車いすは「生き方」に合わせる|シーティング適合の4視点と臨床プロセス

 

  • 車いす選択の目的は寸法合わせではなく、「その人がどこで、誰と、何をしたいか」を起点とした生活全体への適合である。
  • 身体・環境・目的・社会的経済的の4つの視点を同時に評価することが、真のシーティング適合につながる。
  • 採寸・姿勢評価・制度確認・導入後の見直しをチームで継続することが、対象者の生活を広げる鍵となる。

はじめに

医療・介護の現場や在宅ケアでは、多くの対象者が車いすを利用しています。しかし、その車いすが本当に「その人の身体」と「その人の生活」に合っているかを見直すと、改善の余地が残されている場面は少なくありません。

車いすは、単に歩行が困難な人を目的地まで運ぶための道具ではありません。一日の多くの時間を過ごす「椅子」であり、姿勢を支え、食事・会話・作業・休息・外出を可能にする生活環境そのものです。厚生労働省の手引きでも、シーティングは「望む活動や参加を実現し、自立を促すために、椅子や車いす等に快適に座るための支援」と整理されています。

つまり車いす選択の目的は、単に寸法を合わせることではありません。その人がどこで、誰と、何をしたいのかを出発点に、身体機能、生活環境、活動目的、本人の希望をすり合わせることです。

【免責事項】
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の医学的判断や制度利用の可否を示すものではありません。実際の選定・申請は、医師、リハビリテーション専門職、福祉用具専門相談員、ケアマネジャー、市区町村窓口等にご確認ください。

本日の疑問:車いすは「身体に合っている」だけで十分か?

Q. 採寸通りに合わせた車いすなのに、対象者が「しんどい」「使いにくい」と言う。なぜか?
A. 採寸は必要条件であって、十分条件ではないからです。生活目的・環境・本人の希望という「文脈」が合って初めて、車いすは本当の意味で適合します。

車いす選択で大切な4つの適合

車いすのフィッティングでは、次の4つの視点を確認します。

① 身体・心理的適合

座幅、座面高、座面奥行き、筋緊張、関節可動域、痛み、疲労感、本人の好みに合っているかを見ます。

② 環境的適合

居宅の廊下幅、段差、テーブルの高さ、トイレや玄関まわり、車載のしやすさなど、実際の生活空間で使えるかを確認します。

③ 目的的適合

食事、整容、通院、外出、作業、休息、自走、足こぎ、介助移動など、何のために使う車いすなのかを明確にします。

④ 社会的・経済的適合

介護保険、補装具費支給制度、労災保険、自治体制度などを適切に検討できているか、本人がデザインや使い方に納得しているかも重要です。

「良い車いす」か「悪い車いす」かではなく、「その人に合う車いす」かどうかを見極めることが大切です。

たとえば、身体支持を重視して大きく重い車いすを選んだ結果、家の中で動けない、車に積めない、外出できないのであれば、生活全体としては適合していません。反対に、軽量で扱いやすくても、座位が崩れて食事や呼吸、上肢活動に支障が出るなら、それも適切とはいえません。

90度座位は唯一の正解ではない

車いすの姿勢を考えるとき、股関節・膝関節・足関節を90度にそろえた座位が「正しい姿勢」とされることがあります。確かに、骨盤を起こし、足底を安定させた座位は、評価や調整の出発点として有用です。

しかし、人は日常生活の中で一つの姿勢に固定され続けているわけではありません。食事をするとき、机上作業をするとき、テレビを見るとき、休息するときでは、求められる姿勢が異なります。重要なのは、特定の形に無理に当てはめることではなく、目的に応じて安全かつ楽に姿勢を変えられる余地を残すことです。

食事や作業では、視線が前方に向き、両上肢を使いやすい座位が必要です。一方、疲労が強い対象者や長時間離床を目指す対象者では、ティルトやリクライニングを活用して休息しやすい姿勢を確保することもあります。

