「反ると痛い」その腰痛、腰椎だけ見ていませんか? 〜上殿皮神経と胸郭の運動連鎖〜

「反ると痛い」その腰痛、腰椎だけ見ていませんか? 〜上殿皮神経と胸郭の運動連鎖〜

こんにちは、理学療法士の赤羽です。

前回までのコラムでは、痛みの定義やBPSモデル(生物心理社会モデル)、そして痛みの「多面性」について理論的な部分をお話ししてきました。 今回はその理論を臨床に落とし込むための「症例検討」を通して、臨床推論のプロセスを共有したいと思います。

テーマは、臨床で非常に多く遭遇する「体幹伸展時の腰痛」です。

みなさんは、「腰を反るとお尻の上あたりがズキッと痛む」と訴える患者さんに対し、画像所見だけを頼りにアプローチしていませんか? もし、腰椎への介入だけで症状が改善しないのであれば、その痛みは筋肉や関節単体の問題ではなく、「上殿皮神経(SCN)」と、そこにストレスをかける「胸郭」の機能不全が関与している可能性があります。

今回は、解剖学と運動連鎖の視点から、この痛みの背景を推論していきます。

症例提示

  • 属性: 50代女性

  • 主訴: 洗濯物を干す時(上を見上げる動作)に、右の腰からお尻にかけて「走るような」痛みがある。

  • 現病歴: 3ヶ月前から徐々に痛みが出現。整形外科でレントゲンを撮り、加齢に伴う変化(いわゆる腰椎症)を指摘される。湿布等で様子を見ていたが改善せず、「このまま悪化するのではないか」という不安(情動的側面)も抱えて来院。

  • NRS: 7/10

  • 整形外科的テスト: Kempテスト陽性(右臀部への放散痛あり)

評価と臨床推論

まず、疼痛誘発動作である「体幹伸展」を観察しました。 すると、胸椎の伸展可動域が低下(猫背傾向)しており、その代償として下位腰椎で過剰な伸展(ハイパーモビリティ)が生じているように見受けられました。

Kempテストでも陽性となりましたが、これだけで「椎間関節性疼痛」と断定はできません。患者さんの訴えが「局所のズキッとする痛み」よりも「表面をビリッと走るような痛み」であったことから、私は神経障害性疼痛の可能性も視野に入れました。

そこで着目したのが「上殿皮神経(SCN)」です。

注目のポイント:上殿皮神経(SCN) 上殿皮神経は、文献によって多少の幅はありますが、概ねT11〜L5レベルの脊髄神経後枝から起こるとされています。 この神経の特徴は、腸骨稜を乗り越える際に、骨と胸腰筋膜で形成される「骨線維性トンネル(osteofibrous tunnel)」を通過する点です。解剖学的構造上、ここで絞扼(entrapment)を受けやすいとされています。

触診による確認 実際に、腸骨稜上で正中から外方約7〜8cmのポイント(絞扼好発部位)を触診すると、強い圧痛と臀部全体に広がる再現痛(Tinel様徴候)が確認されました。

立てた仮説(メカニズムの統合)

  1. 機能解剖学的要因: 胸郭(胸椎)の伸展可動域が低下している。

  2. 運動連鎖の代償: 動作時に腰椎が過剰に伸展を強いられる。

  3. 神経へのメカニカルストレス: 腰椎過伸展に伴い、背部の胸腰筋膜の緊張が高まることで、骨線維性トンネル部での内圧上昇や神経の滑走不全が生じている可能性がある。

  4. 疼痛発生: 結果として上殿皮神経由来の疼痛(いわゆるpseudo-sciatica)が生じているのではないか。

つまり、「画像上の変形」だけが痛みの原因ではなく、「胸郭の硬さと神経の絞扼」が現在の症状を構成する大きな要因であると考えました。

アプローチと結果

この仮説に基づき、痛みと神経の科学的根拠(Neuroscience)をベースにした介入を行いました。

1. 認知的側面へのアプローチ(患者教育) まず、画像上の変化は加齢に伴う一般的なものであり、それ自体が痛みの全ての原因とは限らないことを説明しました。「骨が壊れているわけではなく、神経が一時的に過敏になっている可能性がある」と伝えることで、構造的損傷への不安(恐怖回避思考)の軽減を図りました。

2. 神経系への徒手介入 患部を強く揉むのではなく、神経の走行や周囲の軟部組織(皮膚・筋膜)の状態を評価し、神経への物理的ストレスを減らすような徒手療法を行いました。

3. 胸郭・運動連鎖への介入 痛みが落ち着いた段階で、根本的な要因と考えられる「胸郭」へアプローチしました。胸椎の伸展可動域を拡大させるとともに、動作指導として「腰を反る」のではなく「胸(胸骨)を天井に向ける」意識での運動学習を行いました。

結果 介入後、伸展時の痛みはNRS 2/10まで軽減し、洗濯物を干す動作もスムーズに行えるようになりました。

まとめ

今回の症例から学べるポイントは3つです。

  1. 「反ると痛い」=「関節」とは限らない。 痛みの質や圧痛点を確認し、皮神経の絞扼という視点も持つことが大切です。

  2. 上殿皮神経(SCN)の解剖を知る。 腸骨稜外方約7〜8cmのポイントは、腰殿部痛を評価する上で重要な候補部位の一つです。

  3. 「木を見て森も見る」。 痛い場所(腰・神経)だけでなく、そこへ負担をかけている隣接部位(胸郭など)の運動連鎖を含めて評価する視点が重要です。

「なかなか痛みが取れない」と悩む症例に出会った際は、ぜひ一度、神経の走行や解剖学的特徴、そして全身の運動連鎖を再評価してみてください。

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