- 過剰な「お世話」は利用者の無力感(学習性無力感)を招くリスクがある
- 「指導する」から「頼る」へ関係性を逆転させることが意欲向上の鍵
- 作業療法のプロは「今の能力でギリギリ成功できる」難易度調整で自信を回復させる
【役割活動】「やってあげる」から「頼られる」へ 〜受動的な利用者が変わり始める声かけのヒント〜
こんにちは、作業療法士の内山です。
デイサービスの現場で、こんな悩みを持つことはありませんか?
「〇〇さん、体操しましょう」と声をかけても、「私はいいわ、ここで座っているから」と返されてしまう。
レクリエーションに誘っても、「子どもだましは嫌だ」と参加してくれない。
私たちは専門職として、「機能維持のために動いてもらわなきゃ」と焦りますよね。でも、アプローチを少し変えるだけで、そんな「意欲がない」と言われていた利用者さんの目が、急に輝き出す瞬間があります。
今回は、機能訓練を「役割活動」に変えるための視点の転換と、明日から使える声かけのヒントについてお話しします。
「お世話される人」というレッテルを剥がそう
デイサービスに来る利用者さんの多くは、自宅や社会の中で「何かをしてもらう側(Care Receiver)」になってしまっています。
- ご飯を作ってもらう
- 着替えを手伝ってもらう
- 車に乗せてもらう
もちろん、身体的な介助は必要です。しかし、24時間365日「お世話される人」という立場に固定されると、人は「私はもう、誰の役にも立たない」と感じやすくなります。
私たちが良かれと思って提供する「至れり尽くせりのサービス」が、実は利用者さんから「役割」を奪い、受動的な状態を作ってしまっている可能性が指摘されています(心理学では学習性無力感と呼ばれる現象に近い状態です)。
声かけのヒント:「〇〇さん、これ手伝ってくれませんか?」
では、どうすればいいのでしょうか?
答えはシンプルです。「お世話する/される」の関係を逆転させればいいのです。
私たちスタッフが、あえて「弱み」を見せて、利用者さんに頼る。
これが最も効果的なアプローチです。
✕ NG例(指導者の立場):
「〇〇さん、指の運動のためにタオルを畳みましょう」
◎ OK例(頼る立場=魔法の言葉):
「〇〇さん、すみません。今ちょっと手が離せなくて…このタオル、畳むのを手伝ってくれませんか?」
この言葉を聞いた瞬間、利用者さんは「訓練させられる対象」から「頼りにされるパートナー」に変わります。
昔から家事を切り盛りしてきた主婦の方や、仕事で部下をまとめてきた男性ほど、「しょうがないねぇ、貸してごらん」と、驚くほど生き生きと手を動かし始めてくれます。
生活の中にある「役割」の具体例
特別なプログラムを用意する必要はありません。デイサービスの中には「仕事」がたくさん転がっています。
- お茶出し・配膳
お盆にコップを乗せて運ぶ動作は、バランス能力と注意力の高度な訓練です。「私たちがやるより、〇〇さんが淹れたお茶の方が美味しいって評判なんですよ」と添えれば、それは立派な役割になります。 - 洗濯物たたみ・食器拭き
特に女性の利用者さんにとって、長年染み付いた動作(手続き記憶)は、認知症が進んでいても体が覚えていることが多いです。「さすが、主婦歴50年の手際は違いますね!」というフィードバックが、自信を回復させます。 - 園芸・植物の水やり
「この花、最近元気がないんですけど、どうしたらいいですか?」と相談してみてください。植物の世話は、他者の命を預かる責任感を引き出し、定期的な活動(=習慣化)に繋げやすい素晴らしい役割です。
作業療法士の腕の見せ所:「ちょうどいい難易度」の設定
ただし、何でもかんでも頼めばいいわけではありません。ここで重要なのが、私たち専門職のスキルである「Just Right Challenge(ちょうどよい難易度)」の設定です。
■難しすぎる場合
片麻痺の方に重いお盆を持たせて失敗させてしまったら、逆に自信を喪失させてしまいます。
→「では、お盆に滑り止めを敷いてみましょう」「座ったままで、おしぼりを丸める係をお願いできますか?」と環境を調整します。
■簡単すぎる場合
元大工の棟梁に、子供用の積み木崩しを頼んでもプライドを傷つけます。
→「椅子がガタつくんですが、見てもらえますか?」と、その人の経験(ナラティブ)に合った課題をお願いします。
利用者さんの身体機能・認知機能を見極め、「今の能力で、ギリギリ成功できる(そして『ありがとう』と言われる)」レベルに活動を調整すること。これこそが、単なるお手伝いを「リハビリテーション」に変えるプロの技です。
【専門家の視点】なぜ「役割」が人を元気にするのか?
