こんにちは、理学療法士の赤羽です。
今回は、臨床における「痛みの評価」について、特に評価バッテリーの重要性に焦点を当てて考えてみたいと思います。
臨床で患者さんの「痛み」を評価するとき、Numeric Rating Scale(NRS)やVisual Analogue Scale(VAS)だけに頼っていませんか?
これらの尺度はもちろん簡便で有用ですが、ご存知の通り、痛みは単なる強度だけでは測れない「感覚・情動・認知・機能」が複雑に絡み合った多面的な体験です。
患者さん一人ひとりの痛みを包括的に理解し、より効果的な治療戦略へとつなげるためには、評価バッテリー(複数の指標の組み合わせ)の視点が不可欠になります。
なぜ痛みの評価に「評価バッテリー」が必要なのか?
疼痛はBio-Psycho-Social(生物心理社会)モデルで説明されるように、単なる末梢組織の損傷だけでなく、脳内での情報処理や心理社会的要因と密接に関連しています。
例えば、Brinjikji Wらの有名な研究(2015)では、脊椎の変性といった画像所見と痛みは必ずしも一致しないことが示されています。むしろ、無症候性の人にも年齢と共に変性はごく普通に見られ、画像上の特徴の多くは、痛みの原因というより「通常の老化の一部」である可能性が高いのです。
このことからも、「痛みの部位」や「強度」だけを測定していては、患者さんの全体像を見誤る危険性があります。患者さんが本当に抱えている活動の制限、痛みが悪化するのではないかという信念、そして社会生活や趣味への参加の困難さまでを、私たちは把握する必要があるのです。
【保存版】痛みの評価バッテリー 具体例一覧
ここでは、臨床で活用できる評価バッテリーの一例をカテゴリー別に紹介します。
1. 痛みの強度
まず基本となる痛みの強さを測る指標です。
- NRS(Numeric Rating Scale)
- VAS(Visual Analogue Scale)
2. 痛みの機能的影響
痛みが日常生活のどの活動を、どの程度妨げているかを評価します。
- Oswestry Disability Index(ODI): 患者立脚型の腰痛疾患に対する疾患特異的評価法
- Roland-Morris Disability Questionnaire(RMDQ): 腰痛によって日常生活が障害される程度を評価する尺度
- WOMAC: 膝関節・股関節の変形性関節症に特化した評価
- Patient-Specific Functional Scale(PSFS):患者さん自身が困難だと感じる3〜5つの動作を抽出し、その遂行度を評価する。様々な運動器障害に適応可能。
3. 心理社会的要因
痛みに関連する思考のクセや感情面を評価します。
- Pain Catastrophizing Scale(PCS):破局的思考(「この痛みはもっとひどくなるに違いない」といった考え)を評価
- Tampa Scale for Kinesiophobia(TSK):運動恐怖(身体を動かすことへの恐怖心)を評価
- Fear-Avoidance Beliefs Questionnaire(FABQ):腰痛患者の疼痛関連不安(「動くと痛みが悪化する」「仕事は痛みを悪化させる」といった信念)に焦点を当てた質問紙
- Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS):不安・抑うつの評価
4. 認知・自己効力感・感作関連
痛みに対する自己コントロール感や、中枢神経系の過敏性をスクリーニングします。
- Pain Self-Efficacy Questionnaire(PSEQ):自己効力感(痛みがあっても活動をコントロールできるという自信)を評価
- Central Sensitization Inventory(CSI):中枢性感作の可能性をスクリーニング(※診断ツールではない点に注意)
5. 身体機能(Performance-based test)
実際の動作能力を客観的に評価します。
- Timed Up & Go(TUG)
- Sit-to-Stand(5回立ち座りテストなど)
- Active Straight Leg Raise(ASLR)
- 6分間歩行(6MWT) など
評価バッテリーの臨床での使い方【症例別】
では、これらの評価バッテリーをどのように臨床で活かせば良いのでしょうか?
