デイサービスの現場で働くと、認知症の方の「見当識障害」「記憶障害」「排泄の混乱」など、多くの課題に直面します。作業療法士(OT)の視点を取り入れることで、こうした課題を整理し、本人・家族双方の安心につなげることができます。
この記事では、認知症ケアにおける評価のポイントと介入の工夫を、具体的にご紹介します。
認知症の特徴とデイサービスでのADL課題
認知症は単なる「物忘れ」ではありません。様々な認知機能の低下により、日常生活全般に支障をきたす疾患です。
主要な認知症状とADLへの影響
認知症の中核症状が、ADL(日常生活動作)にどのように影響するかを整理します。
記憶障害
- 症状:新しいことを覚えられない、過去の記憶を思い出せない
- ADLへの影響:
- 食事をしたことを忘れる
- トイレの場所を忘れる
- 着替えの手順を忘れる
- 服薬管理ができない
見当識障害
- 症状:時間・場所・人の認識が困難
- ADLへの影響:
- デイサービスの場所が分からない
- 帰宅願望(「家に帰りたい」)
- スタッフや他利用者の認識困難
- 季節に応じた服装選択ができない
実行機能障害
- 症状:計画立案・問題解決・段取りが困難
- ADLへの影響:
- 入浴の手順が分からない
- 料理の段取りができない
- 金銭管理が困難
- 複数の作業を同時進行できない
失語・失行・失認
- 症状:言葉・動作・認識の障害
- ADLへの影響:
- 意思疎通の困難
- 道具の使い方を忘れる(例:箸、歯ブラシ)
- 物や人の認識ができない
デイサービスで多く見られるADL課題
特に現場で問題となりやすい3つの場面での課題を挙げます。
1. 食事場面での課題
- 食事をしたことを忘れて「まだ食べていない」と訴える
- 食事の手順が分からず、手づかみで食べる
- 食べ物と食べ物以外の区別がつかない
- 他の人の食事を取ってしまう
2. 排泄場面での課題
- トイレの場所が分からない
- 排泄の手順を忘れて着衣のまま座る
- トイレでない場所で排泄してしまう
- 清拭の方法を忘れる
3. 入浴場面での課題
- 入浴を拒否する(なぜ服を脱ぐのか理解できない)
- 洗体の手順が分からない
- 温度調節ができない
- 転倒リスクが高い(判断力低下)
認知症の評価:OTの専門的視点
認知症ケアの第一歩は、その人の状態を多角的に「評価」することです。OTは標準化された評価と、実際の生活場面での観察を組み合わせて行います。
標準化された評価ツール
客観的な指標として用いられる代表的な評価ツールです。
1. MMSE(Mini-Mental State Examination)
- 評価内容:見当識、記憶、注意・計算、言語機能
- 所要時間:10-15分
- 判定基準(目安):
- 24点以上:正常範囲
- 20-23点:軽度認知障害の疑い
- 10-19点:中等度認知症
- 9点以下:高度認知症
- デイサービスでの活用法:
- 初回評価、3ヶ月ごとの経過評価
- 家族・ケアマネへの報告資料
- 介入プログラム立案の基礎データ
2. 時計描画テスト
- 方法:
- 円を描く
- 数字を入れる
- 指定された時刻(例:10時10分)を針で表示
- 評価ポイント:
- 円の形状、数字の配置、針の位置と長さ、全体的な構成力
- 認知機能との関連:
- 視空間認知、実行機能、注意・集中力、記憶機能
3. Trail Making Test(TMT)
- Part A:数字1-25を順番に線で結ぶ
- Part B:数字1-13とひらがなあ-しを交互に線で結ぶ
- 評価要素:
- 注意・集中力、作業記憶、認知的柔軟性、処理速度
生活場面での観察評価
標準化評価以上に重要なのが、実際のADL場面での観察です。「なぜ、できないのか」を分析します。
ADL観察チェックポイント
- 食事場面:
- 食具の使用方法は適切か
- 食べる順番に問題はないか
- 食事ペースは適切か
- 水分摂取は十分か
- 移動・歩行場面:
- 目的地に迷わず向かえるか
- 障害物を適切に避けられるか
- 段差での注意は適切か
- 転倒リスクはどの程度か
- 更衣場面:
- 衣類の前後・裏表を間違えないか
- 季節に適した服装を選択できるか
- 着脱の手順は保たれているか
- 更衣に要する時間は適切か
- コミュニケーション場面:
- 会話の内容を理解できるか
