運動時呼吸応答を解説! Phase I–IIIからVT₁/V T₂など臨床で使える呼吸生理学

運動時呼吸応答を解説! Phase I–IIIからVT₁V T₂など臨床で使える呼吸生理学

こんにちは、理学療法士の大塚です。今回は、理学療法士・作業療法士の臨床に不可欠な「運動時の呼吸応答」を、基礎から応用まで詳細に解説します。

運動時呼吸応答の全体像:なぜ運動で息が上がるのか?

運動を開始すると、私たちの身体はより多くの酸素を必要とし、それに伴い呼吸も変化します。この運動時の呼吸応答は、大きく3つのフェーズに分けられ、それぞれ異なる生理学的メカニズムが関与しています。これらの理解は、効果的なリハビリテーションプログラム立案に不可欠です。

6.1 運動開始直後の数秒間:Phase I(神経性促進期)- 息切れの最初の波

運動を開始し、文字通り1歩目を踏み出した瞬間から約20秒間がPhase Iです。この段階では、大脳の運動関連領域(運動皮質)小脳(隣接小脳核)から、脳幹にある呼吸中枢(延髄・橋)へ「運動開始!」という“準備信号”が瞬時に送られます。

  • VE(分時換気量):安静時の2~3倍へと急上昇します。まさに“瞬間ジャンプ”です。

  • 主なメカニズム

    • 運動皮質から呼吸リズム形成に関わるPRG(橋呼吸ニューロン群)、そしてDRG(背側呼吸ニューロン群)への促通シグナル。
    • 筋肉や関節にあるセンサー(機械受容器:筋紡錘・関節受容器)からの情報(大径Ia/II群求心性線維)が、呼吸の運動出力を担うVRG(腹側呼吸ニューロン群)を直接的に興奮させます。
  • 臨床での応用例:脳卒中などにより運動皮質が損傷を受けると、このPhase Iの反応が遅れがちです。その結果、患者さんは歩行開始時に強い息切れを感じやすくなります(労作性息切れ)。

    介入のヒント:運動前に動作をイメージするメンタルリハーサルや、一定のリズムで歩行練習を行うテンポトレッドミルなどを活用し、運動開始の事前シグナルを強化することで、息切れ感の軽減が期待できます。


6.2 運動開始20秒~2分:Phase II(化学的・温度的調整期)- 代謝産物への応答

運動開始から20秒が経過し、2分程度までの期間がPhase IIです。この段階では、筋肉でのエネルギー代謝が本格化し、VCO₂(二酸化炭素産生量)が急速に増加します。身体はこれに反応して呼吸を調整します。

  • 中枢化学受容体:脳脊髄液中の水素イオン(H⁺)濃度の上昇を約30~40秒で感知し、VE(分時換気量)をさらに約1.5倍増加させます。
  • 末梢化学受容体:頸動脈や大動脈弓に存在する頸動脈小体・大動脈小体が、血流速度の増加やわずかな動脈血酸素分圧(PaO₂)の低下を敏感に捉え、換気を促進します。
  • 皮膚温受容体:体表面温度が約0.3℃上昇するだけでも、その情報が呼吸中枢に入力され、「体温性換気上昇」と呼ばれる反応を引き起こします。
  • リハビリテーションにおける指標:Phase IIの立ち上がりにおけるVO₂ kinetics(酸素摂取動態の指標、τ:タウ値)は、有酸素運動能力(持久力)を予測する重要な因子となります。
    • τ(タウ値) < 20秒:酸素供給システムが良好に機能している状態。
    • τ(タウ値) > 40秒:COPD(慢性閉塞性肺疾患)やHFpEF(左室駆出率の保たれた心不全)の患者さんで多く見られ、インターバル運動トレーニングによる改善が期待されます。

6.3 運動開始2分以降:Phase III(定常状態または漸増期)- 運動強度に応じた呼吸調整

運動開始から2分以上経過すると、運動強度に応じて呼吸応答は定常状態(Steady State)に至るか、さらに漸増(Progressive Rise)していきます。このフェーズでの呼吸パターンは、運動の負荷設定に直結する重要な情報を含んでいます。