例えば「慢性腰痛で、大好きなゴルフを再開したい」という患者さんを担当したとしましょう。
【評価結果の一例】
- NRS:普段の痛みは 4/10
- ODI:40%(中等度の機能障害)
- PCS:30点(「動いたら悪化するのでは」という破局的思考が強い)
- PSEQ:19点(痛みに対する自己コントロール感が乏しい)
この場合、単純に体幹の筋力トレーニングや可動域訓練といった「身体機能の向上」だけを目指すアプローチでは不十分かもしれません。
PCSとPSEQの結果から、痛みを悪化させるかもしれないという思考のクセ(破局的思考)が、ゴルフ再開への大きな壁になっている可能性が考えられます。そのため、運動療法と並行して、痛みに関する正しい情報を提供するなどの心理教育的介入を組み合わせ、痛みに対する自己効力感を高めるような成功体験を積める練習(例:段階的なスイング練習)を計画することが重要になります。
一方、もしPCSが低く、主な制限が身体機能にある場合には、身体機能に着目した運動療法中心の介入を組み立てることができます。
つまり、評価バッテリーは、患者さんのHOPE(望み)に向けて、どの因子を優先的にアプローチすべきかを整理するための「地図」のような役割を果たしてくれるのです。
まとめ:明日からの臨床を変える評価の視点
今回の内容をまとめます。
- 疼痛は多面的であり、単一の尺度での評価は不十分である。
- 評価バッテリーを組むことで、強度・機能・心理社会的因子・認知・身体機能を包括的に把握できる。
- 評価バッテリーの結果は、患者さんのHOPEに沿って「どの因子に優先的に介入すべきか」を明確化する「地図」となる。
- 評価バッテリーは固定化せず、対象疾患や治療の段階に応じて柔軟に選択・組み合わせることが重要。
ぜひ明日からの臨床で、NRS/VASに加えてもう一つ、機能面や心理面の評価を取り入れてみてください。きっと、患者さんの見え方が変わり、アプローチの幅が広がるはずです。
参考文献
Brinjikji W, et al. Systematic literature review of imaging features of spinal degeneration in asymptomatic populations. AJNR Am J Neuroradiol. 2015 Apr;36(4):811-6.
藤原 淳ら:Oswestry Disability Index ─日本語版について─, 日本腰痛会誌,15(1): 11 ‒ 16, 2009
鈴鴨よしみ:Roland-Morris Disability Questionnaire(RDQ) によるアウトカム評価, 日本腰痛会誌,15(1): 17‒ 22, 2009
沖田実,松原貴子:ペインリハビリテーション入門,三輪書店,2019
石ヶ谷侑紀ら:Patient Specific Functional Scale 2.0 の日本語版作成, 徒手理学療法, 22(1):3–9, 2022
松岡紘史ら:痛みの認知面の評価:Pain Catastrophizing Scale 日本語版の作成と信頼性および妥当性の検討, 心身医,Vol.47 No.2.2007
松平 浩ら:日本語版Tampa Scale for Kinesiophobia(TSK-J)の開発:言語的妥当性を担保した翻訳版の作成, 臨床整形外科 48巻 1号,2013年
松平 浩ら:日本語版Fear-Avoidance Beliefs Questionnaire(FABQ-J)の開発 言語的妥当性を担保した翻訳版の作成, 整形外科 62 (12), 1301-1306, 2011
⼋⽥宏之ら: Hospital Anxiety and Depression Scale ⽇本語版の信頼性と妥当性の検討 ―⼥性を対象とした成績― ⼼⾝医学 38 :309-315, 1998
重藤隼人:非特異的疼痛の質問紙評価ツール, 徒手理学療法24(1):37–44, 2024
田中 克宜ら:日本語版Central Sensitization Inventory (CSI)の開発 : 言語的妥当性を担保した翻訳版の作成, 日本運動器疼痛学会誌,9 (1), 34-39, 2017
Tonosu J et al. The normative score and the cut-off value of the Oswestry Disability Index (ODI). Eur Spine J. 2012
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