前回のコラム(なぜ「2時間」なのか?褥瘡発生の生理学的メカニズム|虚血再灌流障害と4つの段階)では、目に見えない細胞の中で起きている「破壊のメカニズム」について解説しました。まずは、その重要なポイントを簡単におさらいしましょう。
【前回の要点:なぜ褥瘡は発生するのか?】

- 細胞破壊の決定打は「血流再開時」:
圧迫されている最中だけでなく、除圧して血流が戻った瞬間に発生する「活性酸素の大爆発(虚血再灌流障害)」が細胞膜や骨格を破壊します。 - 「2時間」はリスク爆発のタイムリミット:
虚血が2時間前後続くと、細胞内に活性酸素の元(火薬)が大量に蓄積し、体内の防御システム(SODなどの消火器)の処理限界を超えてしまいます。 - 予防の鍵は「リセット」と「防御力」:
こまめな除圧・ポジショニングで火薬の蓄積をリセットするとともに、抗酸化力を高める栄養管理を行うことが、細胞を守る最大の防波堤となります。
このように、私たちの体は常に「圧迫という攻撃」と「細胞の防御」のギリギリの攻防を繰り広げています。
では、防ぎきれずに細胞が破壊されてしまった(褥瘡が発生してしまった)後、体内では何が起きているのでしょうか?
実は傷の内部では、すぐさま数え切れないほどの細胞たちが集結し、自らの役割を全うしながら組織を再建する、壮大な「ビル建設プロジェクト」が日夜行われています。
今回のコラムでは、破壊から一転、「再生(治癒)のメカニズム」を建設現場に例えて紐解きながら、回復の現在地を知るための評価指標、そして治癒を加速させるための力学的マネジメント(ポジショニングやリハビリ介入)について体系的に解説します。
- 褥瘡の治癒は「解体・基礎・屋根・内装」の4フェーズで進む細胞の建設プロジェクトである
- DESIGN-R®2020の「大文字」は治癒の停滞を示すため、ケアや介入を見直す重要なサインとなる
- セラピストによる「完全除圧」や「摩擦の消去」など、物理的・力学的な負荷の徹底排除が治癒を加速させる
本日の3つの疑問
⇒ 傷の色(黒・黄、赤、白・ピンク)から「炎症期・増殖期・上皮化期」のどの段階かを判断し、それぞれの目的に合った外用薬(※代表例)と必須栄養素(アルギニン、亜鉛、ビタミンなど)を選択します。
Q2:褥瘡の治癒が順調に進んでいるか、停滞しているかをどう見極めればよいですか?
⇒ DESIGN-R®2020を用いて評価を行い、深さや肉芽の状態が「小文字」なら順調、「大文字」なら治癒が停滞している介入のサインとして見極めます。
Q3:治りかけている褥瘡をリハビリやケアの場面で悪化させないための物理的な工夫は何ですか?
⇒ 患部を空間に浮かせる局所除圧や、スライディングシートを用いた摩擦の消去、皮膚の「あそび」を作ってから動かすテンション・フリーのROM訓練などを行います。
褥瘡治癒の完全フロー:4つの幕で進む再生のドラマ
褥瘡が治癒していく過程は、互いに重なり合いながら進む4つのフェーズに分かれています。基本的な流れとして、この順序で治癒が進みます。

| フェーズ | 医学的名称 | 期間の目安 | 建設現場での例え | 実際の生体反応・詳細 |
|---|---|---|---|---|
| 第0幕 | 除去 (デブリードマン) | 初期処置 | 旧施設の撤去 | 建設予定地に残る「壊れた旧施設(壊死組織)」を取り除く作業。この瓦礫がある限り、治癒のスイッチは入らない。 |
| 第1幕 | 炎症期 | 受傷〜 数日程度 | 解体・掃除 | 白血球やマクロファージが集結し、細菌や死んだ細胞を食べて掃除する。 ※ここで感染や壊死が残ると、掃除が終わらず数ヶ月に及ぶ「難治化」に陥る。 |
| 第2幕 | 増殖期 | 数日〜 数週間程度 | 基礎工事 | いよいよ建設開始。血管を引き込み(配管)、コラーゲンで空間を埋めていく(足場)。ここで作られる赤くて元気な組織を「良性肉芽(にくげ)」と呼ぶ。 |
| 第3幕 | 上皮化期 | 数週間 | 屋根・舗装 | 傷の周囲から、新しい皮膚(上皮細胞)がスルスルと伸びてきて、傷口を完全に閉じる。 |
| 第4幕 | 成熟期 | 数ヶ月〜 年単位 | 内装・補強 | 見た目は治っていても、内部の仮設コラーゲンをより丈夫なものへ置き換え、強い瘢痕組織を仕上げていく長い期間。 |
現場を動かすキャストたち(細胞・因子・酵素)
建設現場では、多種多様なプロフェッショナルが働いています。彼らの働きを知ることで、なぜその治療が必要なのかが見えてきます。