私たちが現場で感じている「役割を持つと人が変わる」という現象は、理論や研究でもその重要性が裏付けられています。
1. 「人間作業モデル(MOHO)」における役割の重要性
作業療法の代表的な理論である「人間作業モデル(MOHO)」では、人間の作業は「意志(Volition)」「習慣化(Habituation)」「遂行能力(Performance Capacity)」の3つのサブシステムで説明されます(Kielhofner, 2008)。
特に「役割(Internalized Roles)」は「習慣化」の中核を成し、人が社会の中でどう振る舞うべきかというアイデンティティを形成します。病気や障害で「役割」を喪失することは、単に行動が減るだけでなく、その人の存在意義そのものを揺るがす大きな要因となります。逆に言えば、役割を再獲得することは、その人の意志を再燃させるきっかけになるのです。
2. JAGES(日本老年学的評価研究)からの示唆
日本で行われている大規模な高齢者調査「JAGES」の研究結果では、「社会参加(趣味の会、ボランティア、就労など)」をしている高齢者は、そうでない人に比べて要介護認定(機能低下)のリスクが有意に低いことが示されています(Satoru Kanamori et al., 2013)。
また、地域における社会的なつながりが認知症発症との関連も報告されており(Yasuhiro Miyaguni et al., 2021)、デイサービスというコミュニティの中で役割を持つことは、健康寿命を支える有望なアプローチの一つと考えられます。
今回のまとめ
- 「してもらう」体験が意欲を奪う可能性
良かれと思って行う過剰なケアが、利用者を「無力な存在」だと感じさせてしまう場合があります。 - 魔法の言葉は「手伝ってくれませんか?」
スタッフが完璧である必要はありません。あえて弱みを見せ、頼ることで、利用者の「誰かの役に立ちたい」という自尊心に火がつきます。 - 「ちょうどいい」難易度がプロの技
失敗させず、かつ子供扱いもしない。その人の過去の経験や今の能力に合わせた「役割(仕事)」を見極めるのが、私たち作業療法士の腕の見せ所です。
機能訓練室で黙々と重りを持ち上げるのが苦手な方でも、誰かの役に立つためなら、汗をかいて動いてくれます。
「やってあげる」介護から、「頼る」介護へ。
明日、デイサービスに行ったら、一番無口なあの人にこう話しかけてみてください。
「〇〇さん、ちょっと助けてくれませんか?」
その一言が、その人の「生活」を取り戻す最初の一歩になるかもしれません。
「現場の悩みを、実践知に変える」
デイサービスで感じる小さな悩みや「もっとこうしたい」という思いは、全国の療法士・介護職・看護職が同じように抱えています。
療法士活性化委員会セミナーは、その思いを持ち寄り、学び合い、つながる場です。あなたの現場でも役立つ実践知を、一緒に深めてみませんか?
【参考文献】
- Kielhofner, G. (2008). Model of Human Occupation: Theory and Application. 4th ed. Baltimore: Lippincott Williams & Wilkins. (山田孝 訳『人間作業モデル 理論と応用 第4版』協同医書出版社)
- Satoru Kanamori, et al. (2013). Social participation and the prevention of functional disability in older Japanese: the JAGES cohort study. PLoS One, 8(6):e66192.
- Yasuhiro Miyaguni, et al. (2021). Community social support and onset of dementia in older Japanese individuals: a multilevel analysis using the JAGES cohort data. BMC Geriatr, 21:354.
- 近藤克則(編)『健康格差社会―何が心と体の健康を蝕むのか 第2版』医学書院, 2018.







