心臓の構造と拍動の原理 〜理学療法士・作業療法士のための生理学の教科書〜

こんにちは、理学療法士の大塚です。この記事では、理学療法士・作業療法士の皆様に向けて、リハビリテーションに不可欠な**心臓の構造と拍動の原理**に焦点を当て、臨床での活用を意識して解説します。「学生時代に学んだ循環器の知識を、どう日々のリハビリに繋げればいいのか?」「心疾患を持つ患者さんへの運動負荷、どう設定すれば安全?」といった疑問にお答えできるよう、基礎知識から実践的なポイントまでをまとめました。ぜひ、あなたの臨床スキルアップにご活用ください。

1. なぜPT/OTに心血管系の知識が必要なのか?

リハビリテーション領域で身体機能、特に運動能力を考える上で、**心血管系(cardiovascular system)**に関する知識は絶対に欠かせません。私たちが運動する際、活動している筋肉へ酸素や栄養素を届け、同時に筋肉で作られた代謝産物や二酸化炭素を回収する、この生命維持に不可欠なデリバリーシステムの中心が心血管系です。その中核をなす**心臓(heart)**は、強力なポンプとして血液を全身に送り出し、血管(動脈・静脈・毛細血管)ネットワークを通じて、絶え間なく循環を維持しています。

理学療法士や作業療法士にとって、心血管系の理解は、**運動負荷の安全な設定**、運動中の**循環動態(バイタルサイン)のモニタリング**と解釈、そして**心臓リハビリテーション**の実践など、臨床のあらゆる場面で重要となります。特に、筋生理学と心血管生理学を統合して理解することで、患者様が運動した際に血圧や心拍数がどう変化するのか、体内の血流配分はどう変わるのか、そしてどの程度の運動強度までなら安全に実施できるのかを、より根拠を持って判断できるようになるのです。

この記事では、まず**心臓の解剖学的構造**(心房・心室・弁・心筋の壁層といった基本的なパーツ)を確認します。次に、心臓が規則正しく動くための**拍動の原理**として、電気信号を作り出す刺激伝導系(洞房結節、房室結節など)と、その活動を記録する心電図について解説。さらに、ポンプとしての具体的な動きである**心周期**(収縮と拡張の流れ)と、血液が体内を巡る**循環経路**(肺循環・体循環)を整理します。加えて、血管系の特徴や血圧がどのように調節されているかの仕組みにも触れ、最後に**運動時の心血管系の反応**や**心臓リハビリテーション**といった臨床応用へと繋げ、PT/OTの視点からこれらの知識がいかに役立つかを明確にしていきます。


2. 心臓の構造と拍動のメカニズム:臨床応用の基礎

2.1 心臓の解剖:4つの部屋と弁、壁の構造

2.1.1 心房 (Atria):血液を受け入れる部屋

心臓は、上部にある左右2つの**心房(右心房・左心房)**と、下部にある左右2つの**心室(右心室・左心室)**、合計4つの部屋で構成されています。**右心房**には、全身を巡って酸素を消費した後の血液(静脈血)が、上半身からは上大静脈、下半身からは下大静脈を通って戻ってきます。一方、**左心房**には、肺で酸素をたっぷり取り込んだ血液(動脈血)が、左右2対の肺静脈を通って流れ込みます。

  • 右心房: 全身からの静脈血を受け取り、下の右心室へと送る役割を持ちます。心臓のペースメーカーである**洞房結節**は、この右心房の上部の壁に存在します。
  • 左心房: 肺からの動脈血を受け取り、下の左心室へと送ります。

心房の壁は心室に比べると薄く、主な役割は血液を一時的に貯めておく**「待機室」**のようなイメージです。しかし、心房も収縮することで血液を効率よく心室へ送り出す重要な役割(特に拡張末期)を担っており、心房細動などでこの収縮機能が失われると、心臓全体のポンプ機能(心拍出量)にも影響が出ることがあります。

2.1.2 心室 (Ventricles):血液を送り出すポンプ室

心室は、血液を力強く送り出すポンプ本体です。**右心室**は、右心房から受け取った静脈血を、肺動脈弁を通して**肺動脈**へ送り出します(**肺循環**)。**左心室**は、左心房から受け取った動脈血を、大動脈弁を通して**大動脈**へ送り出し、全身へと届けます(**体循環**)。全身に血液を送る必要があるため、**左心室の壁(心筋)は右心室や心房よりもかなり厚く**、強力な収縮力を生み出せるようになっています。この左心室の収縮力が、私たちの血圧を生み出す主な要因です。

