こんにちは、理学療法士の赤羽です。
圧迫骨折後の慢性期に腰背部痛が続く患者さんは、骨癒合が進んでいるにもかかわらず痛みが残存し、「まだ治っていないのでは」という不安を抱えることがあります。日常生活や仕事に支障をきたしているケースも少なくありません。
こうした症例では、
- どの組織が主要な痛みの発生源になっているか
- どの動作や姿勢が負担を増やしているか
- 心理的な影響が身体にどの程度影響しているか
といった複数の要素を統合して考える必要があります。
今回は、圧迫骨折後4か月が経過した仮想症例を通して、臨床推論の流れを整理していきます。
仮想症例で学ぶ:圧迫骨折後の慢性痛
症例情報
- 基本情報: 74歳・女性
- 既往: 4か月前に転倒しL1圧迫骨折
- 経過: コルセットは約10週間装着 → 現在は除去済み
主訴
- 動き始めのこわばりと痛み(NRS6〜7)
- 長時間立位・歩行で痛みが再燃
- 前屈で増悪、腰を反らすと軽減
画像所見
- L1椎体はほぼ癒合
- 骨髄浮腫は消失
→ (考察)骨性の急性期の痛みはほぼ解消していると考えられます。
心理社会的情報
- 「また折れるのでは」という強い思い込み(破局的思考)
- 痛みが出そうな動作を避ける傾向(恐怖回避)
→ (考察)活動量低下と恐怖回避が示唆されます。
評価結果:痛みの原因を探る
姿勢
- 骨盤後傾
- 胸腰移行部(T12〜L2)のカーブが浅く平坦(フラットバック)
- 頭部前方位
→ (考察)多裂筋に持続的な伸張ストレスがかかりやすい姿勢です。
動作
- 立ち上がり初動で腰部が急に固まる(スプリント)
- 右立脚終末期で股関節伸展が不足し、腰椎が代償(伸展)
- 歩行開始時は小さな歩幅で痛みが出やすい
関節可動域
- 股関節伸展:右5°・左10°(右で明らかに制限)
- 足関節背屈は軽度制限
- 腰椎前屈で痛みが強まる
筋力
- 体幹伸展:MMT 3+(胸腰移行部に過剰な緊張が入る)
- 右股関節伸展:MMT 3(殿筋の出力低下が顕著)
触診
- 右多裂筋(L1/2レベル)に明確な圧痛とこわばり(過緊張)
- 胸腰筋膜の滑走不良をT12〜L2で確認
- 腸腰筋・大腿直筋が右側で硬い
神経学的所見
- 大きな異常なし
→ (考察)神経障害性疼痛の可能性は低いです。
臨床推論:4つの仮説
ここまでの情報を整理すると、痛みのメカニズムについて以下の仮説が浮かび上がります。
仮説①:右多裂筋・胸腰筋膜の「こわばり」による筋・筋膜性疼痛(主因)
- 触診での圧痛・防御性の緊張
- 前屈での痛み再現(伸張痛)
- 胸腰筋膜の滑走不良
→ (結論)最も確度の高い主要な痛みの発生源と考えられます。
仮説②:股関節伸展制限と殿筋弱化による動作代償(背景因子)
- 右股関節伸展が不足
- 大殿筋の弱さ
- 歩行終末期の腰椎代償(腰椎伸展ストレス)
→ (結論)腰部への力学的負担を増やし、痛みを持続させる要因です。
仮説③:椎間関節(L1–L2)の軽度ストレス(副次的)
- 側屈・回旋での局所痛
- 伸展でむしろ軽減(筋・筋膜性の痛みと一致)
→ (結論)主因ではなく、筋・筋膜性の緊張によって二次的に影響を受けている可能性があります。
仮説④:再骨折に対する「思い込み」による防御性収縮(心理-身体連動)
- 「動くと壊れるかもしれない」という認知(恐怖回避)
- 正常な動きの前から身体が固まる(スプリント)
→ (結論)中枢性の過緊張を助長し、痛みの維持につながっています。
介入プラン:3つの柱
介入は以下の3つを柱に進めます。
① 多裂筋・胸腰筋膜のこわばりの軽減(痛みの鎮静)
- 徒手介入(軽刺激):
- 皮膚・浅筋膜の滑走改善(スキンリフト、ストレッチ)
- 多裂筋への軽い圧による緊張の解除
- 胸腰筋膜の横方向のゆるやかなグライド
- 運動療法:
- 腹臥位での小さな股関節伸展(多裂筋の自動的収縮)
- 骨盤軽前傾での軽い体幹制御(キャット&ドッグなど)
→ (目的)過剰に固めるのではなく、しなやかに働く状態を再学習します。
② 股関節伸展可動域と殿筋の改善(根本原因へのアプローチ)
- ストレッチ:
- 腸腰筋・大腿直筋の軽伸張(腰椎の代償に注意)
- 筋力トレーニング(低負荷):
- うつ伏せの股関節伸展(殿筋の意識付け)
- 外側プランク(ブリッジ)による中殿筋の促通
- →(目的)腰椎代償が減り、動作の力学的負担が軽減します。
③ 恐怖回避への対応(認知の再構築)
Route
- 痛みの教育(ニューロサイエンス教育):
- 圧迫骨折は4か月で基本的に癒合していること
- 現在の痛みは「骨が壊れかけている痛みではない」こと
- 痛みは「筋・筋膜」が過敏になっているサインであること
- グレーデッド・アクティビティ(段階的活動):
- 歩行・立位保持を“少しずつ”増やす(成功体験の積み重ね)
→ (目的)成功体験により、防御性の緊張が徐々に減っていきます。
- 歩行・立位保持を“少しずつ”増やす(成功体験の積み重ね)
まとめ:多因子性の痛みを統合する
圧迫骨折後の慢性腰背部痛は、骨の問題が解決した後も、
- 多裂筋や筋膜のこわばり(組織の問題)
- 股関節伸展制限による代償(動作の問題)
- 「動くと再び折れる」という思い込み(心理の問題)
など複数の因子が痛みを維持することがあります。
今回の症例では、多裂筋のこわばりを中心に、動作・姿勢・心理面を統合して捉えることで、介入の優先順位が明確になりました。
臨床推論とは、患者さんの身体と背景を総合的に読み解き、「今この人に最も必要な一手」を導き出す作業です。複雑な痛みの症例こそ、理学療法士・作業療法士の専門性が最も発揮される場面だといえます。
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