慢性疼痛で悩む患者さんを前に、理学療法士・作業療法士として
「画像に異常がないのになぜ痛い?」と感じた経験はありませんか。
本稿では、痛みの誤解を解きほぐし、臨床で即活用できる
Brain-Skin-Movementモデルと感作メカニズム、そして再学習エクササイズを解説します。
1.“壊れたから痛い”という思い込みを手放す
私たちは幼いころから「ぶつけたら痛い」「切れたら痛い」と学んできました。
確かにケガ直後の痛みは損傷組織を守るアラームですが、組織が治癒しても痛みが続く例は臨床で後を絶ちません。
国際疼痛学会(IASP, 2020)
「痛みとは、実際あるいは潜在的な組織損傷に関連する感覚的かつ情動的な体験である」
“体験”という表現が示すように、痛みは感覚・情動・記憶・社会的文脈が絡み合った
脳のアウトプットです。したがって「壊れた=痛い」という一次元モデルでは慢性痛の大半を説明できません。
2.痛みを読み解く「Brain-Skin-Movement」3層モデル
痛みの評価と介入を整理するフレームとして、以下の3層モデルが有用です。
レイヤー | キーワード | 主な役割 |
---|---|---|
Skin / Body(入力) | 皮膚・筋・関節・内臓 | 機械・温度・化学刺激を電気信号へ変換 |
Nerve / Brain(処理) | 脊髄・脳幹・大脳皮質 | 入力を選別・増幅・過去記憶と照合 |
Movement / Context(出力) | 行動・言語・表情・社会環境 | 痛みとして表現し、行動変容を引き起こす |
例えば“肩こり”では、
長時間のデスクワークで僧帽筋が硬くなる(入力)→
脊髄で信号が増幅され大脳皮質が「危険」と判断(処理)→
肩に手を当てる・集中力低下などの行動変容(出力)を生みます。
痛みを本質的に軽減するにはどの層に滞りがあるかを見極め、層別に介入することが鍵となります。
3.“感作”がスイッチを押しっぱなしにする
慢性痛のキードライバーは末梢性感作と中枢性感作です。
- 末梢性感作:浮腫や摩擦により末梢神経が過敏化し、閾値低下
- 中枢性感作:脊髄後角・脳の興奮により、入力ゼロでも痛み生成
中枢性感作が疑われるチェックポイント:
- 痛みが部位を越えて拡散する
- 軽いタッチや温冷刺激で激痛が出る
- 頭痛・腹痛・倦怠感など多症状を伴う
該当例に強刺激マッサージを行うと、下行性抑制系が働かず痛みが悪化することも。
安全信号を積み上げる戦略が有効です。
4.“優しい刺激”が脳の警報をオフにする
最新研究は、C触覚線維が「やさしく撫でられる刺激」に反応し、オキシトシン分泌や自律神経安定に寄与することを示しています。
コツは“より弱い刺激で”。
圧痛点を強圧で押さずに、痛みが軽減する方向へ皮膚を5 mmスライドし30秒保持。
多くの患者が「重だるさが抜ける」「動かしやすい」などの主観的快適感を体感します。
さらに呼気を長めに取る腹式呼吸を併用すると、下行性抑制系が活性化しやすいことが複数研究で示唆されています。
実践Tip:快適スケール
痛みVASとは別に「快適感 0–10」を評価しましょう。
施術前 1/10 → 施術後 6/10
といった変化は、痛みスコアが小さくても治療継続・セルフエフィカシー向上の指標になります。
5.動きが薬になる──発達段階の運動で再学習
「触れるだけで痛みが緩む」を体験したら、次は動きを薬に変える段階です。
赤ちゃんの
寝返り → 四つ這い → ハイハイ → 立ち上がり
という発達過程は、体幹と四肢の協調を安全に学ぶ脳‐神経回路のカリキュラム。
- Segmental Rolling:頭主導・骨盤主導で左右へ転がる
- Quadruped Rocking:四つ這い姿勢で前後左右に体重移動
- Bear Crawl Diagonal Lift:対角線の手と膝をリフトし反射性共縮を促す
痛みのない範囲で反復するだけで、体幹深部筋が自動的に再起動し、可動域よりも“動きの質”が向上する例が多数報告されています。
6.まとめ――痛みは結果ではなく“編集可能なストーリー”
- 痛みはアウトプット──組織損傷の大小だけで語れない
- Brain-Skin-Movement3層モデルでボトルネックを特定
- 感作を見抜き、強刺激より安全信号を積み重ねる
- 優しい皮膚刺激+呼吸で警報装置をリセット
- 発達段階の運動で脳-身体の協調を再学習
痛みは脳が紡ぐストーリー。ストーリーは常に書き換え可能です。
皮膚にそっと触れる、安定した呼吸を送る、赤ちゃんの動きを思い出す――
“小さな編集”を重ねるたびに脳は「もう危険ではない」とシナリオを更新します。
あなた自身や患者さんが慢性痛のページで足踏みしているなら
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