こんにちは、理学療法士の大塚です。
臨床現場で患者さんの「熱っぽい」「寒い」といった訴えや、バイタルサインの変動に、どのようにアセスメントし、対応するか悩んだ経験はありませんか?
今回は、すべての臨床家が知っておくべき基本でありながら、アプローチの質を大きく左右する「体温調節」について、生理学的なメカニズムから具体的な臨床応用までを分かりやすく解説します。
なぜ体温は37℃前後に保たれるのか?恒常性(ホメオスタシス)の基本
ご存知の通り、ヒトの深部体温(中核温)は 36.5~37.5 ℃ という非常に狭い範囲に厳密に保たれています。これは生命活動を支える酵素が最も効率よく働くための最適な温度です。
この体温は一日の中でも変動し、一般的に早朝に最も低く、夕方にかけて最も高くなります(日内変動)。その他、女性の月経周期(排卵後の上昇)、運動、食事(食事誘発性熱産生)、精神的なストレスなどによっても一時的に変動します。
この精密な体温コントロールの司令塔が、脳の視床下部です。視床下部は、体内の温度センサー(血液や脳脊髄液の温度)と、皮膚など末梢からの温度情報を常に監視しています。そして、設定された温度(セットポイント)からズレが生じると、自律神経系や内分泌系、行動の変化を介して体温を元に戻そうとします。これこそが恒常性(ホメオスタシス)の代表例です。
【臨床のヒント】視床下部機能と環境設定
パーキンソン病や脳卒中などの中枢神経疾患では、この視床下部と関連する神経回路がダメージを受けることがあります。その結果、わずかな室温の変化にも体温が大きく変動しやすくなります。リハビリ室の温度を適切に管理することが、患者さんの倦怠感や転倒リスクの予防に直結することを覚えておきましょう。
【発熱と解熱】なぜ熱が出て、薬で下がるのか?
発熱のメカニズム:体が自ら体温を上げる理由
感染症や組織の損傷が起こると、体は意図的に体温のセットポイントを引き上げます。これが「発熱」です。この現象は、免疫細胞の働きを活性化させ、病原体の増殖を抑えるための重要な生体防御反応です。
- 原因物質の侵入:細菌の毒素(リポ多糖:LPS)やウイルス、外傷などが外因性発熱物質(ピロゲン)として体に侵入します。
- サイトカインの産生:免疫細胞が活性化し、IL‑1β、IL‑6、TNF‑αといった内因性ピロゲン(サイトカイン)を産生します。
- セットポイントの上昇:これらのサイトカインが脳の血管周囲器官(OVLT)に作用し、プロスタグランジンE₂(PGE₂)という物質の合成を促進します。このPGE₂が視床下部に働きかけ、体温のセットポイントを平常時より高い温度(例:38.5℃)に設定し直します。
- 体温上昇の実行:新しいセットポイントに到達するため、体は熱を産生し、熱の放散を防ぐ反応(悪寒・戦慄)を起こします。
- 皮膚の血管を収縮させて、血流を減らし熱が逃げるのを防ぐ。
- 骨格筋をブルブルと震わせ(シバリング)、熱を産生する。
- 鳥肌を立てたり、無意識に体を丸めたり、衣服を着込む行動をとる。
この「悪寒・戦慄期」が、体温がまさに上昇しているサインです。この時期に体を冷やすと、体はさらに熱を産生しようとするため不快感が強まることがあります。保温が原則となります。
そして、解熱薬(アセトアミノフェンやNSAIDsなど)は、PGE₂の合成に関わる酵素(COX)を阻害することで、上昇したセットポイントを平常値に戻し、結果として体温を低下させるのです。
発汗による放熱のメカニズム
体温が上がりすぎた時や、解熱期に入ると、今度は体から熱を逃がす「放熱」のプロセスが活発になります。
視床下部からの指令により、交感神経(コリン作動性線維)がエクリン汗腺を刺激し、発汗を促します。汗が皮膚表面で蒸発する際に、気化熱として大量の熱が奪われ(1gの汗で約0.58 kcal)、効率的に体温を下げます。同時に、皮膚血管を拡張させて、体の深部から熱を体表面に運び、熱放散を助けます。
【リハビリ中の重要注意点】発汗障害とリスク管理
脳卒中や脊髄損傷の患者さんでは、麻痺側に発汗障害がみられることがあります。発汗できる領域が限られているため、運動によって体内に熱がこもりやすく、自覚症状がないまま熱中症に至る危険性があります。リハビリ中は、こまめな体表温の確認、適切な室温管理、そして水分と電解質の計画的な補給が極めて重要です。
寒い環境で体はどう反応する?低体温のリスクと対策
寒冷環境にさらされた際、体は熱を産生し、熱の放散を防ぐために様々な反応を示します。
- 皮膚血管の収縮:交感神経の働きで末梢の血管を収縮させ、温かい血液が体表面から奪われるのを防ぎます。
- ふるえ熱産生(シバリング):自分の意思とは関係なく筋肉が小刻みに収縮し、熱を産生します。
- 非ふるえ熱産生:特に乳幼児や寒冷地に順応した人では、褐色脂肪組織(BAT)という特殊な脂肪組織で、代謝を上げて熱を産生します。
- 行動性体温調節:自然と暖かい場所に移動したり、衣服を着込んだり、体を丸めたりする行動です。
高齢者や低栄養状態の患者さんは、これらの反応が弱まっているため、低体温に陥りやすい傾向があります。低体温は中枢神経機能の低下や不整脈(心室細動)のリスクを増大させるため、リハビリ場面では室温管理と運動前の十分なウォーミングアップが欠かせません。
【臨床応用】体温調節をリハビリの武器にする
これまで見てきた体温調節の知識を、どのように日々のリハビリに活かせばよいのでしょうか?
- 皮膚温のモニタリングと自己調整学習:運動前後の皮膚温の変化を患者さんと一緒に確認することで、自身の体の状態への気づき(感覚フィードバック)を高め、自律的なコンディション調整能力の学習を促します。
- 温熱刺激とデュアルタスク:温かいパックや冷たいタオルなどで意図的に温度刺激(快・不快)を与えながら、注意転換や姿勢制御といった別の課題(デュアルタスク)を同時に行います。これにより、情動と運動制御に関わる前庭系-視床下部-前頭前野ネットワークの働きを統合し、転倒恐怖の軽減や活動量の向上を目指します。
このように体温調節の視点を取り入れることで、患者さんの内部環境と行動変容に統合的にアプローチし、リハビリテーションの効果を最大化することが期待できます。
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