運動強度区分主な代謝指標典型的な呼吸応答臨床的な意味と介入のポイント
軽~中等度強度(VT₁ 未満)RER(呼吸交換比) ≤0.85, 血中乳酸濃度 [La⁻] <2 mMVE/VO₂(換気性作業効率) ≈25–30、VT(1回換気量)増加が主体, f(呼吸数) 12–20 回/minリハビリテーション初期の歩行訓練や有酸素運動の目安となる強度。会話が可能なレベル。
中等度~高強度(VT₁ – VT₂ の間)RER 0.85–1.0VT(1回換気量)がプラトーに達し、f(呼吸数)の上昇が主体となる。VE/VCO₂(CO₂排出効率)が最も良くなる(nadir:最下点)。持久力向上を目指すトレーニングゾーン。高強度インターバルトレーニング(HIIT)などが推奨される。
高強度~最大下努力(VT₂ 超過)RER ≥1.0, 血中乳酸濃度 [La⁻] >4 mMVE/VO₂ と VE/VCO₂ が共に急上昇。呼吸予備能の使用率も高まる。呼吸筋の仕事量増大によるメタボレフレックス(後述)が発現しやすくなる。COPD患者さんでは呼吸困難が著しく増強し、運動継続が困難になる非許容域。

◆ 理解必須!換気性作業閾値(VT₁ / VT₂)とは?

運動強度と呼吸応答の関係を評価する上で、VT(Ventilatory Threshold)は極めて重要な概念です。

  • VT₁(第一換気性作業閾値):有酸素運動の指標。血中乳酸が徐々に上昇し始めるポイントで、VE/VO₂(換気量/酸素摂取量)のグラフが折れ曲がる点として観察されます。「Lactate Threshold (LT)」とほぼ同義で扱われることもあります。
  • VT₂(第二換気性作業閾値)またはRCP(呼吸性代償開始点):無酸素運動の要素が強まる指標。乳酸産生が緩衝能力を上回り、代謝性アシドーシスを代償するために過換気が起こり、VCO₂(二酸化炭素排出量)がVO₂(酸素摂取量)以上に増加し始めるポイント。VE/VCO₂ のグラフが折れ曲がる点として観察されます。
  • 臨床での活用:CPX(心肺運動負荷試験)によってこれらの閾値を正確に決定し、%VT₁(VT₁を基準とした運動強度)での有酸素能力向上トレーニングや、%VT₂(VT₂を基準とした運動強度)でのパワー向上や高強度インターバルトレーニングの処方をデザインします。

6.4 運動中の呼吸メカニクスのダイナミックな変化

運動強度が上昇するにつれて、私たちの呼吸の仕方(メカニクス)もダイナミックに変化します。

  1. VT(1回換気量)の変化:高強度運動で最大1.8~2.5リットルに

    • 運動強度が上がると、まず1回換気量(VT)が増加します。しかし、胸郭の拡張には限界があるため、ある強度でVTはプラトー(頭打ち)に達します。それ以上の換気量の増加は、主に呼吸数(f)を増やすことで確保されます。
  2. EELV(呼気終末肺容量)の変化:健常者とCOPD患者の違い

    • 健常者:運動時にはEELVが安静時よりも約5~10% FVC(努力性肺活量)分だけ低下します。これにより、吸気時にさらに多くの空気を吸い込むためのリザーブ(余裕)が確保されます。

    • COPD(慢性閉塞性肺疾患)患者:気道の閉塞により息を十分に吐き出せないため、運動時にはEELVが逆に増加する現象(Dynamic Hyperinflation:動的肺過膨張)が起こりやすいです。これにより吸気筋が短縮した状態で活動を強いられ、最大吸気筋力(PImax)が約24%も低下すると報告されています。

      対策:口すぼめ呼吸(Pursed-lip breathing)の指導や、体幹を前傾させるチルト姿勢を取ることで、EELVを3~5%程度低減させ、呼吸困難感の軽減を図れる場合があります。

  3. 呼吸筋への血流配分:身体は呼吸を優先する

    • 最大酸素摂取量(VO₂max)に近い高強度運動時では、活動している脚の筋肉への血流を一部(約10~15%)制限し、その分を呼吸筋へ優先的に再配分する現象(呼吸筋メタボレフレックス)が起こります。これは生命維持に不可欠な呼吸を優先するための生理的反応です。
    • IMT(吸気筋トレーニング)の効果:6週間の吸気筋トレーニング(IMT)を行うことで、横隔膜の収縮力指標であるPdi(経横隔膜圧)が15%向上し、メタボレフレックスの誘発閾値が上昇。結果として、下肢の持久力が12%向上したという報告もあります。