⚠ ティルト・リクライニングの注意点

ティルト・リクライニングは、医療・介護上の必要性に基づいて有効に活用できる機能です。一方で、本人の意思や必要性を考慮せずに長時間固定的に使用すると、活動を制限し、自由な姿勢変換を妨げうる状態につながる可能性があります。導入目的と使用方法をチームで共有し、本人の希望と必要性を確認しながら活用することが重要です。

シーティングの目標は、対象者を「理想姿勢」に固定することではありません。本人が望む活動に参加しやすく、苦痛や姿勢崩れを減らし、必要に応じて姿勢を変えられる座位環境を整えることです。

不適合な座位が生活機能に与える影響

車いすが身体に合っていない場合、骨盤後傾、すべり座り、円背、体幹の側方崩れが起こりやすくなります。これらは単に見た目の問題ではなく、呼吸、摂食・嚥下、上肢活動、褥瘡リスク、介助量に影響する可能性があります。

呼吸への影響

骨盤が後傾し、脊柱が屈曲した姿勢では、胸郭や腹部の動きが制限され、呼吸が浅くなりやすくなります。

嚥下への影響

頭頸部が前方へ突出すると、食事中の視線や下顎・舌骨周囲の動きにも影響し、咀嚼や嚥下のしにくさにつながることがあります。

褥瘡リスクへの影響

すべり座りでは、坐骨ではなく仙骨部や尾骨部に圧が集中しやすくなります。さらに、前方へ滑る力によって皮膚や軟部組織にずれ力が生じ、褥瘡リスクを高める要因になります。

上肢活動への影響

体幹が不安定な場合、対象者はアームサポートに強く依存したり、全身を緊張させたりして姿勢を保とうとするため、食事や整容に必要な上肢の自由度が低下することもあります。

座位姿勢の評価は「姿勢をきれいにするため」だけに行うものではありません。
呼吸・嚥下・褥瘡・上肢活動という生活機能全体を支えるための評価として捉える必要があります。

車いす選択の基本プロセス

車いす選択は、次の流れで進めるとチームで共有しやすくなります。

STEP 1|生活課題の確認

誰が、どこで、何のために車いすを使うのかを明確にします。食事を安定させたいのか、足こぎで移動したいのか、長時間離床したいのか、通院や外出を楽にしたいのかによって、必要な機能は変わります。

STEP 2|臥位での身体機能評価

関節可動域、筋緊張、骨盤や脊柱の可動性、疼痛、皮膚状態を確認します。臥位で姿勢が整いやすい場合は、車いす上でも適切な支持によって改善できる可能性があります。一方、拘縮や骨性変形が固定している場合は、無理にまっすぐにするのではなく、変形を受け入れながら圧分散と安楽性を確保します。

STEP 3|端座位・介助座位での座位能力評価

支えなしで座れるか、骨盤が後傾しないか、体幹が側方へ崩れないか、頭部を正中に保てるかを確認します。必要に応じて骨盤、腰椎、胸郭、肩甲帯を順に支持し、どの高さ・方向の支持があると楽に座れるかを見極めます。

STEP 4|車いす・付属品の選定

標準型、モジュラー型、ティルト・リクライニング型、クッション、バックサポート、アームサポート、フットサポートなどを選定します。すべての希望を同時に満たせるとは限らないため、チームで優先順位を共有することが重要です。

STEP 5|実物での仮合わせと導入後の見直し

座った直後だけでなく、食事、足こぎ、自走、介助移動、移乗、テーブル使用など、実際の生活場面で確認します。導入後も、身体状態や生活環境、用具の劣化に応じて定期的に見直します。

採寸と調整の目安

採寸では、腰幅、大腿長、下腿長、座面から肘までの高さ、座面から肩甲骨下端までの高さを確認します。

採寸の参考値(個別調整が前提)

座幅:一般に臀部の幅に対していくらかのゆとりを持たせて設定します。参考値として、自走用では「臀部幅+3〜4cm程度」、介助用では「臀部幅+4〜5cm程度」が目安とされることがあります。ただし、実際には衣服・クッション・サイドガードとの関係、使用目的によって個別に調整します。