  • 右心室: 静脈血を肺へ送り、ガス交換(酸素化)を促します。
  • 左心室: 酸素化された動脈血を全身の組織・臓器へ供給します。

右心室(肺循環)と左心室(体循環)が協調して働くことで、全身の細胞が必要とする酸素と栄養が届けられ、不要な二酸化炭素や老廃物が回収される、生命維持に不可欠な**心肺機能**と**全身循環機能**が維持されています。

2.1.3 心臓弁 (Valves):血液逆流を防ぐ門番

心臓の中には、血液が常に一方向に流れるように**4つの弁**が存在し、逆流を防いでいます。心房と心室の間にあるのが**房室弁(AV弁)**で、右側には**三尖弁**、左側には**僧帽弁(二尖弁)**があります。心室と、そこから血液を送り出す動脈(肺動脈・大動脈)の間にあるのが**半月弁**で、それぞれ**肺動脈弁**、**大動脈弁**と呼ばれます。これらの弁が心臓の拍動に合わせてタイミングよく開閉することで、血液は効率よく送り出されます。弁がうまく閉じない(**閉鎖不全症**)と血液が逆流し、弁が硬くなって開きにくくなる(**狭窄症**)と血液を送り出すのに余計な力が必要になり、どちらも心臓に負担をかけ、心不全の原因となることがあります。

2.1.4 心臓壁の3層構造

心臓の壁は、内側から**心内膜(endocardium)**、中間の**心筋層(myocardium)**、外側の**心外膜(epicardium)**という3つの層でできています。最も厚く、心臓のポンプ機能の中心となるのが**心筋層**です。心筋細胞は骨格筋とは異なり、**介在板**という特殊な構造で隣の細胞と強く結びつき、さらに**ギャップ結合**という連絡通路を通して電気信号が素早く伝わるようになっています。これにより、心臓全体がまるで一つの大きな細胞(**機能的合胞体**)のように、タイミングを合わせて効率よく収縮することができるのです。


2.2 心臓を動かす電気信号:刺激伝導系と心電図(ECG/EKG)

心臓が脳からの指令なしでも自律的に、規則正しく拍動できるのは、心臓自身の中に電気信号を作り出し、それを伝える特別なシステム、**刺激伝導系**があるからです。これは特殊な心筋細胞で構成されており、以下の順序で電気信号(興奮)が伝わっていきます。

  1. 洞房結節(SA node): 右心房の上部にある、心臓のメインペースメーカー。通常、1分間に約60~100回の安定したリズムで自発的に電気信号を発生させます。
  2. (心房内伝導路): 信号は心房の筋肉に広がり、心房を収縮させます。
  3. 房室結節(AV node): 右心房の下部、心房と心室の境目付近にあります。ここで電気信号の伝達がわずかに遅らされます。この「ため」があるおかげで、心房がしっかり収縮して血液を心室に送り込む時間を確保できます。
  4. ヒス束、右脚・左脚: 房室結節から出た信号は、心室中隔(左右の心室を隔てる壁)の中を走るヒス束、そして左右の心室へ向かう右脚・左脚へと伝わります。
  5. プルキンエ線維: 左右の脚から枝分かれし、心室の壁の内側全体に網目状に広がっています。非常に速く電気信号を伝えるため、心室の筋肉全体がほぼ同時に、力強く収縮することができます。

心電図 (ECG/EKG)で何がわかるか?

この一連の電気的活動の変化を、体の表面に電極を付けて記録したものが**心電図**です。通常、**P波**(心房の興奮/脱分極)、**QRS波**(心室の興奮/脱分極)、**T波**(心室の興奮からの回復/再分極)という特徴的な波形が見られます。不整脈(リズムの乱れ)や、刺激伝導系のどこかで信号がうまく伝わらない状態(伝導障害)、心筋梗塞などによる心筋のダメージがあると、これらの波形や間隔に異常が現れます。臨床現場、特に心臓リハビリテーションにおいては、運動中の安全管理のために心電図モニタリング(ホルター心電図や無線テレメトリーなど)が行われることが多く、異常な波形が出現した場合には、速やかに運動を中止し、医師に報告するなど適切な対応をとる必要があります。


2.3 心臓のポンプサイクル:心周期と血液の流れ(肺循環・体循環)

心臓の1回の拍動は、**収縮期(systole)**と**拡張期(diastole)**という2つの期間を繰り返しており、これを**心周期**と呼びます。安静時の場合、1回の心周期は約0.8秒程度です。収縮期には心室が力強く収縮して血液を動脈へ送り出し、拡張期には心室が緩んで血液を心房から受け入れます。もう少し詳しく見てみましょう(主に左心室の場合)。

