喀痰吸引は「手技」より「判断」が9割|安全な気道管理のアセスメント実践ガイド

 

前回の記事(呼吸理学療法の「攻め」と「守り」——介入前に整えるべき生理的土台)では、呼吸リハビリにおける介入の前提となる身体評価について論じました。今回はその延長線上で、多くのPT・OTが関わる場面が増えている「喀痰吸引」を取り上げます。

読者の皆さんは、患者さんの気道に痰が貯留していると感じたとき、何を根拠に「今、吸引が必要だ」と判断しているでしょうか? カテーテルを手にする前に、その判断の精度こそが、安全と合併症回避を分けます。

  • 喀痰吸引は「必要時のみ」が基本——定期吸引は推奨されない
  • 吸引の要否は単一の数値ではなく、呼吸パターン・副雑音・人工呼吸器波形などを総合して判断する
  • 安全な吸引はチームで支える——フィジカルアセスメント・呼吸理学療法・異常時の判断力がセットで必要
本日の疑問:
Q. なぜ「痰の音がする」だけでは吸引開始の根拠にならないのか?
⇒ 吸引は侵襲的処置であり、苦痛・低酸素・出血・循環変動・感染のリスクを伴います。音だけでなく、換気状態・呼吸仕事量・人工呼吸器波形の変化など複数の徴候を総合して「今必要か」を見極めることが、合併症を防ぐ第一歩です。

まず押さえたい:気管吸引と喀痰吸引の違い

臨床現場では「喀痰吸引」という言葉が広く使われますが、その中には口腔内吸引、鼻腔・咽頭吸引、気管チューブや気管切開カニューレから行う気管吸引などが含まれます(広義の呼称として整理されています)。

⚠ ガイドラインの対象範囲に注意
『気管吸引ガイドライン(成人で人工気道を有する患者のための)』の主な対象は「18歳以上で人工気道を有する患者」です。人工気道を有しない患者、小児、在宅・介護現場での吸引では、適用される制度・研修要件・手順が異なる場合があります(日本呼吸療法医学会)。

また、口腔・鼻腔吸引と人工気道からの気管吸引は、適応・侵襲性・手順が異なります。「喀痰吸引に含まれる」という整理はあくまで広義の呼称であり、手技や制度として混同しないことが重要です。

本稿では、主に成人の人工気道患者に対する気管吸引を中心に、安全な実践の考え方を整理します。

定期吸引ではなく「必要時吸引」が基本

かつては「2時間ごと」など、時間を決めた定期吸引が行われることもありました。しかし現在は、患者の状態を評価したうえで、必要なときにのみ行う考え方が基本です。

気管吸引ガイドラインでも、気管吸引は定期的に行うよりも、必要時のみに行うことが弱く推奨されています(日本呼吸療法医学会)。吸引そのものが苦痛と合併症のリスクを伴う以上、回数を増やすことが必ずしも安全につながるわけではありません。

吸引の必要性を判断する5つの視点

吸引の必要性は、単一の数値だけでは判断できません。以下を総合して判断します(日本呼吸療法医学会、AARC 2022)。

  • 視診・視覚的変化:頻呼吸、努力呼吸、陥没呼吸、チューブ内に見える分泌物
  • 聴診・触診:ロンカイや coarse crackles などの副雑音、胸壁に触れる振動
  • モニタリング:SpO₂低下、湿性咳嗽
  • 人工呼吸器波形:フロー波形にみられる鋸歯状変化、気道抵抗の増大
  • 換気パラメータの変化:従量式換気での最高気道内圧上昇、従圧式換気での一回換気量低下など、患者ごとのベースラインからの逸脱
★ 臨床のストップウォッチ:吸引を判断する前に確認すること
「痰の音がする」→ まず体位調整・加温加湿・咳嗽促通を試みる
「SpO₂が下がっている」→ 原因が分泌物貯留によるものか、他の要因か鑑別する
「人工呼吸器のアラームが鳴った」→ 波形のパターンを確認し、本当に気道内分泌物が原因かを判断する

吸引の前にできる「低侵襲な排痰支援」

吸引が必要そうに見える場面でも、すぐにカテーテルを挿入するのではなく、より低侵襲な方法で解決できるかを考えることが大切です。

体位調整、加温加湿、水分管理、咳嗽の促通、ハフィング、徒手的な咳嗽介助、体位排痰などは、末梢側の分泌物を中枢へ移動させ、吸引回数や吸引時間を減らすための選択肢になります(日本呼吸療法医学会)。