- 自分の意思を伝えられるか
- 質問に適切に答えられるか
- 社会的な関係を保てるか
認知症ケアにおけるOTの介入戦略
評価に基づき、OTは「機能訓練」だけでなく、「残存機能の活用」「環境調整」「コミュニケーション」を駆使して介入します。
1. 残存機能を活かしたアプローチ
失われた機能に注目するのではなく、保たれている能力を最大限に引き出します。
手続き記憶の活用
認知症が進行しても比較的保たれるのが、頭で考える記憶(エピソード記憶)ではなく、身体が覚えている記憶(手続き記憶)です。
- 活用例:
- 料理活動:長年の経験による手順の記憶
- 裁縫:指先の感覚と動作の記憶
- 楽器演奏:身体に染み付いた動作
- 書道:筆の持ち方、文字を書く動作
- プログラム例(料理):
- 評価段階:得意だった料理、好きな食べ物を聴取
- 導入段階:野菜洗い、皮むきなど単純作業から開始
- 発展段階:味噌汁作り、簡単な煮物などへ段階的拡大
- 役割付与:「料理の先生」として他利用者へ指導
感情記憶の重視
具体的な出来事は忘れても、「楽しかった」「嬉しかった」という感情の記憶は残りやすい特徴があります。
- 感情記憶を活用した介入:
- 音楽療法:好きだった歌、思い出の曲
- 回想法:昔の写真、道具を使った思い出話
- 園芸療法:土に触れる感覚、植物の世話
2. 環境調整による支援
ご本人の能力低下を補うために、物理的・心理的な環境を整えます。
物理的環境の工夫
- 見当識障害への対応:
- 大きな時計・カレンダーの設置
- 季節感のある装飾
- 家族写真、昔の写真で記憶を刺激
- 記憶障害への対応:
- 分かりやすい表示:トイレ、食堂などの場所表示(文字だけでなく絵や写真も有効)
- 動線の単純化:迷いにくいレイアウト
- 色分け:目的別に色を統一(例:トイレは青色)
- 実行機能障害への対応:
- 手順の視覚化:写真付きの手順表(例:トイレでの手順、手洗いの手順)
- 道具の整理:使いやすい場所に必要なものを配置
- 選択肢の限定:混乱を避けるため選択肢を減らす(例:服は2択にする)
心理的環境の調整
- 安心できる雰囲気作り:
- 馴染みのあるスタッフ配置(関係性の継続)
- ゆったりとした時間設定(急かさない環境)
- 失敗を責めない文化:安心して活動に参加できる雰囲気
3. コミュニケーション技法
バリデーション療法の活用
認知症の方の感情や体験を否定せず、共感的に受け入れる技法です。
迎えが来ないから家に帰れない
[NG対応] お迎えは夕方ですよ(現実を押し付ける)
[OK対応] 心配になりますね。お家が恋しいのですね(感情に共感)
リダイレクション技法
話題や関心を自然に他のことに向ける技法です。
財布を盗まれた!
それは心配ですね。(共感)
ところで、今日のお昼ご飯のお魚、美味しかったですね。何のお魚でしたっけ?(関心をそらす)
4. 習慣化プログラムの実践
日課の構造化
一日の流れを明確にし、ルーティン化することで見通しが立ち、不安を軽減します。
- デイサービス到着後のルーティン例:
- 荷物の整理
- バイタルチェック
- 水分補給
- 朝の挨拶・体操
- 効果:
- 見通しが立つことで不安軽減
- 習慣化により自主的な行動促進
- スタッフの支援も効率化
認知機能訓練プログラム
- 計算・記憶訓練:
- レベル別アプローチ(軽度:簡単な足し算、中等度:一桁の計算、重度:数の認識)
- 手工芸を活用した訓練(例:折り紙、編み物):
- 注意・集中力:正確に折る作業
- 記憶機能:手順の記憶
- 実行機能:完成に向けての計画
- 達成感:作品完成による自己効力感
多職種連携による包括的支援
OTはチームの「ハブ」として、他職種と情報を連携し、ケアの質を高めます。
看護師との連携
- 情報共有内容:
- 服薬状況:認知症治療薬の効果と副作用
- 身体状況:発熱・脱水によるせん妄・意識レベル変化の確認
- BPSD:行動・心理症状の出現パターン
- 連携の実際:
- 看護師:「昨日から少し興奮しやすくなっています」
- OT:「活動内容を落ち着いたものに変更し、1対1での関わりを増やします」
介護職との連携
日常ケアの最前線にいる介護職との連携は不可欠です。
- OTから介護職への情報提供:
- 「Aさんは午後に不安が強くなる傾向があります。3時頃に声をかけてもらえますか?」