  1. 心室収縮期:
    • **等容性収縮期**: 心室が収縮を開始すると、まず心室内圧が急上昇し、心房と心室の間の弁(僧帽弁)が閉じます。大動脈弁はまだ閉じたままなので、心室内の血液量は変わらずに圧だけが上がります。
    • **駆出期**: 心室内圧が大動脈圧を上回ると、大動脈弁が開き、血液が一気に大動脈へと送り出されます。
  2. 心室拡張期:
    • **等容性弛緩期**: 心室が収縮を終えて弛緩し始めると、心室内圧が低下し、大動脈弁が閉じます。房室弁はまだ閉じたままなので、心室内の血液量は変わらずに圧だけが下がります。
    • **充満期**: 心室内圧が心房圧より低くなると、房室弁(僧帽弁)が開き、心房に溜まっていた血液が心室へと流れ込みます。拡張期の後半には心房自身も収縮し(心房収縮期)、さらに血液を心室へ押し込みます。

この心周期の繰り返しにより、右心室から送り出された血液は肺動脈を通って肺へ向かい(**肺循環**)、ガス交換を行います。そして酸素化された血液は左心房・左心室を経て大動脈から全身へと送られ(**体循環**)、各組織で酸素を供給した後、再び右心房へ戻ってきます。


2.4 全身を巡る道:血管系の種類と血圧コントロールの仕組み

2.4.1 動脈・静脈・毛細血管の役割

  • 動脈: 心臓から送り出された血液を全身へ運ぶ血管です。心臓の高い拍出力に耐えられるよう、壁は厚く弾力性に富んでいます(特に大動脈)。太い動脈から細い細動脈へと枝分かれし、全身の組織へ血液を届けます。
  • 毛細血管: 細動脈の末端にある、非常に細い血管です。壁は一層の内皮細胞だけでできており、ここで血液と組織細胞との間で酸素、二酸化炭素、栄養素、老廃物などの物質交換が活発に行われます。
  • 静脈: 毛細血管で物質交換を終えた血液を集め、心臓へと戻す血管です。動脈に比べて壁は薄く、内圧も低いですが、血液が逆流しないように**静脈弁**が備わっています。また、周囲の骨格筋が収縮する力(**筋ポンプ作用**)や、呼吸に伴う胸腔内の圧変化(**呼吸性ポンプ**)も、静脈血が心臓へ戻るのを助けています。

2.4.2 血圧はどう調節される?短期的・長期的メカニズム

血圧は、基本的に**心拍出量(心臓が1分間に送り出す血液量)× 末梢血管抵抗(血液の流れにくさ)**で決まります。私たちの体は、この血圧を適切な範囲に保つために、複雑な調節システムを持っています。大きく分けて、素早く対応する短期的調節と、時間をかけて対応する長期的調節があります。

  • 短期的調節: 主に**自律神経系**が関わります。首や胸部にある**圧受容体**(血圧センサー)が血圧の変化を感知すると、その情報が脳に送られ、**交感神経**と**副交感神経**の活動バランスが調整されます。例えば、血圧が下がると交感神経が活発になり、心拍数を増やし、血管を収縮させて血圧を上げようとします。
  • 長期的調節: 主に**腎臓**が体液量(血液量)をコントロールすることによって行われます。血圧が下がると、腎臓から**レニン**という物質が分泌され、これが**アンジオテンシン**という強力な血管収縮物質を作り出し、さらに**アルドステロン**というホルモンの分泌を促して、体内に塩分と水分を保持させ、血液量を増やして血圧を上げます(**レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系**)。逆に血圧が高い場合は、ナトリウムや水分の排泄を増やして血圧を下げようとします。

臨床現場では、患者様の状態に合わせて**血圧測定**(安静時、運動時、体位変換時など)を行うことが基本です。高血圧は動脈硬化を進展させる大きなリスク因子であり、逆に起立性低血圧は転倒リスクに繋がるため、これらの評価と管理はリハビリテーションにおいて非常に重要です。必要に応じて**運動負荷試験**などを行い、個々の患者様に適した運動強度を決定します。