理学療法士が関わる場面では、呼吸介助法も重要な視点です。呼吸介助法は、患者の呼気に合わせて胸郭を生理的な運動方向へ愛護的に介助し、吸気開始時に速やかにリリースする手技です。2024年の manual breathing assist technique に関する研究(Tanaka et al., Medicine 2024)では、COPD患者においてERVの低下、VTとICの増加、呼吸困難感やSpO₂の改善が示されましたが、TLC・FRC・RVは直接測定されていないため、「肺過膨張そのものを改善する」と断定することは現時点では避ける必要があります。

吸引は「前・中・後」の一連のケア

安全な吸引では、カテーテル操作だけでなく、実施前後の評価が欠かせません。

実施前の確認事項

  • 意識レベル、呼吸数、呼吸パターン
  • SpO₂、心拍数、血圧
  • 人工呼吸器設定、分泌物の量・性状
  • 直近の吸引反応(前回の吸引でどのような反応があったか)

実施中の観察事項

  • 患者の表情、咳嗽
  • SpO₂低下、徐脈、不整脈、出血の有無

実施後の再評価事項

  • 呼吸音、換気状態、人工呼吸器波形の変化
  • 分泌物の性状(色・量・粘稠度)
  • 患者の苦痛が軽減したか
効果判定の基準を間違えない
「痰が取れたか」だけでなく、「換気が楽になったか」「低酸素や出血などの有害事象を起こしていないか」まで確認して、初めて吸引の効果判定になります。

手技のポイント:順序・太さ・圧・時間・深さ

実際に気管吸引を行う場合は、まず口腔・咽頭分泌物を処理します。カフ上部吸引ポートがある場合は、カフ上部分泌物も吸引し、吸引時の咳嗽や体動による下気道への垂れ込みを防ぎます(日本呼吸療法医学会)。

吸引カテーテルのサイズ

吸引カテーテルは、人工気道内径に対して外径が50%以下となるサイズを基本とします。1 mmを3 Frとして換算できますが、実際には製品規格と施設手順に沿って選択します(日本呼吸療法医学会、AARC 2022)。

吸引圧と吸引時間

  • 吸引圧:成人の人工気道吸引では200 mmHg以下を目安に、分泌物を除去できる範囲で可能な限り低く設定する(日本呼吸療法医学会、AARC 2022)
  • 吸引時間:1回の吸引は、挿入開始から終了まで15秒以内を目安とする。吸引されている手応えが乏しい部位では速やかに引き戻す(日本呼吸療法医学会、AARC 2022)

深さ:原則は「浅い吸引」

⚠ 「深い吸引」はルーティンで行わない
カテーテルを抵抗があるまで深く挿入する「深い吸引」は、ルーティンでは行いません。通常は浅い吸引を基本とし、深い吸引は浅い吸引で効果が不十分な場合に限って、気道損傷や循環変動を念頭に慎重に検討します(日本呼吸療法医学会、AARC 2022)。

開放式と閉鎖式:どちらを選ぶか

気管吸引には、人工呼吸器回路を一時的に外して行う開放式吸引と、回路を外さずに行う閉鎖式吸引があります。

気管吸引ガイドラインでは、開放式より閉鎖式を行うことが弱く推奨され、VAP発生率や吸引に伴うSpO₂低下を抑える可能性が示されています(日本呼吸療法医学会)。一方、AARC 2022では、成人の人工気道患者に対して開放式・閉鎖式のいずれも安全かつ有効に使用可能とされています(Blakeman et al., Respiratory Care 2022)。

選択の考え方
閉鎖式は酸素化の維持やVAP予防の観点から優先的に検討する価値がありますが、すべての患者で一律に優越性があるわけではありません。患者の酸素化状態、PEEP依存性、感染対策上の必要性、コスト、施設基準を踏まえて選択することが現実的です。

感染対策で大切な「混ぜない」意識

感染対策では、手指衛生、個人防護具、ルート管理を徹底します。開放式吸引では分泌物飛散に備え、手袋、マスク、エプロン、必要に応じてゴーグルやフェイスシールドを使用します(日本呼吸療法医学会)。

