臨床現場で患者さんの「息が切れてしまって、この運動はきつい」「どれくらいの強さでやればいいの?」といった訴えや、具体的なアセスメント、対応に悩んだ経験はありませんか?
今回は、すべての臨床家が知っておくべき基本でありながら、アプローチの質を大きく左右する「運動処方」について、生理学的なメカニズムから具体的な臨床応用までを分かりやすく解説します。
本記事では、臨床でそのまま使える“評価→目標設定→運動処方→モニタリング→調整”という一連の流れを、具体的なツールを用いて体系的にご紹介します。安全かつ効果的なリハビリを提供し、患者さんの成果を最大化するための実践的な知識が身につきます。
目次
1. 運動処方の全体像と開始前チェックリスト
本章で解説するアプローチは、(1)安全な生理的負荷、(2)適切な注意配分、(3)意味のある運動課題、という3つの要素を常に同時に設計することを目的としています。まずは運動療法を開始する前の必須チェック項目から確認しましょう。
- 禁忌・中止基準の確認:胸痛・失神の既往、安静時SpO₂低下、コントロール不良の不整脈や高血圧、発熱などがないか。β遮断薬内服中は心拍数での強度管理が難しくなるため、RPEやトークテストを主指標とします。
- ベースライン測定:安静時HR・BP・SpO₂、呼吸数、症状スケール(息切れ・痛み)はもちろん、必要に応じて6分間歩行テスト(6MWT)や歩行速度、TUGなどの機能指標も測定します。
- 目標の明確化(行動+能力):「3か月で6MWTの距離を50m伸ばす」「買い物で往復しても休憩がいらないようにする」など、計測可能で、かつ患者さんにとって意味のある行為に分解して目標を設定します。
2. 【完全ガイド】運動強度の3大指標(RPE・HRR・トークテスト)を使い分けるコツ
運動処方の核となるのが「強度設定」です。ここでは臨床で最もよく使われる3つの指標について、使い方と注意点を解説します。
2.1. RPE(主観的運動強度):患者さんの「感覚」を数値化する
RPE(Rating of Perceived Exertion)は、患者さん自身が感じる「きつさ」をスケール化したものです。心拍数と相関が高く、非常に有用な指標です。
- Borg 6–20 スケール:12–13が「ややきつい(中等度)」、14–16が「きつい(高強度)」の目安です。
- CR10 スケール:3–4が「中等度」、5–7が「高強度」に相当します。修正Borg息切れスケールと併用することも有効です。
臨床のヒント:セッションRPE(sRPE)の活用
sRPEは 「運動終了後に感じた全体のきつさ(RPE) × 運動時間(分)」で算出します。この「内部負荷」を記録し続けることで、日々のコンディションの変化やトレーニング効果を客観的に追跡できます。
2.2. HRR(心拍予備能):客観的な心拍数で強度を管理する
HRR(Heart Rate Reserve)は、最大心拍数と安静時心拍数の差を用いて目標心拍数を設定する方法(カルボーネン法)です。
- 最大心拍数(HRmax)を推定:原則は負荷試験での実測値が望ましいですが、臨床では予測式(例: 220-年齢)を用います。※個人差が大きい点に注意
- 心拍予備能(HRR)を計算:HRR = HRmax − 安静時HR
- 目標心拍数を設定:目標HR = 安静時HR + (目標強度% × HRR)
HRR = 160 – 60 = 100
目標HR = 60 + (0.50 × 100) = 110拍/分
強度の目安:中等度: 40–59%HRR / 高強度: 60–89%HRR
2.3. トークテストとSpO₂:現場で使える簡易指標
- トークテスト:運動中に会話ができるかどうかで強度を判断します。「文章で話せる」なら中等度、「単語しか話せない」なら高強度と判断できます。
- SpO₂:特に慢性呼吸器疾患では、88–90%を下回らない範囲で調整します(施設基準を確認)。安静時から4%以上の急な低下は運動休止のサインです。
3. 実践!リハビリ処方アルゴリズム(有酸素・レジスタンス・バランス)
評価と強度指標を基に、実際のプログラムを組み立てる流れを解説します。
- ウォームアップ(5–10分):RPE9–11程度の軽い運動で、呼吸を整え、関節を動かします。
- メイン運動(10–30分):
- 有酸素運動:RPE12–14(または40–59%HRR)から開始。
- レジスタンス運動:主要な筋群を対象に「あと2〜3回できる」と感じる強度(CR10で4-6)で8–12回×1–3セット。押したり引いたりする努力局面で息を吐くように指導します。
- バランス/敏捷性:安全を確保した上で、後述する二重課題などを組み込みます。
- クールダウン(5–10分):徐々に心拍数を落とし、ゆっくりとした呼吸で心身を整えます。
- モニタリングと記録:運動中のRPE、HR、SpO₂に加え、終了後のセッションRPEを記録し、負荷量を管理します。
4. 運動の質を高める3つの処方テクニック
ただ運動するだけでなく、より安全で効果的なアプローチにするための3つのテクニックを紹介します。
4.1. 呼吸同調:自律神経を整え、運動効率を上げる
運動のリズムと呼吸を同期させることで、自律神経の安定(過換気や息こらえの回避)、運動効率の改善、痛みや不安の低減が期待できます。