| カテゴリ | 名称 | 建設現場での役割と働き |
|---|---|---|
| 細胞 | M1マクロファージ | 【解体屋】 掃除・攻撃担当。炎症を起こして異物を排除します。 |
| M2マクロファージ | 【現場監督】 修復担当。周囲の細胞に成長因子を出して工事の指示を出します。 | |
| 線維芽細胞 | 【大工】 肉芽の土台となるコラーゲン(足場)を作ります。 | |
| 血管内皮細胞 | 【配管工】 酸素と栄養を運ぶための新しい血管を作ります。 | |
| 因子 | VEGF / bFGF | 【設計図・命令書】 「血管を作れ」「肉芽を盛れ」という強力な業務指令です。 |
| 酵素 | MMPs | 【溶解液】 タンパク質(組織)を溶かすハサミ。掃除には必須ですが、多すぎると新しい肉芽まで溶かし、「ポケット」形成や治癒遅延の一因になり得ます。 |
時期(傷の色)に合わせた「兵站(へいたん)」戦略
現場の状況(傷の色)に合わせて、外用薬(道具)や栄養(建築資材)の補給戦略を切り替える必要があります。※外用薬は創傷状態に応じて主治医が選択するため、ここでは代表例を挙げています。

| 治癒の時期 | 現場のテーマ | 外用薬・処置の戦略 (※代表例) | 必須の栄養素 |
|---|---|---|---|
| 黒・黄 (炎症期) | 「溶かす・洗う」 壊死組織と細菌の排除 | ゲーベン、ユーパスタ 強力な殺菌、吸水、化学的溶解を行います。 | アルギニン 免疫細胞の賦活化やコラーゲン合成に関わり、創傷治癒全般を底上げします。 |
| 赤 (増殖期) | 「育てる・湿潤」 良性肉芽の保護と成長 | フィブラストスプレー プロスタンディン 細胞増殖の命令を出し、血流を改善します。 | 亜鉛・タンパク質・ビタミンC 細胞分裂を促し、コラーゲンの材料を投下します。 |
| 白・ピンク (上皮化期) | 「保護する」 新生組織の固着防止 | アズノール、ワセリン、 テガダーム 乾燥を防ぎ、摩擦などの物理的刺激から守ります。 | ビタミンA 上皮(皮膚)の形成と成熟を助けます。 |
※外用薬・処置の参考サイト(添付文書等):
ゲーベン / ユーパスタ / フィブラストスプレー / プロスタンディン / アズノール / ワセリン / テガダーム
回復の現在地を知る「DESIGN-R®2020」
工事が順調に進んでいるかを評価する共通言語が「DESIGN-R®2020」です。7つの項目(深さ、浸出液、大きさ、炎症、肉芽、壊死、ポケット)で点数化し、合計点が下がれば治癒に向かっている証拠です。
現場で最も頼りになるのが「大文字・小文字の法則」です。
〈大文字・小文字の法則〉
- 小文字(d, e, g…):順調・軽症を示します。
- 大文字(D, E, G…):重症度が高い状態を示すため、介入や評価の見直しを検討するサインです。
〈見逃してはいけない大文字のサイン〉
- D(深さ): 黄色い皮下脂肪が見えたらD。
- E(浸出液): 毎日ガーゼ交換が必要なほど漏れるならE(※一つの目安として)。
- N(壊死): 黒や黄色の壊死組織が少しでもあればN。
- G(肉芽): 赤く元気な肉芽が創面の半分(50%)以下ならG。
大文字を見つけたら、「なぜ工事が止まっているのか?」を考え、ケアを見直すサインです。
専門職の腕の見せ所「悪化予防と回復促進の力学的マネジメント」
薬や栄養を届ける内科的アプローチに対し、私たちが行うべきは「創部への力学的負荷(圧迫とせん断力)をコントロールする」物理的アプローチです。治癒期における戦略の基本は「守り(環境調整)」です。
① ポジショニングの基本戦略:解放・局所除圧(Off-loading)
予防期は「広い面積で圧を分散する」ことが基本ですが、回復期(特に第2幕の増殖期)は、新生血管を守るために患部への圧を限りなくゼロに近づけることが求められます。
- 「穴」を作る: クッション等を巧みに使い、患部を空間に浮かせます。
- 90度側臥位の活用: 仙骨部に深い傷がある場合、30度では創縁が引っ張られるため、状況によりあえて真横を向く姿勢を選択します。
- 背抜き・足抜き: 姿勢を変えた最後に必ず手を入れて、シーツと皮膚の間の微細な「ずれ(せん断力)」を解除します。
② シーティング・ドージング(用量調節)
治癒を促す栄養摂取のためには「離床(座って食事をとる)」が必須ですが、座れば必ず臀部に圧がかかります。
