こんにちは、理学療法士の内川です。
「内転筋群の中でも“薄筋(はっきん)”ってどんな役割があるの?」
「鵞足炎(がそくえん)との関係は?どう評価すればいい?」
「内転筋と膝関節のつながりって、今まであまり意識してこなかった…」
セラピストとして、日々多くの患者様と向き合う中で、このような疑問を感じたことはありませんか?
薄筋は、内転筋群の中でも特に膝関節への関与が大きいという特徴を持つ、非常に興味深い筋肉です。股関節だけでなく膝関節にも作用するため、歩行や姿勢の安定、そして多くのセラピストが悩む膝周囲の痛み(特に鵞足炎)に深く関与しています。しかし、その重要性にも関わらず、臨床現場で意識的に評価・アプローチされる機会は、他の内転筋やハムストリングスに比べて少ないように感じます。
この記事では、そんな「薄筋」に焦点を当て、解剖学的な基礎知識から、臨床で役立つ評価方法、具体的なリハビリテーションでのアプローチまで、理学療法士・作業療法士の視点で分かりやすく解説していきます。
目次 [非表示]
1. 薄筋の解剖と作用
薄筋(Gracilis)の基本情報
- 起始:恥骨下枝
- 停止:脛骨粗面内側(鵞足)
- 支配神経:閉鎖神経(L2~L4)
- 主な作用:
- 股関節の内転
- 股関節の屈曲(補助的な役割)
- 膝関節の屈曲
- 膝関節の内旋(膝屈曲位において)
薄筋は、股関節と膝関節をまたぐ二関節筋です。内転筋群の中では唯一、膝関節の動きにも直接作用する点が、臨床において非常に重要な特徴となります。
また、停止部である脛骨粗面内側では、縫工筋(ほうこうきん)、半腱様筋(はんけんようきん)と共に「鵞足(がそく)」と呼ばれる共通の腱膜を形成します。この部位は、スポーツ選手や中高年女性に多い膝の内側の痛みの原因となる「鵞足炎」の好発部位としても知られています。
2. 薄筋の評価方法
薄筋の状態を把握するための評価方法を解説します。特に触診と伸張テストは臨床で頻繁に用いる手技です。
触診
- 患者を背臥位にし、股関節を可能な範囲で最大外転+屈曲させ、膝関節も屈曲させます。
- 大腿骨内側上顆のやや近位で、内側ハムストリングス(特に半腱様筋)の前方(1~2横指)に位置する索状の筋(薄筋)を触知します。
- 触知した状態で、患者にゆっくりと膝関節を伸展してもらうと、薄筋の緊張(伸張)や収縮(自動運動の場合)を感じ取ることができます。
ポイント: 鵞足炎などでは、この触診時に圧痛を訴えることが多くあります。
MMT(徒手筋力テスト):股関節内転
薄筋単独のMMTは困難ですが、股関節内転筋群全体の筋力を評価する中で、薄筋の貢献度を推測します。
段階 5, 4, 3
測定肢位:側臥位(テストしたい側の下肢を下にする)
- セラピストは、上になっている非テスト側の下肢を約25°外転させた状態で支えます。
- 患者に、下になっているテスト側の下肢を、ベッドから持ち上げて上の下肢に近づけるように指示します(股関節内転運動)。抵抗なしで全可動域動かせれば段階3です。
- 段階4, 5のテストでは、患者が内転運動を行う際に、セラピストが大腿遠位部(膝のすぐ上)に下方向への抵抗を加えます。
判断基準:
- 5 (Normal): 最大抵抗に抗して最終域まで動かせる。
- 4 (Good): 中等度~強度の抵抗に抗して最終域まで動かせる。
- 3 (Fair): 抵抗がなければ全可動域を動かせ、最終域を保持できる。
段階 2, 1, 0
測定肢位:背臥位
- 非テスト側の下肢は、内転運動の邪魔にならないように軽く外転させます。
- セラピストは、一方の手でテスト側の足部を支え(またはベッド上で滑らせるように指示し)、もう一方の手で大腿近位の内側面で内転筋群(薄筋を含む)の収縮を触知します。
- 患者に、股関節を内転させるように指示します。
判断基準:
- 2 (Poor): 重力の影響を除けば(ベッド面を滑らせるなど)、全可動域を動かせる。
- 1 (Trace): 筋の収縮は触知できるが、関節運動はほとんど、あるいは全く起こらない。
- 0 (Zero): 筋の収縮が全く触知できない。
伸張テスト(柔軟性評価)
- 患者をベッドや治療台の上で背臥位にします。
- 評価したい側の股関節を外転させ、膝関節を屈曲させます。(触診の開始肢位に似ています)
- その状態から、セラピストがゆっくりと膝関節を伸展させていきます。
評価ポイント:
- 膝伸展時の最終可動域(健側との比較)
- 伸張感や痛みの出現部位(大腿内側~膝内側にかけて)
- 最終域でのエンドフィール(筋性の場合は比較的弾力がある)
薄筋の短縮や柔軟性低下がある場合、膝の完全伸展が制限されたり、大腿内側に強い伸張感や痛みを訴えたりします。
3. 薄筋へのアプローチ(ストレッチ・滑走運動)
評価で硬さや短縮、圧痛などが確認された薄筋に対する具体的なアプローチ方法を紹介します。
ストレッチ
薄筋を効果的にストレッチするには、股関節と膝関節の両方の動きを利用します。
- 基本的な肢位は伸張テストと同様です。背臥位で股関節を外転させ、その位置から膝関節を伸展方向にゆっくりと動かしていきます。
- 大腿内側~膝内側にかけて心地よい伸張感を感じる位置で、20~30秒程度保持します。これを数回繰り返します。
- 注意点: 強い痛みを感じるほど伸ばさないようにします。特に鵞足炎などがある場合は、炎症を悪化させないよう慎重に行います。
滑走運動(モビライゼーション)
薄筋とその周囲の組織(筋膜、他の内転筋群、内側ハムストリングスなど)との間の滑走性を改善させるための手技です。
- 基本的な肢位は触診やストレッチと同様です。背臥位で股関節を外転・屈曲位にし、膝も屈曲させます。
- セラピストは薄筋を軽く触知(または把持)した状態で、患者にゆっくりと膝の屈曲・伸展運動を繰り返してもらいます。(自動介助運動でも可)
- これにより、薄筋が他の組織の上を滑る動きを促します。
- 膝屈伸の角度や股関節の外転角度を少しずつ変えながら行うと、より広範囲の滑走性を引き出すことができます。
4. 薄筋の機能低下がもたらす影響
薄筋の機能(筋力低下、短縮、過緊張など)が低下すると、身体にはどのような影響が現れるのでしょうか?