6.5 換気と血流のバランス(V̇/Q̇比)の最適化とその限界

肺胞での効率的なガス交換には、換気量(V̇)と肺血流量(Q̇)のバランス(V̇/Q̇比)が適切に保たれることが重要です。運動時にはこのバランスも変化します。

肺の部位安静時のV̇/Q̇比高強度運動時のV̇/Q̇比V̇/Q̇不均衡が問題となるシナリオ
肺尖部(肺の上部)約3~4(換気過多)約5~7に上昇高地環境での激しい運動時などでは、換気は増えるものの血流が追いつかず、運動誘発性低酸素血症(Exercise Induced Arterial Hypoxemia: EIAH)の一因となることがあります。
肺底部(肺の下部)約0.6–0.8(血流過多)約0.9–1.2へと改善(より均等化)うっ血性心不全では肺水腫により換気が障害され、シャント(換気されない血流)が増加し、ガス交換効率が悪化します。
微小血栓塞栓後などV̇/Q̇ミスマッチが増大COVID-19後遺症などで見られる肺拡散能(DLCO)の低下は、微小な血栓などによるV̇/Q̇ミスマッチの関与が示唆されます。

◆ スポーツ選手にも起こりうるEIAH(運動誘発性低酸素血症)とその対策

  • 特に、低地でのトレーニングにおけるVO₂maxが60 mL/kg/minを超えるような高い持久力を持つアスリートで、高強度運動時に見られることがあります。
  • 対策としては、40%程度の高濃度酸素(FiO₂)を吸入しながらのスプリントインターバルトレーニングや、呼気抵抗を加えた呼吸筋トレーニングなどが、運動中の動脈血酸素飽和度(SpO₂)を92%から96%程度へ改善させる可能性が報告されています。

6.6 運動後の疲労と回復:呼吸筋と四肢筋、どちらを優先?

運動後の回復過程においても、呼吸器系の応答は重要です。

  • 回復期の換気(Recovery VE):運動を終えると、筋ポンプ作用(筋肉の収縮による静脈還流促進)が停止するため、VRG(腹側呼吸ニューロン群)への刺激が減少します。一方で、体内に蓄積した二酸化炭素(PaCO₂が軽度上昇)により中枢化学受容体が刺激され、緩やかな換気が持続します。
  • 呼吸筋への積極的アプローチによる回復促進:運動後のクールダウンに、呼吸筋ストレッチや低負荷の吸気筋トレーニング(IMT)を5分程度加えることで、VT₁(第一換気性作業閾値)レベルまでの回復時間が約22%短縮されたという研究結果があります。
  • INCET©(包括的ニューロリハビリテーション・コンセプト)における身体×脳の統合的視点:呼吸筋を対象としたクールダウンは、求心性神経活動(afferent Φ activity)を鎮静化させ、前頭葉におけるRPE(主観的運動強度)の評価を低下させる可能性があります。これにより、トータルのセッション遂行量の向上や、次回のトレーニングへのポジティブな影響が期待できます。

6.7 【臨床応用】代表的な疾患における「運動時呼吸応答プロファイル」

疾患によって運動時の呼吸応答は特徴的なパターンを示します。これらを理解し評価することが、効果的なリハビリテーション介入に繋がります。

対象疾患特徴的な呼吸応答評価のポイント介入のキーポイント
COPD(慢性閉塞性肺疾患)GOLD分類3などの中等症~重症例動的肺過膨張(Dynamic hyperinflation)、1回換気量(VT)の早期プラトー化VE/VCO₂ slope(換気応答の傾き)の増大、安静時IC(最大吸気量)と比較して運動時のIC低下が0.4L以上など口すぼめ呼吸(PLB)、吸気筋トレーニング(IMT:最大吸気圧の40%程度)、歩行運動と非侵襲的陽圧換気(NIV)の併用など
間質性肺炎運動初期からの運動誘発性低酸素血症(EIAH)、肺拡散能(DLco)の低下4~5 METs程度の運動負荷で動脈血酸素飽和度(SpO₂)が88%未満に低下必要に応じて酸素吸入(例:3L/分)を併用し、SpO₂を維持しながらの高強度インターバルトレーニング(HIIT:例 30秒運動/30秒休息)など
心不全(HFrEF:左室駆出率の低下した心不全)VT₁(第一換気性作業閾値)の出現は比較的保たれるが、VT₂(第二換気性作業閾値)が早期に出現し低い値を示す。VE/VCO₂ slope が34を超える場合は予後不良因子。CPX(心肺運動負荷試験)による包括的評価自覚症状(RPE:主観的運動強度13~14程度)に基づいた運動強度設定、吸気筋トレーニング(IMT)、遠隔虚血プレコンディショニング(RIPC)など
脳卒中後遺症Phase I(神経性促進期)の反応遅延、呼吸数(f)の不規則性・非効率な呼吸パターン横隔膜筋電図(Tidal EMGdia)のコヒーレンス(同調性)低下など呼吸リズムと歩行リズムを同期させる呼吸メトロノーム歩行、呼吸筋トレーニングなど

