【理学療法士・作業療法士向け】鼠径部痛の臨床推論:症例から学ぶ鑑別評価、アプローチ、効果判定

疼痛について解説するシリーズの第26回目となります。

理学療法士・作業療法士として運動器疾患のリハビリに携わる中で、「鼠径部の痛み」は比較的遭遇する機会の多い症状です。しかし、その原因は多岐にわたり、骨・関節・筋・神経・運動制御といった複数の系統が関与するため、的確なアプローチを選択するには高度な臨床推論能力が問われます。

今回は、ある症例を通じて、鼠径部痛の鑑別評価からアプローチ選択、効果判定までのプロセスを具体的に紹介します。明日からの臨床にお役立ていただければ幸いです。

症例紹介:なかなか改善しない鼠径部痛

患者は60代女性。1か月前から右鼠径部に重だるさと階段昇降時の鋭い痛みを訴えています。痛みは歩行や椅子からの立ち上がりでも生じ、特に側臥位での股関節屈曲時に不快感を伴うとのこと。整形外科での画像所見では、骨形態異常や明らかな変性所見は乏しく、MRIでも関節唇損傷は認められませんでした。

初期評価からの臨床推論:多角的な視点で原因を探る

問診と詳細な身体観察から、疼痛の性質は主に侵害受容性であり、可動性制限や運動時の組織への機械的ストレスが主な誘因と考えられました。初期の評価では以下の所見が得られました:

  • 骨盤の後傾位(立位姿勢)
  • 股関節屈曲・内旋での鼠径部痛(FADIRテスト陽性)
  • 腸腰筋の緊張亢進と著明な圧痛
  • 股関節屈曲位での前方インピンジメント様症状(詰まり感)
  • PLF(Passive Lumbar Flexion)テストで脊柱由来の再現痛はなし
  • 明らかな感覚異常やティネル様徴候も陰性

これらの所見を踏まえ、可能性の高い疼痛要因として以下を仮説立てました:

  • 関節包の滑走性低下によるインピンジメント様疼痛
  • 腸腰筋の滑走不全や過緊張による機械的刺激と循環不全
  • 骨盤−股関節アライメント不良とモーターコントロール不全

段階的アプローチと再評価:仮説検証サイクルを回す

鼠径部痛のように複数の要因が想定される状況では、「仮説を立て、介入を行い、即時効果を再評価して仮説を検証する」というクリニカルリーズニングのプロセスが極めて重要です。本症例でも以下のように段階的なアプローチを実施し、それぞれの効果を慎重に検証しました。

股関節モビライゼーション(関節包由来の痛みへのアプローチ)

まず、股関節の前方組織へのストレスを軽減させるため、大腿骨頭の後方滑りを促すモビライゼーションを実施。結果、立ち上がりや階段昇降時の鋭痛がやや軽減しました。これにより、関節包の可動性低下が症状の一因である可能性が示唆されました。

腸腰筋リリース(筋・筋膜性疼痛へのアプローチ)

次に、圧痛が著明であった腸骨筋部を中心に、持続的なストレッチと深部組織リリースを行いました。その結果、歩行中の重だるさと立ち上がり動作時の鋭痛が明確に軽減。側臥位での股関節屈曲時の不快感も著しく改善し、腸腰筋の機能不全(滑走不全・過緊張)が主たる疼痛誘発源である可能性が一気に高まりました。

大腿直筋近位部リリース(隣接組織からの影響を考慮)

腸腰筋と解剖学的に近接し、股関節屈曲にも関与する大腿直筋の反回頭部(起始部付近)へアプローチ。屈曲時の詰まり感はわずかに改善が見られましたが、全体的な痛み軽減効果は限定的でした。補助的な関連因子として捉えました。

骨盤−股関節の協調性エクササイズ(根本改善と再発予防)

最後に、片脚立位での骨盤コントロールや、体幹と股関節の協調性を高める運動制御訓練(モーターコントロールエクササイズ)を導入。これにより、動作時の安定性が向上し、患者さん本人からも「安心して動けるようになった」との声が得られました。これは機能改善後の再発予防的介入として有効と判断しました。

介入の優先順位と治療戦略の策定

これらの段階的なアプローチと再評価結果を踏まえ、本症例に対する治療戦略の優先順位を以下のように設定しました:

優先順位アプローチ選択根拠
1腸腰筋リリース主訴である鼠径部の重だるさ、動作時痛に最も即時的かつ顕著な効果が認められたため。
2股関節モビライゼーション関節包由来と考えられる構造的な滑走制限の改善と、それに伴う鋭痛の軽減が得られたため。
3骨盤−股関節協調性エクササイズ獲得した可動域と疼痛軽減効果を維持し、長期的な再発予防と正しい運動パターンの再学習、姿勢制御に寄与するため。
4大腿直筋リリース効果は限定的であったが、腸腰筋との関連性を考慮し、補助的要素として今後必要に応じて実施を検討。

臨床的意義とまとめ:鼠径部痛治療における機能的視点の重要性

本症例は、一見すると「変形性股関節症の初期」や「関節唇損傷の軽度なもの」といった構造的病変を想定されやすい鼠径部痛でした。しかし、詳細な評価と段階的なアプローチによる仮説検証の結果、腸腰筋の滑走・伸張性低下と股関節包の可動性低下といった、可逆的な機能障害が主な疼痛因子であると結論づけられました。

レントゲンやMRIなどの画像所見で明らかな構造的異常に乏しい患者さんの訴えに対しても、機能的な視点(Functional Approach)で評価を深めることで、効果的かつ非侵襲的な理学療法・作業療法介入が可能になることを改めて確認できました。疼痛の本質を見極めるためには、丁寧な問診、触診、関節可動域テスト、筋力評価、感覚検査、動作分析など、多面的な評価と、それに基づく仮説検証の繰り返しが不可欠です。今後も、こうした臨床推論力を鍛え続けることで、診断名だけに依存しない、患者さん一人ひとりの状態に合わせた個別性の高いリハビリテーションを提供していきたいですね。

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