- 鵞足炎のリスク増加: 薄筋は鵞足の構成筋であり、硬さや過緊張は鵞足部へのストレスを増大させ、炎症(鵞足炎)を引き起こす一因となります。実際に、鵞足炎の患者様の多くに薄筋の圧痛や硬さが見られます。
- 歩行・動作時の不安定性: 股関節内転作用の低下は、立脚期における骨盤の安定性を損ない、体幹が左右に揺れる(トレンデレンブルグ徴候様の動揺)原因となることがあります。特に片脚立位や方向転換時に影響が出やすいです。
- 膝関節への影響: 膝屈曲・内旋作用を持つため、薄筋の機能不全は膝関節の運動パターンにも影響を与え、他の膝周囲筋への負担を増加させる可能性があります。変形性膝関節症(膝OA)の病態にも関与することが考えられます。
5. 【臨床メモ】現場で役立つ薄筋のポイント
日々の臨床で薄筋を診る際に、特に意識しておきたいポイントをまとめました。
- 薄筋は、長時間の座位や特定のスポーツ動作などで過緊張や短縮を起こしやすい傾向があります。そのため、筋力強化よりもまず柔軟性の確保(ストレッチやリリース)が重要となるケースが多いです。
- 膝の内側に痛みを訴える患者(特に鵞足炎が疑われる場合)では、必ず薄筋の圧痛、硬さ(短縮)、伸張時痛をチェックしましょう。縫工筋や半腱様筋だけでなく、薄筋へのアプローチが改善の鍵となることがあります。
- 変形性膝関節症(膝OA)の患者様では、内転筋群(薄筋を含む)が短縮していることが少なくありません。膝のアライメント異常(内反変形など)との関連も考慮し、柔軟性評価とストレッチ指導は重要です。
- 薄筋は、解剖学的に長内転筋、短内転筋、半腱様筋といった他の筋肉と隣接し、筋膜などを介して連結しています。アプローチの際は、これらの周囲組織との関係性も意識すると、より効果的な治療につながります。(例:薄筋リリース後に内側ハムストリングスの柔軟性が改善するなど)
6. まとめ:薄筋の重要ポイント
最後に、この記事で解説した薄筋に関する重要なポイントをまとめます。
解剖学的特徴と機能
- 起始は恥骨下枝、停止は脛骨粗面内側(鵞足)。
- 支配神経は閉鎖神経(L2~L4)。
- 股関節と膝関節をまたぐ二関節筋。
- 内転筋群で唯一、膝関節にも作用する。
- 主な作用は股関節内転、膝関節屈曲、膝関節内旋(屈曲位)。
- 縫工筋、半腱様筋と共に鵞足を形成。
- 長内転筋、短内転筋、半腱様筋などと筋連結がある。
評価と検査法
- 触診: 股関節外転・屈曲+膝屈曲位から膝伸展で確認。圧痛の有無もチェック。
- MMT(股関節内転): 側臥位(段階3以上)または背臥位(段階2以下)で評価。
- 伸張テスト: 背臥位で股関節外転位から膝伸展を行い、可動域や伸張感を評価。
臨床的意義とアプローチ
- 過緊張や短縮を起こしやすく、柔軟性の維持・改善が重要。
- 鵞足炎の主要な原因筋の一つであり、圧痛が見られることが多い。
- 機能低下は立脚期の骨盤安定性低下や体幹の動揺に関与する可能性。
- 変形性膝関節症で短縮しやすい傾向があり、ストレッチが有効。
- 主なアプローチ法:股関節外転+膝伸展でのストレッチ、膝屈伸を利用した滑走運動。
今回解説したのは、あくまで薄筋単体の基本的な情報です。実際の臨床では、薄筋の周囲には他の多くの筋肉や軟部組織が存在し、それらが複雑に関わり合っています。層構造(深さ)も考慮した三次元的な解剖の理解が、より的確な評価と治療には不可欠です。
「もっと深く、実践的な解剖学を学びたい」「触診やアプローチの精度を高めたい」
もし、そう感じているなら、私たちと一緒にさらに学びを深めてみませんか?
7. 参考文献
この記事を作成するにあたり、以下の書籍を参考にさせていただきました。
- 新・徒手筋力検査法 原著第10版[Web動画付]
- プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系 第3版
- 基礎運動学 第6版補訂
- 園部俊晴の臨床『膝関節』
- 機能解剖学的触診技術 下肢・体幹 第2版 (※リンク先は類似書籍の可能性あり)
- 骨格筋の形と触察法 改訂第2版
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