呼吸の「なぜ」と「仕組み」を徹底解説 ~危機を乗り越える「3の法則」からメカニズム、改善策まで~

人間が生命を維持するために最も不可欠な機能、それが呼吸です。危機的な状況下での生存時間の目安を示す「3の法則」からも分かる通り、無呼吸状態ではわずか3分間で命を落とす危険があります。

この記事では、理学療法士・作業療法士の皆様に向けて、なぜ呼吸がそれほど大切なのかという根幹から、空気を出し入れする精巧なメカニズム(生理学・運動学・神経学)、そして呼吸の効率を最大限に高めるための具体的なポジショニング(姿勢)までを、臨床に活かせる形で掘り下げて解説します。

この記事はこんな方におすすめ
  • ✓患者さんやクライアントに呼吸の重要性をうまく説明できなかった
  • ✓複雑な呼吸のメカニクスを、臨床応用のために整理し直したい
  • ✓呼吸に問題がある対象者へのポジショニング選択に悩んでいる

本日の疑問(SGE対策Q&A)

この記事で解決する、臨床現場での疑問点をまとめました。

Q. 呼吸が大切な理由は?

→ わずか3分間の無呼吸で生命維持が困難になるほど、生命活動の根幹であるためです。また、単なるガス交換だけでなく、血液の酸塩基平衡(pHバランス)を保つという重要な役割も担っています。

Q. 呼吸ができる仕組みは?

①生理学(目的):ガス分圧差による効率的なガス交換。
②運動学(動作):横隔膜などの収縮による陰圧(自発呼吸)を利用した物理的な換気。
③神経学(制御):脳の呼吸中枢による自動的なリズム生成。
これら3つの精巧な仕組みによって行われます。

Q. 呼吸の仕組みを改善するポジショニングは?

→ 腹臥位、前傾側臥位、座位・前傾座位などです。これらの姿勢は、重力や体位を利用して肺への圧迫を解放したり、呼吸筋の仕事量を減らしたりすることで、呼吸の効率(メカニクス)を改善します。

【理由】なぜ呼吸は最優先で評価すべきか?

危機的な状況下で人間が生存できるとされる時間の目安として「3の法則」というものがあります。

〈3の法則〉

  • 3分間呼吸ができないと死亡する
  • 3時間体温が維持できないと死亡する
  • 3日間水がないと死亡する
  • 3週間食べるものがないと死亡する

無呼吸ではわずか3分間で生命維持が困難になることからも、呼吸がいかに生命活動の根幹であり、私達セラピストが最優先で評価すべき機能であるかが理解できます。

【メカニズム】呼吸ができる「3つの視点」

呼吸の仕組みは、「なぜ呼吸するのか(生理学)」「どうやって動くのか(運動学)」「誰が命令しているのか(神経学)」という3つの視点で考えると、臨床での評価やアプローチに繋がりやすくなります。

呼吸の様式:自発呼吸と人工呼吸

まず前提として、呼吸の様式は大きく2つに分かれます。

  • 自発呼吸(陰圧換気)
    横隔膜や肋間筋の収縮によって胸腔が広がり、胸腔内圧が外気より低い圧(陰圧)になります。この圧力差によって、自然と空気が肺へ流れ込みます。これが私たちの通常の呼吸です。
  • 人工呼吸(陽圧換気)
    人工呼吸器などが外部から高い圧(陽圧)をかけて、強制的に肺へ空気を押し込みます。胸腔内圧が上昇するため、静脈還流量が減少し、循環系に影響を与える可能性があります。

この記事では、主に「自発呼吸」のメカニズムについて深掘りします。

1. 生理学的な視点(目的:ガス交換とpH調整)

呼吸の最も根幹的な「目的」を考える視点です。

内呼吸と外呼吸

  • 外呼吸:肺で行われる、空気(肺胞)と血液の間のガス交換。
  • 内呼吸:組織や細胞で行われる、血液と細胞の間のガス交換。

ガス交換の原理(分圧差)

ガス交換は「圧力(分圧)の差」によって自然に行われます。

  • 酸素(O2):空気中(肺胞)で分圧が高く、静脈血中で低いため、肺胞から血液へ移動します。
  • 二酸化炭素(CO2):静脈血中で分圧が高く、肺胞内で低いため、血液中から肺胞へ移動し、呼気として排出されます。

酸塩基平衡(pHバランスの維持)

呼吸のもう一つの重要な目的は、血液のpHバランスを保つことです。体内で生成された酸性の物質(二酸化炭素など)が血液中に溜まると、血液は酸性に傾きます(アシドーシス)。呼吸数を調整して二酸化炭素の排出量をコントロールし、血液のpHを正常範囲に保っています。

2. 運動学的な視点(動作:胸郭と筋肉)

空気を出し入れする「物理的な動作」と、それに伴う力学的な変化(メカニクス)を考える視点です。

呼吸筋の働き

  • 吸気時:横隔膜が収縮して下がり、外肋間筋が収縮して肋骨が持ち上がり、胸郭の容積が広がります。
  • 呼気時(安静時):筋肉が弛緩し、胸郭が持つ弾性によって自然に元の状態に戻り、空気が押し出されます。(努力呼気では内肋間筋や腹筋群が働きます)

