めまいやふらつきのリハビリで悩んだら 平衡感覚の評価と介入|前庭の基礎生理から臨床応用まで

めまいやふらつきのリハビリで悩んだら 平衡感覚の評価と介入|前庭の基礎生理から臨床応用まで

こんにちは、理学療法士の大塚です。

今回は、私たち理学療法士・作業療法士の臨床に欠かせない「平衡感覚」をテーマに、評価と介入の質を高める知識を、基礎から臨床応用まで分かりやすく解説します。

めまいや歩行の不安定さに悩む患者様に対し、より効果的なアプローチができるようになるためのヒントが満載です。

この記事でわかること
  • なぜ平衡感覚がリハビリで重要なのか、その生理学的な根拠
  • 前庭系(半規管・耳石器)の具体的な働きと中枢での情報処理
  • 「めまい」や「視界のブレ」に関わる前庭-動眼反射(VOR)の仕組み
  • 臨床で使える前庭機能の評価方法と、結果の解釈
  • 明日から実践できる介入アプローチ

なぜ平衡感覚が重要?臨床を変える前庭系と姿勢制御の生理学


歩行、起き上がり、手を伸ばす…こうした日常のあらゆる動作は、からだが3次元空間のどこにあるのかという“地図”を、脳が絶えず更新することで成り立っています。この「空間地図」を作成する中心的な役割を担うのが、内耳にある前庭系です。

前庭系は、

  • 頭の回転の速さ(角加速度)を感知する「半規管」
  • 重力や体の傾き、直線的な動き(線形加速度)を感知する「耳石器」

という2つのセンサーを使い、最短で5ミリ秒という驚異的な速さで脳に情報を送ります。

前庭から送られる情報の“質”を高めることは、安定した姿勢や無意識的な運動を改善するための土台となります。本章では、この重要な平衡感覚の基礎から臨床応用までを整理してお伝えします。

平衡感覚のセンサー:前庭器官の構造と働き


前庭器官は、頭部の動きを電気信号に変える精密なセンサーです。それぞれの役割を見ていきましょう。

前庭器官の基本情報

器官何を感知するかセンサーの構造情報の送り先
半規管(外側・前・後)頭の回転(角加速度)クプラというゼリー状の物質に埋まった有毛細胞が、リンパ液の流れで揺れることで回転を検知します。3つの管が互いに直交しており、あらゆる方向の回転を捉えられます。前庭神経 → 脳幹(延髄前庭核) → 眼球運動や姿勢を保つ反射回路へ
耳石器(球形嚢・卵形嚢)重力・直線的な動き(線形加速度)耳石膜という炭酸カルシウムの結晶(おもし)が乗った有毛細胞が、重力や加速による慣性で傾くことで、体の傾きや直線的な動きを検知します。(球形嚢=垂直方向、卵形嚢=水平方向)同上+小脳(特に前庭小脳)

信号はどのように生まれる?

  • 有毛細胞は、毛が傾くという物理的な刺激によってカリウムイオンに依存して興奮し、神経伝達物質であるグルタミン酸を放出します。
  • 面白いことに、安静時でも1秒間に約100回も発火し続けています。この持続的な活動(トニック活動)が、姿勢を保つための基準信号となっています。

脳は情報をどう処理する?前庭情報の中枢伝導と統合


内耳で感知された平衡感覚の情報は、複雑な経路をたどって脳全体で処理され、私たちの姿勢や動きに変換されます。

  1. 前庭神経 (スカルパ神経節)
    内耳からの最初の情報を伝える神経です。
  2. 前庭神経核群 (脳幹)
    情報の中継基地です。ここから様々な指令が出されます。

    • 外側前庭脊髄路 (LVST):主に体幹や下肢の、重力に抗う筋肉(抗重力筋)の緊張を高め、立ち姿勢を支えます。
    • 内側前庭脊髄路 (MVST):主に首周りの筋肉を調整し、頭の位置を安定させます。
  3. 小脳 (特に虫部・片葉小節葉)
    運動の学習や調整役です。動きの「行き過ぎ」や「足りなさ」を補正し、スムーズな運動を実現します。
  4. 視床 → 頭頂連合野
    最終的に、自分の体がどれくらい傾いているか、どう動いているか、という「主観的な気づき」を形成します。

【臨床のヒント】
脳幹梗塞などで外側前庭脊髄路(LVST)が障害されると、「体が傾いているのに、まっすぐに戻せない」という典型的な姿勢障害が見られます。これは姿勢反射のテストで確認することができます。

「めまい」と「視界のブレ」の鍵:前庭-動眼反射(VOR)とは?


私たちが歩きながらでもスマートフォンの画面を読めるのは、前庭-動眼反射(Vestibulo-Ocular Reflex, VOR)のおかげです。これは、頭が動いても視線を対象物に固定し続けるための、極めて重要な反射です。

項目生理学的な働き臨床での評価・介入
目的頭部が動いても、網膜に映る像を視野の中心に安定させること。「歩くと視界がブレる」「本を読んでいて行を飛ばしてしまう」といった訴えで異常に気づきます。
神経回路半規管 → 前庭核 → 眼を動かす神経(外転/動眼神経) → 眼球の筋肉(外側直筋・内側直筋など)へと繋がる超高速な反射経路です。頭部衝動検査(HIT)動的視力検査(DVA)で評価します。
調整能力(可塑性)小脳の働き(シナプスの長期抑圧)によって、この反射の強さ(増幅度)は常に調整されています。この神経の再学習を促し、反射機能を改善させます。