座面奥行き:通常、臀部後端から膝窩までの長さから数cm短く設定することで、膝窩への圧迫を避けます。参考値として、通常の使用では「膝窩長−2〜3cm程度」、足こぎを主とする場合では「膝窩長−3〜5cm程度」が目安とされることがあります。足こぎ中心の場合は座面奥行きだけでなく、前座高や足部の接地条件との兼ね合いも重要です。

前座高:足底が床にしっかり着く高さを基本に設定します。参考値として「下腿長+クッション高」を目安に、用途や身体状況に応じて数cm程度の調整を行います。高すぎると足底が床に届かず、低すぎると膝が高くなって骨盤後傾を助長することがあります。

バックサポート高:活動性重視か体幹安定性重視か、座位能力、上肢活動範囲、頭部コントロールの状況によって変わります。成人では40〜45cm程度が一つの参考値として挙げられることがありますが、個々の身体状況と目的に応じた調整が必要です。

アームサポート高:「座面から肘までの高さ+クッション高」を目安にし、肩が上がりすぎたり下がりすぎたりしない位置に調整します。

また、スリングシートに直接長時間座ると、座面がたわみ、骨盤が不安定になりやすくなります。クッションやベースボードを用いて座面を整え、必要に応じて背張り調整で骨盤後方や脊柱のカーブを支えます。ウレタン系クッションは姿勢保持に使いやすい一方で、へたりが生じるため定期的な確認が必要です。エア系・ゲル系クッションは圧分散に優れますが、管理方法や座位安定性を確認しながら使用します。

制度の確認

車いすの導入では、公的制度の確認も欠かせません。

介護保険

車いすと車いす付属品は福祉用具貸与の対象です。要支援1・2および要介護1の軽度者では原則対象外ですが、日常的に歩行が困難な場合や、日常生活範囲で移動支援が特に必要な場合には、例外的に給付が認められることがあります。

補装具費支給制度(障害者総合支援法)

障害者、障害児、政令で定める難病患者等を対象に、車椅子、電動車椅子、姿勢保持装置などの購入・修理等に要した費用が支給対象となります。65歳以上など介護保険が関係する場合は、共通する種目では介護保険貸与が基本ですが、既製品で身体状況に対応できず個別製作が必要な場合には補装具として検討されることがあります。

労災保険

業務災害や通勤災害が原因の場合は、労災保険の義肢等補装具費支給制度が関係します。車椅子、電動車椅子、姿勢保持装置は対象に含まれますが、支給基準を超える希望仕様では差額負担が生じることがあります。

⚠ 制度は自治体や個別事情によって運用が異なります。
実際にはケアマネジャー、福祉用具専門相談員、市区町村窓口、労働局などに確認しながら進めることが必要です。

おわりに:車いすを「育てる」という視点

車いす選択とシーティングは、身体寸法に用具を合わせるだけの作業ではありません。その人が、どこで、誰と、どのような時間を過ごしたいのかを支えるための支援です。

ミリ単位の採寸やわずかな背張り調整が、呼吸、視線、食事、上肢活動、移乗、外出、そして本人の意欲に影響します。だからこそ、リハビリテーション専門職、看護・介護職、福祉用具専門相談員、ケアマネジャー、家族が一つのゴールを共有し、導入後も見直しを続けることが大切です。

車いすは、単なる移動手段ではありません。適切に選び、調整し、生活の中で育てていくことで、対象者の世界を広げる「相棒」になります。支援者に求められるのは、用具に人を合わせることではなく、人の暮らしに用具を合わせ続ける姿勢です。

★ この記事の3点まとめ
  • ★ 車いす適合は「身体寸法」だけでなく、環境・目的・社会的経済的視点の4軸で評価する。
  • ★ 不適合な座位は、呼吸・嚥下・褥瘡・上肢活動という生活機能全体に波及する。
  • ★ 採寸・選定・制度確認・導入後の見直しをチームで継続することが、対象者の世界を広げる。

参考文献

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