓練が有効。 |
眼に器質的疾患がなくても、前庭障害の患者さんは視覚への依存度が高まります。リハビリでは「視覚刺激+頭部運動課題」を組み合わせ、視覚–前庭系や視覚–体性感覚系の再統合を図ることが重要です。
視覚路 ― “網膜から大脳へ、左右でクロスする情報ハイウェイ”
光の情報は、以下のルートで脳へ送られます。
外界光 → 角膜 → 水晶体 → 網膜 ✈(光 → 電気信号)
↓
視神経 (CN II) ─▶ 視交叉 (鼻側線維が交叉)
↓
視索 (optic tract)
↓
外側膝状体 LGN (視床) ─▶ 視放線 (optic radiation)
↓
一次視覚野 V1(後頭葉 17野)
左右視野の分配ルール
- 左視野の情報 → 右半球の視覚野へ
- 右視野の情報 → 左半球の視覚野へ
このため、脳卒中で視放線などが損傷されると、損傷半球と反対側の視野が見えなくなる同名半盲が典型的な症状として現れます。
損傷部位 | 典型的な視野欠損 | リハビリでの対応例 |
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視交叉中央 | 両耳側半盲(左右の外側が見えない) | 療養環境の中心を強調した配置。物品は患者さんの正面に置く。 |
片側の視索~V1 | 同名半盲(視野の右半分or左半分が欠損) | プリズム眼鏡の適用や、視覚スキャン訓練を積極的に行う。 |
V1 中心窩領域 | 中心暗点(視野の中心が見えない) | 拡大読書器の利用や、中心を避けて見る固視偏位視(eccentric viewing)の指導。 |
- ペリフェラル・アラート・トレーニング
視野が欠損している側にランダムに光などを提示し、素早く頭部や眼球を向けるよう促す。注意を欠損側へ向ける練習。 - アイ・ハンド・カップリング
欠損視野で点灯したターゲットを手で触れるように指示し、視覚と運動のマッピングを再強化する。
視覚野での情報処理 ― “大脳で『像』は『意味』になる”
一次視覚野(V1)に届いた情報は、2つの経路(背側路・腹側路)でさらに処理され、「それが何で(What)」「どこにあるか(Where)」を認識します。
経路 / 視覚野 | 主な働き | 臨床症状 (損傷時) | リハビリ応用例 |
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一次視覚野 (V1) | 位置・形・コントラストなど基本情報の処理 | 皮質盲 | 残存視覚(blindsight)を利用した視覚運動反応訓練 |
V2 / V3 | 奥行き・立体感(stereopsis)、大まかな動きの処理 | 動きの検出障害 | 動くドット刺激などで広域な視野を活性化 |
V4 | 色覚・形態の処理 | 大脳性色覚障害、色の恒常性の障害 | コントラストを高くした教材の使用 |
MT / V5 | 高速な動き、方向の検知 | 運動視障害(akinetopsia) | 方向性のフィードバックが付いたトレッドミル訓練 |
腹側路 “What” pathway (側頭葉) | 物体・顔の認識 | 視覚性失認、相貌失認 | 物品を実際に触りながら名称を想起する訓練 |
背側路 “Where” pathway (頭頂葉) | 空間の定位、視覚と運動の変換 | 構成失行、半側空間無視、視覚性運動失調 | 視覚スキャンとリーチング課題を組み合わせ、空間マップを再構築 |
リハビリテーション実践ガイド
臨床現場で視覚の問題を評価し、介入する際の具体的なステップを紹介します。
Step1. 視覚フィールドスクリーニング
まずは視野欠損の有無を大まかに把握します。対座法( confrontation test)などでスクリーニングを行い、異常が疑われる場合は眼科への対診を依頼しましょう。
Step2. 視覚スキャン訓練 (Visual Scanning Training; VST)
視野が欠損している側へ、意識的に頭を動かしたり、素早く眼を動かす(サッカード)訓練です。文字探しや間違い探しなど、ゲーム性を持たせると患者さんのモチベーション維持に繋がります。
Step3. 環境-タスク-個人モデル (INCET) の適用
個々の患者さんに合わせ、多角的にアプローチします。
- 環境: 部屋の照明を明るくする、物品のコントラストを明確にする、必要なものは健側に配置するなど、環境を調整します。
- タスク: 単純な視野拡張課題から始め、徐々に視運動協調や認知課題(計算しながらスキャンするなど)を組み合わせ、難易度を設定します。
- 個人: 眼球運動の可動域、注意力、疲労度、動機づけなどを常に評価し、アプローチを調整します。
Step4. 動的視覚フィードバック
最近では、スマートグラスやVR(仮想現実)技術を用い、リアルタイムに視野を拡張したり、ターゲットを強調したりする最新のアプローチも登場しています。
まとめ – PT/OTが押さえるべき“視覚の5箇条”
最後に、臨床で視覚を考える上で最も重要なポイントを5つにまとめました。
- 光学系(角膜・水晶体)+網膜が情報の入口。網膜以降はすべて神経系の問題と捉える。
- 視覚路は左右の視野で交叉パターンが異なる。視野欠損のパターンから病巣を推測する視点を持つ。
- V1は“写真”を写すフィルム、連合野は“意味”を理解する場所。見えているのに認識できない場合は高次機能の評価が鍵となる。
- 視覚は姿勢制御、歩行、ADL、認知機能をつなぐ「スーパーモダリティ」である。
- 環境・タスク・個人(INCET)を意識し、「見る・動く・考える」を同時に訓練することで、脳の可塑性を最大限に引き出す。
この記事が、先生方の明日からの臨床のヒントになれば幸いです。
INCET concept (統合的神経認知運動療法®︎)とは?
最後に、本稿でも触れたINCETコンセプトについて、改めてその概要をご紹介します。
統合的神経認知運動療法®は、ICFとBPSモデルを基盤に、「身体・脳・環境」の相互作用を統合的に捉える臨床思考フレームワークです。
患者様の「したい生活(HOPE)」から逆算し、構造・神経・環境・発達・心理認知の5つの視点で多角的に分析。徒手療法から認知行動学的アプローチまでを体系的に組み合わせ、神経の可塑性と行動変容を最大化します。
このフレームワークは、新人からベテランまで、誰もが明日からの臨床をアップグレードできる実践的なツールです。ご自身の臨床の幅を広げ、患者様により良い結果を提供するために、ぜひ詳細をご確認ください。
※INCET®はLTSの登録商標です。