こんにちは、理学療法士の内川です。
「大殿筋って股関節伸展の主役だけど、上部線維と下部線維の違いって意識していますか?」
「患者さんによっては、ストレッチやトレーニングの方法で効果が変わる気がする…」
「姿勢や歩行の安定性にも関わるって聞くけど、具体的にどう関連しているの?」
大殿筋は、下肢動作のパワー源であると同時に、姿勢保持や腰椎・骨盤の安定性にも深く関与する非常に重要な筋肉です。しかし、全ての線維が同じ働きをするわけではありません。特に上部線維と下部線維では作用や役割が異なり、アプローチを分けることで臨床効果が大きく変わることもあります。
今回は、見過ごされがちな大殿筋の奥深さについて、最新の知見を交えながら「機能解剖」「評価」「臨床での活用法」を徹底的に解説します。
1.大殿筋の機能解剖と作用

基本情報
- 起始:
- 腸骨後殿筋線より後方の腸骨翼
- 仙骨・尾骨の後面
- 仙結節靭帯
- 停止:
- 上部線維:大腿筋膜張筋の腸脛靭帯
- 下部線維:大腿骨の殿筋粗面
- 支配神経:下殿神経(L5~S2)
- 作用:
- 股関節伸展(主動作)
- 上部線維:股関節外転
- 下部線維:股関節内転
- 骨盤・体幹の安定化
ポイント
大殿筋は一枚のっぺりとした筋肉ではなく、停止部によって上部と下部の線維に分けられます。この違いが、股関節の外転・内転という逆の作用を生み出すため、臨床でアプローチを考える際の重要な鍵となります。
2.明日から使える!大殿筋の評価法
触診
まずは正確に筋腹を捉えることが重要です。
- ランドマークの確認:大転子、PSIS(上後腸骨棘)、坐骨結節の3点を確認します。
- 触診部位:上記3点の中心に指を置き、深部へと圧をかけます。
- 収縮の確認:
- 全体:股関節伸展で全体の収縮を確認します。
- 上部線維:股関節伸展+外転でより強く収縮を確認します。
- 下部線維:股関節伸展+内転でより強く収縮を確認します。
筋力評価(MMT)
段階5、4、3


- 測定肢位:腹臥位
- 方法:
- 膝関節を90°屈曲位にします。(ハムストリングスの作用を弱めるため)
- 検査者はテスト側に立ちます。
- 膝関節屈曲位を保ったまま、股関節を伸展させます。
- 抵抗を膝関節の近位(大腿部遠位)にかけます。
- 判定:
- 5 (Normal):最大抵抗に耐えられます。
- 4 (Good):中程度〜強度の抵抗に耐えられます。
- 3 (Fair):抵抗がなければ可動域全体を動かせ、最終域を保持できます。
- ⚠️注意点:代償動作として骨盤の回旋や膝の過屈曲が生じやすいため、注意深く観察します。
段階2

- 測定肢位:側臥位(テスト側を上)
- 方法:
- 下側の下肢は屈曲させて安定させます。
- 検査者は患者の後ろに立ち、テストする下肢の膝を下から支えます。
- もう一方の手で骨盤を支え、体幹が回旋しないように固定します。
- 重力を除いた状態で股関節を伸展させます。
- 判定:
- 2 (Poor):水平面で可動域全体を動かせれば2と判定します。
段階1、0

- 測定肢位:腹臥位
- 方法:
- 殿部中心部を深く触知します。
- 患者に股関節の伸展を指示します。
- 判定:
- 1 (Trace):筋の収縮を触知できるが、関節運動は起こりません。
- 0 (Zero):筋の収縮が全く触知できません。
3.大殿筋の機能低下が引き起こす問題
大殿筋の機能低下は、様々な臨床的問題につながります。
- 姿勢の変化:筋力低下により骨盤が前傾し、腰椎の前弯が増強します。これが腰痛の大きなリスクとなります。
- 歩行への影響:立脚後期での股関節伸展が不十分となり、前方への推進力が低下します。
- 生活習慣の影響:特にハイヒールでの歩行は、短時間で大殿筋の筋力を低下させ、腰椎前弯をさらに助長するという報告があります。
- 代償動作:大殿筋の代わりに、ハムストリングスの過活動や腰方形筋の過緊張を引き起こし、二次的な問題を生じさせます。
4.実践!大殿筋への効果的なアプローチ
リリース(筋膜リリース)
筋緊張が高い場合は、まずリリースから始めます。
- 触診と同様に硬結部や圧痛点を見つけます。
- その部位を優しく圧迫したまま、患者にゆっくりと深呼吸を繰り返してもらいます。
筋力強化
ヒップリフト(ブリッジ)


