こんにちは、作業療法士の内山です。
デイサービスや施設の現場で、こんな場面に直面して困ったことはありませんか?
「さっきトイレから戻ったばかりなのに、また『トイレに行きたい』と言われる」
「言葉での訴えはないのに、いつもズボンを濡らしてしまう」
排泄ケアにおいて、「尿意」のコントロールやアセスメントは非常に難しく、スタッフの業務負担やストレスに直結しやすい課題です。しかし、この「尿意」を単なる膀胱の生理現象としてだけ捉えてしまうと、利用者さんの本当のサインを見落としてしまうかもしれません。
今回は、頻回なトイレの訴えや、言葉にならない尿意のサインの背景にある「心理」と、現場でできるアプローチについてお話しします。
- 尿意は「膀胱」と「脳」の掛け算:不安や緊張が尿意の感じ方を複雑にします。
- 頻回なトイレ要求は「プライドの表れ」の可能性:失敗したくないという自尊心を尊重する環境調整がカギです。
- 行動からニーズを翻訳する:徘徊や不機嫌の裏に隠れた「言葉にならない尿意のサイン」を見逃さない観察眼が重要です。
尿意は「膀胱」だけでなく「脳」で感じている
尿意は、膀胱に尿が溜まったという信号が脳に伝わって初めて自覚されます。しかし、高齢になり認知機能の低下が生じると、この信号の受け取り方が非常に複雑になります。
- 過敏になるケース: 「失敗したらどうしよう」という強い不安や緊張が、わずかな尿溜まりでも「すぐに行かなきゃ!」という切迫した尿意として脳に認識されることがあります。
- 鈍感になるケース: 尿が溜まっている信号を脳がうまく処理できず、限界を迎えてから突然失禁してしまう、あるいは全く尿意を感じなくなってしまうことがあります。
頻回なトイレの訴えは「失敗したくない」というプライド
「5分おきにトイレに行きたがる」Eさんのケースを考えてみましょう。 忙しいスタッフからすれば「さっき出たばかりだから大丈夫ですよ」と制止したくなりますよね。しかし、Eさんの頭の中は「ここがどこか分からない」「トイレの場所が分からないから、今のうちに行っておかないと漏らしてしまうかもしれない」という不安でいっぱいです。
この頻回な訴えは、裏を返せば「他人の前で粗相をして迷惑をかけたくない」「人としての尊厳を保ちたい」という思いが表れているケースが多く、Eさんの強いプライド(強み)の表れと解釈できることがあります。
ここでの適切なアプローチは、「まだ出ませんよ」と事実を突きつけることではなく、「トイレの場所はすぐそこですから、安心してくださいね」と不安を取り除くことや、トイレのサイン(案内表示)を大きく分かりやすく掲示するなどの「環境調整」です。
言葉にならない「尿意のサイン」を見逃さない
一方で、認知症が進行し、「トイレに行きたい」と言葉で伝えられなくなった方はどうなるでしょうか。尿意という「なんだか下腹部がモヤモヤする」という不快感を、別の行動で表現し始めます。
- そわそわして立ち上がり、歩き回る(いわゆる徘徊)
- ズボンの股間部分を頻繁に触る、またはズボンを下ろそうとする
- 急に怒りっぽくなる、不機嫌になる
- 貧乏ゆすりが激しくなる
これらはすべて、言葉にならない「尿意のサイン」である可能性があります。 「なぜ急にウロウロするの!」と行動を制止するのではなく、「もしかして、おトイレかもしれませんね。一緒に行ってみましょうか」と誘ってみる。この「不快感の翻訳」こそが、失禁を防ぎ、利用者さんの自尊心を守るプロのケアです。
【専門家の視点】心理的安全性と排泄の関連
現場で観察される「不安と尿意」や「見えないサイン」の関係は、学術的な視点からもそのメカニズムが推測されます。
1. 認知症におけるBPSDと未解決のニーズ
認知症の行動・心理症状(BPSD)である焦燥感や徘徊は、未解決の身体的ニーズ(痛み、空腹、そして便秘や尿意など)が引き金となることが多いと指摘されています(Cohen-Mansfield, 2001)。「意味のない徘徊」と捉えられがちな行動の中に、排泄のニーズが隠れている可能性を常に考慮し、アセスメントすることが重要です。
2. 不安や緊張と自律神経の働き
膀胱の働きは自律神経(交感神経と副交感神経)によってコントロールされています。過度なストレスや不安(交感神経の過緊張)は、膀胱の異常収縮に影響を与え、頻尿や尿意切迫感を増悪させる要因の一つと考えられています(日本排尿機能学会, 2022)。つまり、「失敗への恐怖」という心理的ストレスが、実際に頻回の尿意を引き起こしている可能性があるのです。安心できる環境を提供することが、結果的に頻尿の軽減に関連すると報告されることもあります。
今回のまとめ
- 尿意は「膀胱」と「脳(心理)」の掛け算
単なる生理現象ではなく、環境への不安や緊張が尿意を増幅させることがあります。 - 頻回なトイレ要求は「尊厳を守りたい」サインの可能性
「また行くの?」と否定せず、「失敗したくない」というプライドを尊重し、安心感を提供する関わりが重要です。 - 言葉にならない不快感を翻訳する
「そわそわ」「ウロウロ」「怒りっぽい」は、尿意の非言語的なサインかもしれません。行動の裏にあるニーズを読み取る観察眼がプロの技です。
尿意の訴えや失禁は、利用者さんご本人が一番傷つき、戸惑っています。 「さっき行ったでしょ」と言いたくなる気持ちをグッとこらえ、「どうしてこんなに不安になっているのだろう?」と視点を変えることで、その人らしい落ち着いた生活を取り戻すヒントが見えてくるはずです。
【参考文献・実務書】
- Cohen-Mansfield, J. (2001). Nonpharmacologic interventions for inappropriate behaviors in dementia: a review, summary, and critique. American Journal of Geriatric Psychiatry, 9(4), 361-381.
- 日本排尿機能学会(編). (2022). 『過活動膀胱診療ガイドライン 第3版』リッチヒルメディカル.
- 鈴木みずえ(2015). 『認知症高齢者の排泄ケア』中央法規出版. (※現場での実践的なケアをまとめた専門書として参照)







