こんにちは、理学療法士の大塚です。
臨床現場で日々向き合う「 」。なぜ起きるのか、どうすれば回復を促せるのか、自信を持って説明できますか?
この記事では、理学療法士・作業療法士が知っておくべき「 」を、生理学の原理原則から臨床での実践アプローチまで、解説します。病態生理を深く理解し、明日からの評価・介入の質を一段階引き上げましょう。
5.1 総論:環境ストレスと「熱収支」フレーム
運動中の身体は、代謝熱産生(M)と、放射(R)・対流(C)・伝導(K)・蒸散(E)の熱放散の差(熱収支:S)で体温が決まります(熱平衡式の概念:S = M − W ± R ± C ± K − E)。暑熱では蒸散(発汗の気化熱)が主役となり、寒冷では対流・放射による熱喪失抑制と産熱(ふるえ・非ふるえ産熱)が鍵となります。高地では低気圧・低酸素が循環・呼吸・水分代謝・睡眠まで多面的に影響します。
臨床(理学療法・作業療法)では、**個体差(年齢、体組成、フィットネス、疾病、薬剤、障害像)と環境条件(温度、湿度、風、直射日光、標高、装具・衣服)の交互作用を読み取り、事前スクリーニング → その場のモニタリング → 危険徴候への即応 → 事後回復ケアを一連の安全管理プロトコルとして実装します。INCETの観点では、触診と呼吸・姿勢・注意配分の再編成を用いて、自律神経反応(皮膚血流・発汗・呼吸ドライブ)とインタロセプション(身体内感覚)**を整え、過剰反応や過小反応を防ぐことが重要です。
5.2 暑熱環境:生理・順化・補水・熱障害
5.2.1 暑熱時の生理応答
暑熱下の運動では、心拍出量は筋血流と皮膚血流に二重配分されます。皮膚血管拡張と発汗により熱放散を図りますが、高湿度では蒸散が妨げられ、体温は上がりやすくなります。循環ドリフト(同一負荷で徐々にHR上昇・SV低下)や、脱水に伴う血漿量低下、Na⁺喪失が運動耐容能を下げます。
5.2.2 暑熱順化(Heat Acclimatization)
通常7〜14日の段階的曝露で、
発汗開始が早まり発汗量が増加、汗Na⁺濃度は低下
*血漿量の拡大(約5〜15%)**により循環が安定
HRが同一負荷で低下、主観的負担(RPE)も軽減
皮膚血流調節が洗練され、深部体温上昇が抑制
といった適応が起こります。実装は短時間・低強度→中等度→所要強度と段階化し、連日もしくは隔日での曝露が効果的です。
5.2.3 補水と電解質:脱水と低ナトリウム血症(EAH)の二律背反
飲み過ぎによる希釈性低Na血症(EAH)と、飲み足りない脱水はともに危険です。原則は「個別の発汗量に合わせて、過不足なく」。
- 発汗量の簡易推定:運動直前・直後の体重差(衣服・摂取量・排尿量を補正)から**発汗率(L/h)**を求め、以後の水分・Na補給計画を立てます。
- 目安:多くの成人では運動時の飲水は0.4〜0.8 L/h程度で十分なことが多い一方、体格・気象条件によっては1.0 L/h前後を要する例もあります。体重が増えるほど飲み過ぎの可能性が高く、EAHリスクに注意。
- 電解質:長時間・大量発汗ではNa⁺の併用(飲料・ジェル・食品)が有効です。回復期は失った体重1 kgにつき1.0〜1.5 Lを目安に、塩分も補います。
- 尿色・口渇・体重変化は簡便な自己モニタです。
5.2.4 熱障害のスペクトラムと対応
- 熱けいれん:大量発汗後のNa⁺不足に伴う筋痙攣。電解質補給と休息。
- 熱失神:皮膚血管拡張・静脈還流低下による失神。仰臥位・下肢挙上・冷却。
- 熱疲労:体温上昇・脱水・倦怠・悪心。涼所で休息・冷却・経口補水。
- 労作性熱中症(EHS):中枢神経症状(錯乱・失見当・痙攣など)+高体温。最重症。*「まず冷却、次に搬送」が原則で、可能なら全身冷水浸漬(10〜15℃)を直ちに開始し、深部体温<39℃まで冷却後に搬送します。 臨床現場ではWBGT(湿球黒球温度)**や気象アラート、装具・衣服の保温性を加味し、**スケジュール調整(時間帯変更・インターバル延長・装具軽量化)**を組み合わせます。
5.2.5 INCETの実装例(暑熱)