- 「Bさんは手順書があると自分でできます。トイレ前に手順表を貼ってください」
- 介護職からOTへのフィードバック:
- 「昨日の折り紙、とても集中してできていました」
- 「最近、食事前の手洗いを自分からするようになりました」
家族支援:デイサービスの重要な役割
家族への情報提供と指導
- デイサービスでの様子の報告(具体的に):
- 「お母様は、今日も元気に料理のお手伝いをしてくださいました。じゃがいもの皮むきを30分間集中して行い、『昔よくやったのよ』と笑顔でお話しされていました」
- 家庭での関わり方の提案:
- 「デイサービスでは簡単な調理を喜んでされています。ご自宅でも、野菜を洗ったり、お米を研いだりの簡単なお手伝いから始めてみてはいかがでしょうか」
家族の心理的支援(レスパイトケア)
- 家族の悩みに共感:
- 「在宅での介護、本当にお疲れ様です」
- 「認知症になっても、お母様らしさは十分に残っています」
- 「デイサービスでは皆さんから慕われていますよ」
実践事例:認知症ケアの成功例
OTの介入による具体的な改善事例を紹介します。
事例1:料理を通じた自信回復
- 対象者:山田さん(80歳代女性、アルツハイマー型認知症、MMSE:16点)
- 主な課題:「何もできない」と意欲低下。家族も「危ないから」と何もさせない状況。
- OTの介入:
- 生活歴の聴取:専業主婦として家族の食事を作り続けてきたことを確認。
- 段階的アプローチ:第1週は野菜洗い・皮むき → 第2週から切る作業(安全な包丁) → 第4週に味見・調味料の調整、と段階的に役割を付与。
- 3ヶ月後の変化:「今日は何を作りますか?」と積極的になり、他利用者に指導する場面も。家族からも「家でも簡単な手伝いを喜んでするようになった」と報告あり。
事例2:環境調整による行動改善
- 対象者:佐藤さん(70歳代男性、血管性認知症)
- 主な課題:トイレの場所が分からず失禁。夕方に帰宅願望が強くなる(夕暮れ症候群)。
- 環境調整の内容:
- トイレの視覚化:ドアに大きく「お手洗い」と表示し、床に誘導テープを設置。自動点灯ライトで常時明るくする。
- 夕暮れ症候群への対応:午後3時頃から個別対応を強化。好きだった将棋の相手を職員が務め、関心を引く。
- 2ヶ月後の変化:トイレでの失敗が週1-2回に減少。夕方の不安が軽減し、落ち着いて過ごせる時間が増加。「将棋が楽しみ」と積極的な発言も。
事例3:多職種連携による包括支援
- 対象者:田中さん(70歳代女性、レビー小体型認知症)
- 複合的な課題:幻視による不安・興奮。パーキンソン症状による転倒リスク。家族の介護疲れ。
- チームアプローチ:
- 看護師:幻視の状況把握、服薬調整の医師への提案。
- OT:安心できる環境作り(静かな場所の確保)、転倒予防訓練。
- 介護職:日常的な見守り、不安時の対応(バリデーション)。
- 相談員:家族支援、サービス調整。
- 統合的な介入効果:幻視による興奮が減少。転倒なく安全に過ごせている。家族のレスパイト(介護負担軽減)にも貢献。
まとめ:認知症ケアにおけるOTの専門性
認知症ケアにおいて、作業療法士は単に症状を評価するだけでなく、残存機能を最大限に活かし、その人らしい生活を支える専門職として重要な役割を担います。
認知症ケアにおけるOTの4つの特徴
- 全人的な評価
認知機能だけでなく、身体機能、心理面、社会面を包括的に評価し、生活歴や価値観を重視した個別性のあるアプローチを行います。 - 「活動」を通じた介入
意味のある活動(料理、園芸、手工芸など)を通じて、認知機能の維持・向上とQOL向上を図ります。 - 環境調整の専門性
物理的環境(表示、動線)と社会的環境(コミュニケーション、雰囲気)の両面から支援環境を整備し、混乱を最小限に抑えます。 - 多職種連携のハブ機能
専門的評価結果をもとに、チーム全体の支援方針を提案し、家族支援を含めた包括的ケアを推進します。
認知症になっても、適切な支援があれば「その人らしい生活」を継続することは可能です。デイサービスにおける作業療法士の専門性を活かし、利用者・家族・地域社会全体が安心して暮らせる社会の実現に貢献していきましょう。
本記事で取り上げた工夫は、認知症ケアの一部分に過ぎません。現場では「評価→介入→情報共有」という一連の流れを整理して学ぶことで、より実践的な支援につながります。









