「認知症だから仕方ない」
「失禁が増えたのは症状の進行だろう」
そう結論づけてしまう前に、私たちは本当に適切なアセスメントを行っているでしょうか。
こんにちは、作業療法士の内山です。
排泄トラブルは「認知機能の低下」だけで起こるわけではありません。認知症の方にとってトイレは、単なる「場所」ではなく、“意味のある行為”として成立しているかどうかが鍵になります。環境の手がかり、生活リズム、感情の状態、周囲のサポートの質——これらすべてが排泄の成否に影響を与えます。
しかし、認知症の方の排泄アセスメントは、身体機能中心の評価だけでは不十分です。むしろ、「なぜできないのか」「どうすればできるようになるのか」という視点で、認知特性と環境の相互作用を丁寧に観察する必要があります。
このコラムでは、認知症高齢者の排泄アセスメントにおいて陥りがちな失敗パターンと、それを防ぐための評価の工夫を共有します。誤った評価で”支援の方向”を見失わないために、一緒に学びを深めましょう。
1. よくある評価ミス3選
認知症の方の排泄アセスメントでは、以下のような評価ミスが頻繁に見られます。これらは、評価者の思い込みや知識不足から生じることが多く、結果として不適切な支援につながってしまいます。
①「尿意を訴えられない=重度」と決めつける
なぜこのミスが起こるのか:
認知症の方が尿意を言葉で表現できない場合、「認知症が重度化している」「尿意そのものがなくなっている」と判断してしまうケースがよくあります。しかし、これは大きな誤解です。
尿意を「訴えられない」ことと、尿意が「ない」ことは全く別の問題です。多くの場合、尿意は存在しているものの、以下のような理由で表現できていないだけなのです。
- 失語や構音障害で言葉にできない
- 尿意という感覚を「トイレに行きたい」という言葉に変換できない
- 誰に伝えればいいかわからない(スタッフの顔と役割が結びつかない)
- 遠慮や羞恥心で言い出せない
- 伝えようとしたが、混乱して別の言葉になってしまう
- 注意が他に向いて、尿意を忘れてしまう
実際の事例:
ある80代女性は、言葉での訴えはありませんでしたが、尿意がある時には落ち着きがなくなり、立ったり座ったりを繰り返す行動が見られました。スタッフがこのサインに気づき、「トイレに行きましょうか」と声をかけると、安堵した表情で応じ、トイレで排泄できていました。この方にとって、尿意は確実にあったのですが、それを言語化する能力が低下していただけだったのです。
正しい評価の視点:
- 言語表出の有無だけで判断しない
- 行動の変化(落ち着きのなさ、徘徊、表情の変化)を観察する
- 非言語的なサイン(身体を触る、そわそわする)に注目する
- 定時誘導で排尿があるかを確認する
- 尿意と排尿のタイミングを記録し、パターンを把握する
②「失敗=排泄動作の喪失」とみなす
なぜこのミスが起こるのか:
失禁やトイレ以外での排泄が見られると、「もうトイレでの排泄は難しい」「オムツ対応に切り替えるべき」と判断してしまうことがあります。しかし、失敗の背景には様々な要因があり、必ずしも排泄動作能力の喪失を意味するわけではありません。
失敗の背景にある要因:
- 環境的要因:トイレの場所が不明、ドアが開けられない、照明が暗い
- 身体的要因:移動に時間がかかる、衣服操作が困難、夜間頻尿
- 認知的要因:手順がわからない、途中で目的を忘れる、トイレと認識できない
- 心理的・社会的要因:遠慮、恥ずかしさ、叱責への恐怖
実際の事例:
ある施設で、夜間に廊下で排尿してしまう男性がいました。スタッフは「認知症の進行」と判断していましたが、詳しく観察すると、トイレのドアに「男子トイレ」という表示がなく、本人が自室のドアと区別できていないことがわかりました。ドアに大きく「トイレ」と書いた表示と、便器のイラストを貼ったところ、夜間の失敗が激減しました。
正しい評価の視点:
- 失敗の時間帯、場所、状況を詳細に記録する
- 成功している時との違いを分析する
- 環境を変えることで改善する可能性を探る
- 「できない」ではなく「できる条件は何か」を考える
③観察を”できる・できない”だけで記録する
なぜこのミスが起こるのか:
「トイレ動作:できる/できない」という二値的な評価は、記録としては簡潔ですが、認知症の方の実態を全く反映していません。認知症の特徴として、日内変動や状況依存性が大きいため、一時点の観察だけでは正確な評価になりません。