触診で皮膚温・湿潤度・末梢循環の「質」を観察し、呼吸の再学習(長い呼気・胸郭柔軟性)、姿勢調整(胸郭—骨盤アライメント)、注意の配分(外界/身体内の両方)で過換気や過緊張のループを断ちます。軽い振動刺激や関節モビライゼーションは副交感優位化を助け、皮膚血流—発汗の自律調節を整えやすくします。
5.3 寒冷環境:熱喪失・防寒・低体温症/凍傷
5.3.1 寒冷時の生理応答と危険
寒冷下では放射・対流による熱喪失が増え、風は対流を加速(風速1 m/s上昇で体感温が低下)。ふるえ産熱と非ふるえ産熱(褐色脂肪)が動員されますが、低体温症(軽度:32–35℃、中等度:28–32℃、重度:<28℃)や凍傷のリスクが高まります。糖代謝依存度が増え、低血糖や脱水も併発しがちです。
5.3.2 予防:レイヤリングと行動計画
- レイヤリング:吸湿拡散のベース層+保温の中間層+防風防水の外層。汗冷え回避が最重要。
- 行動:こまめな補給(糖+温かい飲料)、休憩では濡れた衣服を交換。金属面の素手接触を避け、露出部を減らします。
- ウォームアップは充分に、強度の波を作って発熱を維持します。
5.3.3 低体温症・凍傷の対応
- 低体温症:意識・判断力低下、言語不明瞭、強いふるえ→消失へ。静的・緩徐な再加温(コア優先:体幹を保温)、粗暴な四肢マッサージは不可(afterdrop回避)。重症は医療搬送。
- 凍傷:蒼白・硬化・知覚低下。37–39℃の温水で速やかな再加温、摩擦禁止、再凍結の恐れがある現場での解凍は避けます。疼痛管理と創保護が基本。
5.3.4 INCETの実装例(寒冷)
触診で皮膚の冷たさ・張力・筋緊張を層ごとに読み、呼気延長と体幹屈曲/回旋の小さな能動運動を組み合わせて、内的温感の再獲得と硬直パターンの解除を促します。振動・リズムの付与はふるえに代わる微細運動として有効です。
5.4 高地(低酸素):急性応答・順化・高山病
5.4.1 急性応答
標高上昇により吸入酸素分圧が低下し、過換気(動脈CO₂低下)と呼吸性アルカローシス、利尿、心拍上昇が生じます。VO₂maxは概ね1500 mを超えるあたりから、1000 m上がるごとに約7〜9%低下すると考えられ、同一強度の主観的負担は増えます。
5.4.2 順化(Acclimatization)
数日〜数週で腎の重炭酸排泄が進み中枢化学受容体が再設定、換気応答の持続的亢進が可能になります。エリスロポエチン(EPO)を介した赤血球量増加や、末梢の酸素利用効率の上昇が起こり、運動耐容能が回復していきます。トレーニング戦略としては**LHTL(高地居住・低地トレーニング)**等が知られています。
5.4.3 高山病(AMS/HACE/HAPE)
AMS(急性高山病):頭痛、倦怠、悪心、睡眠障害。原則上昇停止・休養、必要により降下・酸素。
HACE(高地脳浮腫):失調、意識障害。緊急降下・酸素・医療介入。
HAPE(高地肺水腫):労作時呼吸困難、咳、泡沫痰、低SpO₂。即時降下と医療対応。
上昇計画は一日の高度上昇を控えめに、症状があればためらわずに停滞・降下します。
5.4.4 INCETの実装例(高地)
呼吸のペーシング(歩行リズムと呼吸の同調)、注意の外化(景観・足場への選択的注意)で息切れに対する不安ループを断ちます。胸郭の触診で呼吸パターンを可視化し、横隔膜優位の呼吸へ誘導して過換気を緩和します。
5.5 疾患併存時の注意と運動処方の調整
5.5.1 心血管疾患(虚血性心疾患・心不全・高血圧)
- 前提:主治医の評価と許可。β遮断薬などで心拍応答が鈍るため、RPE(11–13で中等度)やトークテストを併用。
- 注意:胸痛・胸部圧迫、強い息切れ、めまい、血圧の不適切な上昇/下降は即時中止・医療連絡。バルサルバ回避、息こらえのない反復動作を基本に、漸進負荷。
- 心不全:下肢浮腫・体重増加・夜間呼吸困難など増悪徴候があれば休止。
5.5.2 糖尿病
- 血糖管理:運動前後の血糖チェックを習慣化。低血糖リスクがある場合は速効性糖質を携行。自律神経障害では発汗・心拍の手がかりが弱く暑熱リスク増大。末梢神経障害や足病変にはフットウェア・皮膚ケアを徹底。増殖網膜症では強いいきみや高負荷等尺性は避けます。