- 仰向けに寝て、膝を約90度に曲げ、足裏全体を床につけます。
- 両手は体の横に置き、手のひらを床につけて体を安定させます。
- お尻(大殿筋)に力を入れることを意識しながら、腰をゆっくりと持ち上げます。
- 肩から膝までが一直線になる位置で数秒間キープし、ゆっくりと下ろします。
⚠️注意点:踵が体から遠すぎると、大殿筋よりもハムストリングスの活動が優位になり、攣りの原因にもなるため、足の位置を適切に指導することが重要です。
ストレッチ
大殿筋全体を効率よく伸張するための基本肢位です。
- 基本肢位:股関節屈曲+内転+外旋位
- この肢位を取ることで、上部線維と下部線維の双方をバランス良くストレッチすることが可能です。
5.臨床ちょこっとメモ|ワンランク上の視点
- 大殿筋は浅層・深層でも線維の走行が異なり、これが作用やストレッチ感の違いに関与します。アプローチの際は深さも意識すると効果が変わります。
- 腹筋群(特に腹横筋)と大殿筋を同時に鍛える(協調的に収縮させる)ことで、骨盤の安定性が高まり、腰椎前弯の増強を効果的に抑制できます。
- 股関節疾患や腰痛、姿勢改善を目的とする場合、画一的なアプローチではなく、上部線維と下部線維を意識的に分けて評価・アプローチすることが、結果を出すための近道です。
- 坐骨神経は大殿筋とハムストリングスの間から出てくるため、大殿筋の過緊張や硬結が坐骨神経痛様の症状を引き起こすことがあります(梨状筋症候群と同様のメカニズム)。
6.まとめ:大殿筋アプローチの要点
最後に、この記事の重要なポイントをまとめます。
① 大殿筋の解剖・特徴
- 起始:腸骨翼後方、仙骨・尾骨後面、仙結節靭帯
- 停止:上部線維は腸脛靭帯へ、下部線維は大腿骨殿筋粗面へ
- 作用:主動作は股関節伸展。上部線維は外転、下部線維は内転に関与。
② 評価とアプローチ
- 評価:触診では、股関節伸展に外転・内転を加えて線維を触知し分ける。MMTでは代償動作に注意する。
- アプローチ:リリース、筋力強化(ヒップリフト等)、ストレッチ(股関節屈曲+内転+外旋)を状態に応じて使い分ける。
③ 機能低下の影響と臨床的注意点
- 影響:機能低下は骨盤前傾・腰椎前弯を増強させ、腰痛や歩行能力低下の原因となる。
- 臨床応用:上部・下部線維を分けてアプローチすること、腹筋群との協調性を高めることが重要。坐骨神経との位置関係も考慮する。
今回解説したのは、あくまでも筋単体の知識です。実際の臨床では、周囲の筋(中殿筋、大腿直筋など)との関係性や、深さ(層)を考慮した三次元的なイメージが不可欠です。
「周囲に何があるか、まだイメージが曖昧だな…」
「触診の精度をもっと高めたい!」
もしそう感じたなら、私たちと一緒に「触ってわかる」解剖学を学びませんか?
7.参考文献
- 冨田 昌延, 岡野 智, 伊藤 匡史, 安藤 正志. (2023). 複数の大殿筋ストレッチの伸張比較. 日本スポーツリハビリテーション学会誌, 12, 23–27.
- ハイヒールを履いての持続歩行が腰椎前弯を増強させる要因の検討
- 基礎運動学 第6版補訂