転倒予防の要!3つの感覚を統合する姿勢制御の仕組み


私たちの体は、主に3つの感覚情報を利用して姿勢を保っています。

  1. 足の裏や関節からの情報(固有感覚)
  2. 目からの情報(視覚)
  3. 内耳からの情報(前庭感覚)

脳は、立っている場所や状況に応じて、これら3つの情報の重要度(重みづけ)を巧みに変化させています。例えば、前庭機能に障害がある方は、視覚や固有感覚への依存度が高まるため、暗い場所や不安定な足場(砂利道や柔らかいマットの上など)で転倒する危険性が非常に高くなります。

臨床で明日から使える!前庭機能の評価方法


前庭機能を客観的に評価するための代表的な検査です。

検査名何を評価するかポイント
VEMP (前庭誘発筋電位)耳石器の反射機能音や振動刺激に対する首や目の周りの筋肉の反応を測定します。左右差が40%以上あると異常と判断されることが多いです。
HIT / vHIT (頭部衝動検査)半規管の反射機能(増幅度)検者が患者の頭を素早く小さく回旋させ、視線がずれないかを観察します。視線が一度ずれてから修正するような動き(キャッチアップサッケード)が見られると機能低下が疑われます。
DVA (動的視力検査)VORの中枢での適応能力静止した状態での視力と、頭を振りながら測定した視力を比較します。差が2段階以上ある場合は、VORの機能不全が示唆されます。

実践!INCET®に基づく前庭リハビリテーション


INCET®では、神経生理学的な根拠に基づき、以下の要素を組み合わせて介入プログラムを立案します。

介入の構成要素神経生理学的な狙い実践例
視線安定化訓練VORの増幅度を強化する / 小脳の再学習壁の目標物を見つめたまま頭を左右に振る(X1訓練)など。メトロノームで1分間に120回程度の速さから開始します。
動的な姿勢課題前庭から脊髄への反射機能を高める会話をしながら歩く、不安定なマットの上でスクワットをするなど。
感覚の再重み付け訓練脳が複数の感覚情報を統合する能力を高める目を閉じてお辞儀をする、手すりにつかまりながら方向転換を繰り返すなど。
認知課題の追加(二重課題)前頭前野の働きを促し、注意散漫な状況でも姿勢を保つ能力を高めるバランス課題と同時に計算やしりとりを行い、転倒と認知機能の関連性を鍛えます。

【INCET®のポイント】
INCET®は、単なる運動課題ではなく「運動課題に認知課題を組み合わせる」ことで、前庭からの情報を“行動の目標”と強く結びつけることを重視します。例えば、

  1. ステップをしながら「100から7を順番に引いていく」
  2. バランスディスクの上で「頭の中で簡単な計算問題やパズルを解く」

このように「認知―前庭―運動」を三位一体で刺激することで、神経の回復力(可塑性)を最大限に引き出します。

【病態別】BPPV・中枢性めまいへの具体的な介入アプローチ


病態主な症状理学・作業療法士の視点代表的なINCET®介入例
良性発作性頭位めまい症 (BPPV)特定の頭の位置で生じる回転性のめまい、強い眼振剥がれ落ちた耳石が半規管に入り込み、誤った回転信号を送っている状態。まずはエプリー法などの理学療法手技で耳石を元の位置に戻します。48時間ほど安静にした後、VORの再学習訓練を開始します。
両側の前庭機能低下歩行時の視界のブレ、ふらつき、暗い場所での不安定感前庭からの情報が全体的に低下しているため、視覚や固有感覚で代償している状態。高頻度かつ小さな動きでの視線安定化訓練を繰り返し行い、反射機能を定着させます。暗所での歩行訓練も有効です。
中枢性前庭障害 (小脳梗塞など)頭の位置に関わらない持続的な眼振、姿勢と運動の分離が困難脳の適応学習機能自体が障害されているため、回復に時間がかかる。過度な訓練は逆効果の危険も。ゆっくりで大きな動きでVORを誘発する訓練や、体幹と手足の協調性を高める課題を行います。

まとめ:前庭リハビリで患者様の「できる」を増やす


  1. 前庭系は“第六感”とも呼ばれ、重力や頭の動きを0.005秒単位で検知する高性能センサーです。
  2. 脳は、この情報を姿勢の維持、視線の安定、空間の認識へと瞬時に変換しています。
  3. たとえ障害があっても、小脳と大脳皮質の持つ回復力(可塑性)によって再訓練が可能です。

【臨床での持ち帰りポイント】

  1. まず「頭を動かすことを恐れない」安全な環境を設定する。
  2. 次に、様々な課題を通じて「感覚の頼り方」を再調整させる。
  3. 最後に「行動目標+認知課題」で、新しい動きを脳に定着させる。

あなたの臨床を次のステージへ導く「INCET®コンセプト」とは?

最後に、本稿でも度々触れたINCET®コンセプトについて、改めてその概要をご紹介します。

統合的神経認知運動療法® (INCET)は、ICF(国際生活機能分類)とBPS(生物心理社会)モデルを基盤に、「身体・脳・環境」の相互作用を統合的に捉えるための臨床思考の枠組みです。

患者様の「こうなりたいという希望(HOPE)」から逆算し、構造・神経・環境・発達・心理認知という5つの視点で多角的に分析。徒手療法から認知行動的な働きかけまでを体系的に組み合わせ、神経の回復力と行動の変化を最大化します。

この思考の枠組みは、新人からベテランまで、誰もが明日からの臨床を向上させられる実践的な道具です。平衡感覚へのアプローチの引き出しを増やし、他の療法士と差をつけたい先生は、ぜひ詳細をご確認ください。

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