- 時間管理: 「1回15〜30分」を一つの目安として、状態によって調整しながら虚血限界を超えない時間管理を行います。
- プッシュアップ: 座位中も定期的に除圧動作を挟み、血流を再開(リセット)させます。
③ ツールによる「せん断力」の完全消去
垂直の「圧迫」に、横に引きちぎる「せん断力」が加わると、新生組織へのダメージリスクが飛躍的に高まります。
- スライディングシート: ベッド上の移動時に必ず使用し、皮膚の引きつれ(摩擦)を最小限にします。
- 介助ベルト: 移乗時の「ドスン」という着座衝撃を防ぎ、坐骨結節へのダメージをコントロールします(※腸骨や仙骨の創部にベルトが直接当たらないよう巻く位置の調整が必須です)。
④ 創部を守る運動療法(ROM)
拘縮予防のための関節可動域訓練(ROM)も、やり方を間違えると皮膚を引き伸ばし、創部を裂いてしまいます。
- テンション・フリーの原則: 関節を動かす際は、創縁(傷のふち)を目視し、色が白く(虚血)ならない範囲で止めます。
- スキンプッシュ: 大殿筋やハムストリングスの皮膚を、創部の方へ「たぐり寄せて」あそび(たるみ)を作ってから関節を動かす技術が有効です。
まとめ
- 治癒は「細胞の建設プロジェクト」である:
褥瘡の治癒は互いに重なり合う4つの段階で進むため、傷の色(時期)に合わせて「溶かす」「育てる」「保護する」という外用薬と栄養の補給戦略を切り替える必要がある。 - 「DESIGN-R®2020の大文字」は介入のサインである:
治癒が順調か停滞しているかは評価ツールの「大文字・小文字の法則」で見極め、D(深さ)やG(肉芽)などの大文字が出た場合はケアを見直す必要がある。 - 力学的負荷の排除が治癒を加速させる:
回復を促すためには、完全除圧(Off-loading)、スライディングシートによる「せん断力」の低減、皮膚に過度な張力をかけない関節可動域訓練(ROM)など、徹底した物理的マネジメントが不可欠である。
※画像はAI(Gemini)により生成
【参考文献・引用文献】
- 日本褥瘡学会 編. 『褥瘡予防・管理ガイドライン(第5版)』照林社, 2022.
- 日本褥瘡学会 学術教育委員会 編. 『DESIGN-R®2020 コンセンサス・ドキュメント』照林社, 2020.
※PDF: https://www.jspu.org/medical/books/docs/design-r2020_doc.pdf - 大浦武彦 著. 『褥瘡治療の常識・非常識』照林社.
- Yager DR, et al. : Wound fluids from human pressure ulcers contain elevated matrix metalloproteinase levels… Wound Repair Regen. 1996;4(4):483-490.
- Lansdown AB, et al. : Zinc in wound healing: theoretical, experimental, and clinical aspects. Wound Repair Regen. 2007;15(1):2-16.
※Web上で確認できる参考資料(旧版・第4版の全文PDF/Mindsガイドラインライブラリ):
https://minds.jcqhc.or.jp/common/wp-content/plugins/pdfjs-viewer-shortcode/pdfjs/web/viewer.php?file=https://minds.jcqhc.or.jp/common/summary/pdf/c00350.pdf
科学的根拠に基づく「考えるポジショニング」
本コラムに記載されている内容は、一般的な生理学・生化学のメカニズムおよび標準的なケア理論に基づく、医療・介護従事者向けの学習・情報提供を目的としたものです。個別の患者様に対する医学的診断や特定の治療法、ケア手順を推奨・保証するものではありません。
褥瘡の発生要因や治癒の過程は、患者様の基礎疾患、全身状態、栄養状態などにより大きく異なります。実際の臨床現場においてポジショニング、リハビリテーション(ROM等)、創傷処置を実施する際は、対象者の個別性を十分に評価した上で、必ず主治医の指示および各所属施設のガイドラインに従ってご判断ください。
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