こんにちは、理学療法士の赤羽です。
外来で「上を向くと首が痛くて…」という訴えは珍しくありません。
頚椎の伸展を確認してみると、可動域はそこそこ出ている。しかし本人は痛いと訴える…そんな経験があるセラピストもいるのではないでしょうか。
例えば下記のような患者さんです。
【症例イメージ:60代女性】
天井の照明を替えようと上を向いた瞬間に鋭い痛みが走り、それ以来、上を見るのが怖い。
頚椎の伸展可動域自体は正常範囲。筋緊張も軽度。画像所見でも明らかな神経根圧迫はなし。
それなのに痛みは毎回再現される。
このような場面ではつい「頚椎のどこかが悪い」と考えてしまいがちです。
今回は疼痛部位に問題があるとは限らないという視点から、「胸椎」に焦点をあてて考えてみます。
【背景】なぜ「頚椎は動くのに痛い」のか?胸椎との連鎖
上を向く(頚椎伸展)は、頚椎だけの運動ではありません。
胸椎の可動性と頚椎の負担
胸椎は頚椎や腰椎と比較して伸展可動域が小さい関節と言われます。ただ、上を向く動作では胸椎の伸展がわずかに起こると考えられ、さらに胸郭の後傾や肋骨の動きも連動します。
頚椎伸展は、下位頚椎の伸展に加えて視線制御のために上位頚椎が微調整を担うと考えられています。
ここで胸椎の伸展が不足すると、この協調性が崩れます。
結果として、頚椎が単独で過剰に伸展する=局所ストレスの集中となり、痛みが生じやすくなります。
胸椎と頚椎の力学的つながり
胸椎の姿勢は頚椎の力学を大きく変えます。
- 背中が丸い(胸椎後弯増強)
→ 頚椎は相対的に前方へ押し出され、後方の椎間関節に負荷がかかる - 胸椎の伸展制限
→ 上を向くときに頚椎が代償として過剰伸展を強いられる
つまり、「頚椎は動いているのに痛い」という状況は、胸椎が動かないために「頚だけが動きすぎている(ハイパーモバイル)」可能性があります。
【メカニズム】胸椎の不動性が頚椎過伸展を招く理由
では、胸椎は具体的にどのように頚椎の負担を変化させるのかを深掘りします。
①胸椎伸展不足 → 下位頚椎の過伸展
胸椎伸展が出ないと、頚椎は視線を維持するために C5–C7 の伸展を増やす必要が生じます。
この部位は元々伸展しやすい領域であり、過剰な動きによって椎間関節への圧縮ストレスが高まりやすくなります。
②胸椎姿勢が頚部筋の活動タイミングを変える
胸椎後弯が強い姿勢では、以下の特徴が見られやすくなります。
- 頭部前方位
- 上位頚椎伸展位
- 肩甲帯の挙上・前傾
これらが重なり、上を見る時に 僧帽筋上部・胸鎖乳突筋の代償収縮を誘発しやすくなると推察されます。
その結果、筋活動パターンが非効率になることで、「動けているのに痛みを感じる」という状態が出現しやすくなります。
③胸郭の動きが視線制御に影響する
胸郭が硬いと、視線を上方向に向けるための協調が乱れます。
本来であれば、
- 胸郭の後傾
- 胸椎伸展
- 上位頚椎の微細調整
これらが連動することで滑らかな視線運動が可能ですが、胸郭が固定化すると上位頚椎のみで頑張ることになり、痛みを誘発しやすくなります。
【臨床応用】胸椎由来の頚部痛に対する評価とアプローチ
ここからは、臨床で実践しやすいアセスメントと介入の一例を紹介します。
①胸椎の可動性を評価する
- 姿勢の変化による痛みの変化:
座位での円背姿勢から、座位直立姿勢(胸椎伸展誘導)に変えた状態で頚部伸展痛が変化するか確認します。 - 可動性の触診:
座位や四つ這いなどで胸椎部を動かしてもらい、分節的な可動性を確認します。 - 壁を使ったテスト:
壁を背にして立ち、胸椎伸展時に肩が浮き上がらないか(代償動作)をチェックします。
②胸椎・胸郭への介入
評価の結果、胸椎が原因であるという仮説が立てられたら、痛みの再現動作と結びつけて介入します。
- 胸椎伸展のモビライゼーション
- 肋骨の可動性拡大
- 胸郭ストレッチ
などが選択肢として考えられます。
③代償していた頚部筋の再教育
胸椎が動くようになると、頚部の筋活動パターンが整いやすくなります。
そこで正しい筋活動の学習(モーターコントロール)を行います。
- 上位頚椎の軽い屈曲コントロール
- 肩甲帯下制・後退の意識づけ
- 天井を見るときの「胸から上を見る」感覚練習
まとめ:頚部痛治療は「患部外」の胸椎も視野に
上を向く動作で頚が痛いとき、頚椎のROMがあっても痛みが出る理由は単純ではありません。
胸椎・胸郭の可動性、姿勢、筋活動の協調など、様々な要素が関与しています。
「頚が痛いのに頚が原因とは限らない」
この視点をもつことで、より多くの患者さんの苦痛を論理的に説明でき、アプローチの幅が広がります。
頚椎の動きがあるのに痛い症例に出会ったら、ぜひ胸椎の関与も疑ってみてください。もしかしたら、それが長引く痛みの解決の糸口になるかもしれません。
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