感染対策の「3つの混ぜない」
① 気管内に注入する液と、回路・接続チューブを洗う液を混ぜない
 → 分泌物の排出を助ける目的で生理食塩液を気管内に日常的・ルーティンに注入することは推奨されていません(日本呼吸療法医学会、AARC 2022)。特定の状況で使われることがありますが、ルーティン化は避けるべきです。
② 口腔・鼻腔に触れたカテーテルを気管内へ再挿入しない
③ 使用済みカテーテルで他の部位を吸引しない

微生物の多い口腔・鼻腔と、下気道へ進む気管吸引のルートを混同しないことが、感染リスクを下げるうえで重要です。

異常があれば、迷わず中断する

吸引中または直後に、SpO₂の急低下、徐脈、不整脈、血圧の著明な変動、激しい気道出血などを認めた場合は、ただちに吸引を中断し、カテーテルを抜去します。改善しない場合は、速やかに吸引を中止・抜去したうえで酸素化の確保を優先し、応援要請・高流量酸素投与を行います。心停止またはそれに準じる状態に至った場合はBLSへ移行します(日本呼吸療法医学会)。

⚠ 効果が乏しいときも「漫然と反復」しない
通常の吸引で効果が乏しい場合も、漫然と反復するべきではありません。分泌物の粘稠度・貯留部位・加湿不足・人工気道閉塞・肺区域レベルの無気肺などを再評価し、呼吸理学療法・加温加湿・医師への相談・気管支鏡や人工気道交換の必要性を検討します(日本呼吸療法医学会)。

おわりに:安全な吸引はチームでつくる

喀痰吸引は、医師・看護師だけでなく、必要な教育・研修を受けた理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、臨床工学技士などが、医師の指示の下で関わる場面が広がっています(厚生労働省)。

だからこそ、多職種が共通して持つべき力は、カテーテル操作の技術だけではありません。吸引が本当に必要かを見極めるフィジカルアセスメント、吸引前に痰を動かす呼吸理学療法の技術、合併症を早期に察知する観察力、そして異常時に迷わず中断・応援要請できる判断力が、安全で質の高い気道管理を支えます。

★ まとめ:安全な喀痰吸引の3原則
★ 吸引の前に「本当に今必要か」を複数の徴候から総合判断する——定期吸引ではなく必要時吸引が基本
★ 吸引は「前・中・後」の一連のケアであり、「痰が取れたか」だけでなく「換気が楽になったか・有害事象がないか」まで確認する
★ 安全な気道管理は多職種チームで支える——技術・判断力・観察力の3つがそろって初めて成立する

参考・引用文献

  1. 日本呼吸療法医学会 気管吸引ガイドライン改訂ワーキンググループ.「気管吸引ガイドライン(成人で人工気道を有する患者のための)〔改訂第3版〕」. 2023. https://square.umin.ac.jp/jrcm/guideline/kikanguideline2023.pdf
  2. 公益財団法人日本医療機能評価機構 Minds.「気管吸引ガイドライン2023[改訂第3版](成人で人工気道を有する患者のための)」. 2024. https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00820/
  3. Blakeman TC, Scott JB, Yoder MA, Capellari E, Strickland SL. AARC Clinical Practice Guidelines: Artificial Airway Suctioning. Respiratory Care. 2022;67(2):258-271. doi:10.4187/respcare.09548. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35078900/
  4. Tanaka T, Reid WD, Nonoyama ML, Kozu R. Acute effects of manual breathing assist technique on lung volume and dyspnea in individuals with severe chronic obstructive pulmonary disease: A quasi-experimental study. Medicine (Baltimore). 2024;103(35):e39474. doi:10.1097/MD.0000000000039474. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11365619/
  5. 厚生労働省医政局長.「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について(通知)」. 平成22年4月30日. https://www.mhlw.go.jp/topics/2013/02/dl/tp0215-01-09d.pdf
【免責事項】
本記事は医療・リハビリテーション従事者向けの一般的な情報提供を目的としたものであり、個別患者への診断、治療、処置の指示を代替するものではありません。実際の喀痰吸引・気管吸引は、患者の病態、医師の指示、各職種の法的業務範囲、所属施設の手順書・感染対策基準、最新のガイドラインに従って実施してください。小児、人工気道を有しない患者、在宅・介護現場での吸引については、対象となる制度・研修要件・手順が異なる場合があります。本記事中の比喩・換算表現は教育的目的のものであり、個々の患者への適用にあたっては担当医・チームと十分に協議してください。

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