6.8 INCET©四層アプローチを用いた「運動呼吸リハビリテーションプログラム」設計例

INCET©(包括的ニューロリハビリテーション・コンセプト)の四層(身体・脳・環境・心理)モデルは、運動時の呼吸応答に対する介入を多角的にデザインする上で有用なフレームワークです。

介入層具体的な介入アプローチ例目標
身体層 (Body)吸気筋トレーニング(IMT:最大吸気圧の50%で週5回×6週間)、胸郭可動域訓練、高強度インターバルトレーニング(HIIT:VT₂の85%強度)呼吸筋パワーの増強、換気予備能(VE reserve)の拡大
脳層 (Brain)呼吸ペーシングアプリ(4~6Hzの視覚・聴覚刺激)、運動前のメンタルリハーサル(運動イメージ)Phase I(神経性促進期)の立ち上がり時間の短縮、呼吸パターンの最適化
環境層 (Environment)作業療法室や訓練室の室内CO₂濃度管理(例:600ppm以下)、適切な湿度(RH 50%)・室温(23℃)の維持化学受容器への過度な刺激を抑制し、快適な運動環境を提供
心理層 (Psyche)運動意欲を高める音楽(例:Flow誘導音楽 120bpm)、呼吸困難感に対する認知行動療法(CBT)的アプローチRPE(主観的運動強度)の低減、自己効力感(Self-efficacy)の向上、運動継続意欲の促進

まとめ:明日からの臨床に活かす!運動時呼吸応答の“5つの黄金律”

運動時の呼吸応答は複雑ですが、以下の5つのポイントを押さえることで、臨床での評価・介入の質が大きく向上します。

  1. Phase Iの神経ドライブを最大限に引き出す:適切なウォームアップや声掛け、メンタルリハーサルで、運動開始直後の息切れ(“スタートダッシュ”の息切れ)を防ぎましょう。
  2. Phase IIの化学的シフトはPaCO₂コントロールが鍵:動脈血ガス分析(ABG)や呼気終末二酸化炭素濃度(ET-CO₂)モニターなどを活用し、安全な運動負荷域を設定しましょう。特にCOPDや心不全患者さんでは重要です。
  3. VT₁・VT₂を臨床で活用する:CPXデータがない場合でも、BorgスケールやTalk Testなどから類推し、%VTに基づいた運動処方を行うことで、有酸素能力向上とパワー向上のバランスを最適化できます。
  4. 呼吸メカニクスと呼吸筋血流に目を向ける:1回換気量や呼吸数だけでなく、EELVの変化や呼吸筋疲労の兆候(肩呼吸、努力呼吸など)を評価し、必要に応じてIMT、口すぼめ呼吸指導、適切な体位選択、時にはPEEP(呼気終末陽圧)利用も検討しましょう。
  5. INCET©四層アプローチで全人的に介入する:身体機能だけでなく、脳機能、環境調整、心理的サポートを統合し、患者さんのHOPE(希望)に寄り添った“より楽で、より効果的な呼吸を伴う運動体験”をデザインしましょう。

INCET concept (統合的神経認知運動療法®︎)とは?

統合的神経認知運動療法®は、ICFとバイオ・サイコ・ソーシャルモデルを再編し、「存在意義/社会/心理/身体」の4層と「身体・脳・環境」の三位一体を一望できる臨床フレームです。HOPE(患者のしたい生活)から逆算し、工程→ADL→基本動作→局所の階層で課題を抽出。構造・中枢神経・環境・発達歴・心理認知の5視点を重ね、階層性・統合性・個別性・持続性の4原則で介入を体系化します。徒手療法やNMES、プロプリオセプション訓練、ミラーセラピー、住環境改修、CBT的コーチングを組み合わせ、神経可塑性と行動変容を最大化。家族や職場を「治療環境」として巻き込むことで社会参加と再発予防を同時に狙える点が特徴です。共通言語が確立されるため多職種連携が円滑になり、記録・説明の時間も短縮。AIデータ解析とオンラインフォローで遠隔でも質を担保し、エビデンスとアウトカムを可視化。新卒からベテランまで使える評価チャートと5×5介入マトリクスを習得できる認定コースで、明日からのPT/OT実践をアップグレードしませんか?次世代の臨床力を一緒に磨きましょう。詳細はこちら>>>統合的神経認知運動療法®とは

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