胸郭の可動性(運動様式)

胸郭は部位によって異なる動き方をします。

  • 上位(第1~5肋骨):ポンプハンドル運動(胸骨が前方に押し出される動き)
  • 下位(第6~10肋骨):バケツハンドル運動(肋骨が外側に広がる動き)
  • 最下位(第11~12肋骨):キャリパー運動(遊離肋が横に開く動き)

肺コンプライアンス(肺の柔軟性)

肺コンプライアンスとは、肺の「柔らかさ・伸びやすさ」のことです。これが低下する(肺が硬くなる)と、同じ量の空気を吸い込むためにより強い力(呼吸筋の仕事量)が必要になります。

3. 神経学的な視点(制御:脳とセンサー)

呼吸の「制御システム」と、自動的なリズムが生まれるメカニズムを考える視点です。

呼吸中枢:リズムの生成

呼吸は、意識しなくても自動的に行われます。この「吸う・吐く」の自動的なリズムは、脳幹の延髄にある呼吸中枢が作り出しています。これは心臓の拍動と同じく、生命を維持するための自律的なシステムです。

化学受容器:血液の質の監視

体は、血液の化学的な情報(質)を常にチェックしています。頸動脈や大動脈にある受容器が、「二酸化炭素の増加(=血液の酸性化)」を感知すると、呼吸中枢に「もっと速く、深く息をして二酸化炭素を捨てろ!」という指令を送ります。
(※実は、呼吸をコントロールする最も重要な信号は、酸素の欠乏ではなく二酸化炭素の過剰です)

随意的な制御:意識的な呼吸

歌を歌ったり、息を止めたりするのは、脳の大脳皮質からの指令です。これは自律的な呼吸中枢のリズムを一時的に上書きするもので、「意識的な呼吸」を可能にします。 ただし、長時間息を止め続けると、化学受容器からの緊急信号がこの随意的な制御を打ち破り、強制的に呼吸が再開されます。

【臨床応用】呼吸の仕組みを改善するポジショニング

これらの仕組みを理解すると、なぜ特定のポジショニングが呼吸を楽にするのか、その根拠が見えてきます。

〈腹臥位〉

改善する視点:生理学・運動学

  • ✓背臥位(仰向け)で重力により圧迫されていた背中側の肺(背側肺)が解放され、換気されるようになります。
  • ✓背側はもともと血流が豊富なため、換気・血流比(V/Q比)が最適化され、酸素化が効率よく改善します。

〈前傾側臥位〉

改善する視点:生理学・運動学

  • ✓上側になった肺が圧迫から解放され、換気量が改善します。
  • ✓下側になった肺は血流が多い状態を維持しつつ、重力を利用して気管支分泌物(痰など)を排出しやすくなります(体位ドレナージ)。

〈座位・前傾座位〉

改善する視点:運動学・神経学

  • ✓重力によって腹部臓器が下がり、横隔膜が収縮しやすい効率の良い位置(最適な長さ)に保たれます。
  • ✓テーブルに手をつくなどの前傾姿勢は、上肢帯の重量を支持基底面に預けることができ、呼吸補助筋(僧帽筋、胸鎖乳突筋など)の呼吸仕事量を減少させます。これにより、神経学的な負担(息苦しさの感覚)の軽減にも繋がります。

まとめ:呼吸のメカニズムとポジショニング戦略

最後に、臨床で活用するためのポイントをまとめます。

★生命維持の最優先事項である

呼吸は「3の法則」にある通り、最優先で確保すべき生命維持システムです。また、体内では血液のpHバランス(酸塩基平衡)を保つ重要な役割も担っています。

★「生理・運動・神経」の3つの視点を持つ

呼吸は、生理学的な「ガス交換」、運動学的な「胸郭の動きと肺の柔軟性」、神経学的な「自動制御」によって成り立っています。患者さんの呼吸の問題が、これらのどの側面に起因しているかを評価することが重要です。

★ポジショニングで呼吸効率は改善できる

呼吸の効率は、適切な姿勢(腹臥位、前傾側臥位、座位・前傾座位など)をとることで、生理学的・運動学的に改善できます。なぜその姿勢が良いのか、根拠を持ってアプローチすることがセラピストの専門性です。

【参考文献】

  • 防災タイムス:3の法則(2025/11/14閲覧)
  • 讃井將満:これならわかる!人工呼吸器の使い方、ナツメ社、2018年
  • Markus Bastir:In Vivo 3D Analysis of Thoracic Kinematics: Changes in Size and Shape During Breathing and Their Implications for Respiratory Function in Recent Humans and Fossil Hominins
  • ユッタ・ホッホシールド:からだの機能と構造Ⅰ、ガイアブックス、2011
  • 本間生夫:呼吸リハビリテーションの理論と技術(第2版)、メジカルビュー社、2014年

リハビリ効果が持続しない悩みを解決! 科学的根拠に基づく「考えるポジショニング」

多くの受講生が選ぶ療活一番人気のセミナー 6日で学ぶ評価・アプローチのための触診セミナー”信頼される療法士”の土台を作る

受付中講習会一覧