正しい評価の視点:
- 時間帯別の状態を記録する
- 動作の各要素(移動、認識、操作、清潔)ごとに評価する
- 成功した時の条件(環境、声かけ、誘導方法)を記録する
- 本人の表情や言動も含めて記録する
2. 評価の工夫ポイント
認知症の方の排泄アセスメントを適切に行うためには、従来の身体機能評価とは異なるアプローチが必要です。
環境トリガー(サイン・音・匂い)への反応を観察する
認知症の方にとって、環境からの手がかり(トリガー)は、行動を引き出す重要な要素です。言語的な指示が理解しにくくても、視覚的・聴覚的・嗅覚的な手がかりには反応できることが多いのです。
- 視覚的トリガー:「トイレ」の大きな表示、便器のイラスト、床の誘導線
- 聴覚的トリガー:水を流す音、チャイム音、穏やかな声かけ
- 嗅覚的トリガー:消臭・芳香による安心感
- 触覚的トリガー:手すりの材質、便座の温度
導線上での”ためらい”を記録する
認知症の方がトイレに向かう過程で、どこで立ち止まるか、どこで迷うかを観察することは、非常に重要な評価情報になります。このためらいには、認知機能の状態や環境認識の困難さが反映されているからです。
実際の事例:
ある男性は、廊下の大きな鏡の前で必ず立ち止まっていました。鏡に映る自分を「誰かがいる」と認識して不安になっていたため、鏡を外したところスムーズに移動できるようになりました。
タイムライン評価(1日の中での波)を導入する
認知症の方の排泄動作能力は、1日の中で大きく変動します。この変動パターンを把握することで、より効果的な支援計画が立てられます。
記録例:
| 時間帯 | 排泄状況 | 誘導方法 | 本人の様子 |
|---|---|---|---|
| 6-9時 | 失禁1回 | 誘導拒否 | 寝ぼけている、不機嫌 |
| 9-12時 | 成功2回 | 声かけのみ | 穏やか、協力的 |
| 15-18時 | 失敗1回 | 声かけ拒否 | 不穏、徘徊傾向 |
このような記録から、「午前中は声かけで自立できる」「夕方以降は支援を強化する必要がある」といった具体的な支援方針が見えてきます。
3. 実践共有:チームで取り組む排泄支援
「誘導声かけ表」の統一と検証
スタッフによって言い方が違うと、本人が混乱してしまうことがあります。有効な声かけの方法をチームで統一し、「誘導声かけ表」として共有することが有効です。
- ステップ1:効果的な声かけを収集する(例:「お散歩しましょう」なら応じる)
- ステップ2:個別の特性を分析する(「トイレ」という言葉に抵抗がある等)
- ステップ3:統一した声かけ方法を決定する
- ステップ4:記録と検証
見当識支援×環境アプローチの成功事例
事例1:場所の見当識を支える
自室からトイレまでの床に足跡マークを貼り、トイレのドアを明るい黄色に変更。夜間の失禁が激減しました。
事例2:時間の見当識を支える
2時間ごとに決まった音楽を流し、それを合図に誘導。「音楽=トイレ」のルーチンができ、定時誘導での失禁が減少しました。
事例3:人の見当識を支える
馴染みのないスタッフを拒否する方に対し、顔写真と名前を掲示し、自己紹介を徹底。徐々に受け入れが可能になりました。
まとめ:排泄の評価は”生活理解の評価”
- 「できない」理由を多角的に分析する
「尿意を訴えられない=重度」という短絡的な判断を避け、環境・時間・心理状態から要因を探りましょう。 - 環境・時間・トリガーで可能性を引き出す
タイムライン評価や環境トリガーを活用し、「その人に合った環境」をデザインします。 - チームで「なぜそうなるか」を観察し続ける
声かけの統一や環境整備など、チーム全体で情報を共有し、検証を重ねることが支援の質を高めます。
療法士活性化委員会からのメッセージ
認知症の方の排泄アセスメントは、単なる「できる・できない」の判定ではありません。それは、その人の生活の質を左右する、極めて重要な評価作業です。
「認知症だから仕方ない」という諦めの言葉を、私たちは決して口にしてはいけません。なぜなら、適切なアセスメントと環境調整により、多くの方が排泄の自立を取り戻せる可能性があるからです。
観察する目を磨き、考察する力を深め、チームで支える体制を作る。その積み重ねが、認知症ケアの質を高めていきます。
ともに学び、ともに成長していきましょう。