- 歩行:「2歩で吸って、2歩で吐く」から開始。坂道などでは調整します。
- スクワット:下がりながら吸い、上がりながら吐きます。
- 上肢の運動:腕を上げる際に吐き、下ろす際に吸います。
INCETの視点:
軽い触覚的キュー(セラピストがそっと触れて動きをガイドする)と言葉かけを組み合わせ、「呼吸→注意→動き」の順に整えることで、過緊張を抑制し、学習効果を高めます。
4.2. スローペース法:安全に成功体験を積み上げる
痛みや恐怖心が強い患者さんに対し、あえて自己選択ペースより10–20%遅い速度から開始する方法です。安全な範囲で運動を遂行できるため、成功体験を積み重ね、恐怖回避サイクルを断ち切るのに有効です。
【進め方のルール】
症状が安定し、RPEが低い状態(例: ≤11)が2〜3セッション続いたら、「時間(+10%)」か「速度(+5%)」のどちらか1つだけを増やします。一度に2つの変数を変更しないのが鉄則です。
4.3. インターバル処方:効率的に心肺機能へアプローチ
高強度の運動と回復(低強度の運動)を交互に繰り返す方法です。短時間で高いトレーニング効果が期待できます。
- 中強度インターバル(MIIT):1–3分の中等度運動(RPE12-14)+1–3分の軽い運動を繰り返す。心疾患やCOPDの初期でも導入しやすい方法です。
- 高強度インターバル(HIIT):30秒~3分の高強度運動(RPE15-17)+同程度の回復を繰り返す。十分な監視下で、経験者向けです。
5. 認知と運動を統合する「二重課題(デュアルタスク)」の評価と実践
「歩きながら話す」「何かを運びながら歩く」など、日常生活は二重課題の連続です。リハビリにおいても、運動課題と認知課題を同時に行うトレーニングは非常に重要です。
【評価のポイント】
単独課題(例: 歩行のみ)と二重課題(例: 計算しながら歩行)の成績を比較し、パフォーマンスの低下率「二重課題コスト(DTC)」を算出します。
DTC (%) = (二重課題時の成績 - 単独課題時の成績) / 単独課題時の成績 × 100
【トレーニングの進め方】
- 単独の運動課題と認知課題をそれぞれ練習する。
- 歩きながら数を数えるなど、簡単な同時課題から始める。
- 徐々に認知課題の難易度を上げる(例: 計算→しりとり→ストループ課題)。
- 「混乱したら、まず止まって、息を吐く」など、安全を最優先するルールを徹底する。
6. 【明日から使える】3つの症例別テンプレート
ここまでの知識を統合し、具体的な症例への応用例を3つご紹介します。
6.1. 慢性呼吸器疾患(COPD)
- 目標:日常歩行で会話が可能なくらいの息切れ(RPE≤12)を維持する。
- 処方例:
- 有酸素運動:スローペース法で平地歩行10分から開始(週3-5回)。2歩吸って2歩吐く呼吸同調を意識し、息切れスケールで3-4を維持。
- インターバル:1分間RPE13+1分間RPE10を10本繰り返す(SpO₂≧90%が目安)。
6.2. 2型糖尿病+サルコペニア気味の高齢者
- 目標:週150分の中等度有酸素運動と、週2回の筋力トレーニングを習慣化する。
- 処方例:
- 有酸素運動:RPE12-13で歩行または自転車を15-30分。
- レジスタンス運動:下肢を中心に8-12回×2-3セット(CR10で4-6)。息を吐きながら力を入れる。
- 栄養指導:運動後のタンパク質・水分補給の重要性も併せて指導する。低血糖リスクにも注意。
6.3. 脳卒中後のバランス不安定+注意障害
- 目標:屋内歩行時の二重課題コスト(DTC)を-10%以内に改善する。
- 処方例:
- 二重課題:スローペース歩行から始め、徐々に「歩行+偶数カウント」「歩行+床の色カードを拾う」など段階的に難易度を上げる。
- バランス:呼吸に合わせた重心移動練習を行う(吸って準備、吐いて移動)。セラピストの軽い触覚的誘導で対称性を促す。
7. 臨床判断のポイント! 進行・後退のルールと安全管理
- 一度に変更するのは1つの変数だけ(速度、時間、負荷、課題難易度のいずれか)。
- 2回連続で目標RPEを下回り、フォームも安定している場合、負荷を5–10%増やす。
【後退(Regression)の原則】
- 症状の増悪、睡眠不良、安静時心拍数の上昇などが続く場合は、無理せず1ステップ前の負荷に戻す。
【現場での運動中止基準(レッドフラッグ)】
胸痛、著しい息切れ・めまい、運動失調、SpO₂の著明な低下、強い不安などが見られた場合は、直ちに運動を中止し、再評価を行います。
8. まとめ:患者さんと共有する「測る」リハビリテーション
本稿では、RPEやHRRといった指標を軸に、呼吸法やスローペース法で安全域を確保しつつ、インターバルや二重課題で効率的に刺激を入れ、現実世界への適応を目指す一連の枠組みを提示しました。
これらの指標を用いて負荷量を「見える化」することは、セラピストが適切な処方を行うためだけでなく、患者さん自身が自分の状態を理解し、自己効力感を高める上でも非常に重要です。ぜひ、明日からの臨床に取り入れてみてください。
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