- 水分・電解質:高温下では特に入念に。
5.5.3 呼吸器疾患(喘息・COPD など)
- 喘息:冷乾燥空気や高強度で誘発されやすい。十分なウォームアップ、鼻呼吸やバフ付きマスクで加温加湿、必要に応じ事前吸入薬。
- COPD:**SpO₂をモニタ(目安88–90%以上の維持)**し、口すぼめ呼吸・休息を挟みながら実施。暑熱・高地では強度を控えめに。
5.5.4 腎疾患・電解質異常
体液・Na/Kバランスの管理が重要。利尿薬やACE阻害薬使用者は暑熱時の低Na血症や起立性低血圧に注意。
5.5.5 甲状腺疾患
甲状腺機能亢進症は熱不耐・頻脈、機能低下症は寒がり・易疲労。気温・服装・強度設定をきめ細かく調整。
5.5.6 神経疾患・脊髄損傷・MS
- MSでは**Uhthoff現象(熱で一過性に神経症状が悪化)**があり、プレクーリング・短時間セッション・冷却ベスト等を活用。
- 脊髄損傷:体温調節障害や自律神経反射異常により暑熱・寒冷双方に脆弱。皮膚観察・触診と段階的曝露が不可欠。
5.5.7 高齢者・小児・妊娠
- 高齢者:口渇感が鈍く脱水に気づきにくい。多剤併用(利尿薬・抗コリン薬)で暑熱脆弱性増。
- 小児:汗腺発達が未熟で汗量が少ないため、暑熱に弱い。指導者が飲水と休憩を主導。
- 妊娠:過度の**高体温(初期妊娠)**は避け、仰臥位長時間は控える。脱水防止・転倒予防を徹底。
5.6 その場の安全管理:スクリーニング・モニタリング・中止基準
5.6.1 事前スクリーニング
- 既往歴・服薬・最近の体調(睡眠、食欲、体重変動、感染徴候)
- 環境条件(気温・湿度・風・直射日光・標高)と装具・衣服
- セッション計画(強度・時間・休憩・補水)と非常時手順(冷却/加温資材、連絡体制)
5.6.2 セッション中モニタ
- 主観:RPE、息切れ、悪心、寒気/熱感、めまい、頭痛、筋痙攣
- 客観:心拍、皮膚所見(発汗・蒼白/紅潮)、歩容・協調、SpO₂(高地・呼吸器疾患)、体重変化(長時間)
- 中止/対応:胸痛・強い呼吸困難・失神前駆・中枢神経症状(錯乱、運動失調)・四肢蒼白硬化・体温異常徴候
5.6.3 事後回復
- 補水・電解質・糖質補給、冷却/保温、衣服・足部ケア
- 翌日の筋痛・倦怠・睡眠の質・朝の体重/脈拍を記録し、次回負荷を調整
5.7 ケースと手順のひな型
ケース1:夏季の屋外ウォーキング(2型糖尿病)
計画:夕方に30分、RPE 11–12、5分毎に日陰で休息。開始前に血糖を確認し、速効性糖質と電解質飲料を携行。
実施:発汗・皮膚温・歩容を触診・観察し、呼気延長と腕振りの同調で過換気を予防。
事後:体重差から飲水量を見直し、夕食の炭水化物比率を微調整。
ケース2:冬季の公園体操(高血圧・変形性膝関節症)
計画:多層レイヤー、準備体操を屋内で、屋外は短い反復+休憩。
実施:いきみ回避、痛み0–2/10の範囲で可動域運動、口すぼめ呼吸。
事後:温かい飲料と軽食、入浴は体温が落ち着いてから。
ケース3:標高2000 mでのトレッキング(健常・初心者)
計画:初日は短距離・緩傾斜、就寝前の酸素飽和度を確認。
実施:歩行リズムと呼吸の同調、外的注意(足場・景観)で不安を鎮める。事後:睡眠と食欲のチェック、頭痛・悪心あれば上昇中止。
5.8 まとめ:安全は「設計」「観察」「介入」の三位一体
環境ストレスに対する安全管理は、
設計(順化・装備・補水計画・タイムテーブル)、
観察(主観×客観×触診=INCET的アセスメント)、
介入(呼吸・姿勢・動作・冷却/保温・栄養・休息)
の三要素を循環型プロセスとして回すことが要点です。暑熱では「蒸散を助け、循環を守る」、寒冷では「熱喪失を抑え、産熱を支える」、高地では「過換気と低酸素の折り合いをつける」という原理を押さえ、個別性(年齢、疾患、薬剤、障害像)を重ね合わせて初めて安全性と有効性が両立します。INCETの触れ方・呼吸・注意の再編成は、この安全設計を神経認知運動の統合という次元で支える実践ツールです。
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