2.5 運動すると心臓や血管はどうなる?運動時の心血管応答

2.5.1 心拍数・心拍出量の変化

運動を開始すると、活動する骨格筋はより多くの酸素を必要とします。この需要に応えるため、体は**交感神経**活動を高め、心臓に対して「もっと働け!」という指令を出します。その結果、**心拍数(HR: Heart Rate)**が増加し、心臓が1回の拍動で送り出す血液量である**一回拍出量(SV: Stroke Volume)**も増加します(ある程度の運動強度まで)。これにより、心臓が1分間に送り出す総血液量である**心拍出量(CO: Cardiac Output = HR × SV)**は大幅に増加します。特に、ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動では、安静時に比べて心拍出量が数倍にもなり、活動筋への血流が劇的に増えます。運動強度が高くなるにつれて心拍数は最大近くまで上昇しますが、一回拍出量は一定の強度を超えると頭打ちになる傾向があります。心疾患を持つ患者様の場合、過度な運動負荷は心筋虚血(酸素不足)や危険な不整脈を引き起こすリスクがあるため、個々の状態に応じた適切な負荷設定が極めて重要です。

2.5.2 血圧の変動と血流の再分配

  • 収縮期血圧(SBP, 上の血圧): 運動強度が高まるにつれて、心拍出量の増加を反映して**上昇**します。特に、重りを持つようなレジスタンストレーニングでは、息こらえ(バルサルバ効果)なども伴い、瞬間的にかなり高い値を示すことがあります。
  • 拡張期血圧(DBP, 下の血圧): 有酸素運動中は、活動筋の血管が拡張して末梢血管抵抗がやや低下するため、通常は**ほとんど変化しないか、軽度に低下**します。運動中に拡張期血圧が異常に上昇する場合は、注意が必要です。
  • 血流分配: 運動時には、体は血液をより効率的に使うために「再分配」を行います。活動している**骨格筋**や**心臓**自身、そして体温調節のための**皮膚**への血流が増加する一方で、消化器系などの**内臓**への血流は一時的に減少します。

心不全や狭心症などの患者様では、過度の血圧上昇や心拍数上昇は心臓への負担を増大させ、症状を悪化させる危険があります。そのため、リハビリ開始前に**運動負荷試験**(トレッドミルや自転車エルゴメーターなどを使用)を行い、安全に運動できる心拍数や血圧の範囲(ターゲット心拍数など)を把握した上で、プログラムを進めることが一般的です。低強度から中強度の有酸素運動や、運動と休息を繰り返すインターバルトレーニングなどを適切に行うことで、心血管系の機能を徐々に改善していくことを目指します。


2.6 臨床応用:心臓リハビリテーションにおける知識の活用

これまで見てきた心臓と血管の知識は、**心臓リハビリテーション(心リハ)**の分野で直接的に活かされます。心リハは、**心筋梗塞**や**狭心症**、**心不全**といった心疾患を経験された方や、**心臓手術後**の患者様などを対象に、再発予防、体力・生活の質の向上、社会復帰の支援を目的として行われる包括的なプログラムです。心リハは主に以下の要素で構成されます。

  1. 運動療法: 心リハの中核となる要素です。患者様の状態に合わせて、心電図や血圧、SpO2などをモニタリングしながら、安全な範囲内で運動を行います。6分間歩行テストなどの評価に基づき、トレッドミル歩行や自転車エルゴメーターを用いた**有酸素運動**を、目標心拍数や自覚的運動強度(ボルグスケールなど)を目安に徐々に負荷を上げていきます。筋力低下が顕著な場合には、低負荷の**レジスタンストレーニング**も組み合わせて行われますが、血圧の急上昇などに注意し、適切な指導と安全管理が不可欠です。
  2. 生活指導(患者教育): 病気に関する知識、危険因子(高血圧、脂質異常症、糖尿病、肥満など)の管理、栄養指導(減塩食など)、禁煙指導、服薬管理、ストレスマネジメントなど、生活習慣の改善をサポートします。
  3. 心理・社会的サポート: 心臓病を経験すると、将来への不安や抑うつ状態に陥ることが少なくありません。カウンセリングやグループセッションなどを通じて精神的なサポートを提供し、復職や社会活動への参加を支援することも重要な要素です。

理学療法士・作業療法士は、心リハチームの一員として、特に運動療法の計画・実施・評価において中心的な役割を担います。患者様一人ひとりの状態を正確に評価し、**適正な運動負荷量**を設定・調整すること、**自覚的運動強度(RPE)**を正しく理解・活用してもらうこと、運動中の異常(胸痛、息切れ、めまい、異常な心電図変化、血圧の急変など)を早期に発見し、速やかに対処できる知識と技術が求められます。これらの実践はすべて、これまで解説してきた心血管系の解剖生理学に基づいています。循環動態の基礎を理解していなければ、安全かつ効果的な心臓リハビリテーションを提供することは困難であり、場合によっては患者様を危険にさらすことにもなりかねません。

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