「可動域もあり、筋力もある。でも歩けない」   〜数学的思考で紐解く基本的な臨床推論の型〜

「可動域もあり、筋力もある。 でも歩けない」   〜数学的思考で紐解く基本的な臨床推論の型〜

理学療法士の大塚です。

突然ですが、あなたは臨床でこんな悩みを抱えていませんか?

  • 「可動域は改善したのに、動作が変わらない」
  • 「筋力はついたはずなのに、バランスが良くならない」
  • 「『疾患じゃなくてその人を見るんだよ』と言われるが、具体的にどうすればいいかわからない」

実はこれ、臨床3年目頃までの僕が毎日のように抱えていた悩みそのものです。

一生懸命リハビリをして、カルテ上の数値(ROMやMMT)は良くなっている。
なのに、患者さんは家に帰れるようにならない。

「数値は良くなってるんですけどね…」と言い訳をする自分が、とても情けなかったのを覚えています。

今日は、そんな過去の私と同じ壁にぶつかっているあなたへ、これからの時代に求められる「臨床推論の新しい型」についてお話しします。

少しだけ「数学」の言葉を使いますが、計算なんて必要ありません。
この視点を持つだけで、あなたの臨床の景色がガラッと変わるはずです。

この記事の結論

  • 世界的な潮流は「介入量」ではなく「結果(価値)」重視へシフトしている。
  • 研究データでも、部品(筋力・可動域)の改善が動作改善に直結しない「課題特異性」が示されている。
  • 「球(全体)→ベクトル(動き)→スカラー(要素)」の順で考えることで、迷いが消え、結果が出るようになる。

「やった量」ではなく「結果」が求められる時代へ

まず、僕たちを取り巻く環境の話をしましょう。

これまでのリハビリ業界は、極端に言えば「単位数(時間)」を提供していれば経営が成り立っていました。
しかし、これからは違います。
世界的な潮流として、Value-Based Healthcare(価値に基づく医療)へとシフトしています。[1]

つまり、「どれだけリハビリをしたか(量)」ではなく、
「患者さんがどれだけ良くなったか(結果・価値)」がシビアに問われる時代になったのです。

患者さんにとっても同じです。
患者さんが求めているのは「柔らかくなった筋肉」そのものでしょうか?

違いますよね。「その筋肉を使って、トイレに行けるようになること(結果)」を期待してリハビリを受けていますよね?

世界の潮流は「全体論」だけど…

この「結果」を出すために、世界中のガイドラインで叫ばれているのがBPSモデル(生物心理社会モデル)などの全体論的なアプローチです。
「木(局所)を見て森(全体)を見ずではダメだ。全体を診よう」と。

これ、頭ではわかりますよね。
でも、現場で実践しようとすると急に難しくなりませんか?

「全体ってどこまで? 心? 社会? 家族?」

途方に暮れて、結局いつものマッサージ(局所)に戻ってしまう。
実はこれ、多くの療法士が陥っている「臨床の沼」であり、研究でも「概念は知っているが、実践するスキルや自信がない」という障壁があることが報告されています。[2]

思考を整理する「ベクトル」と「スカラー」

そこで提案したいのが、高校数学で習った「ベクトル」という考え方です。
臨床を以下の3つの箱に分けて考えてみてください。

1. スカラー(要素)=「組織・局所」

方向を持たない、単なる「量(大きさ)」です。
筋力、可動域、痛みなどがこれに当たります。
これらはあくまで、体を動かすための「部品」に過ぎません。


2. ベクトル(動き)=「動作・現象」

大きさと方向を持った「動き」です。
寝返り、立ち上がり、歩行などがこれです。
複数の部品(スカラー)が組み合わさって初めて生まれます。


3. 球(全体)=「その人・HOPE」

ベクトルが無数に集まり、全方位に広がる「場(フィールド)」のようなものです。
ここではその人の人生、価値観、生活背景などを含む「世界」として「球」と呼びましょう。

多くの若手が陥る「足し算の罠」

昔の僕が失敗していた原因は、ここにありました。
私は「スカラー(要素)を積み上げれば、いつかベクトル(良い動作)になる」と信じていたのです。

  • 膝の可動域を広げれば(スカラー)、痛みがなく歩けるようになるはずだ(ベクトル)。
  • 筋力をつければ(スカラー)、自立できて退院できるはずだ(球)。

しかし、これは間違いでした。

💡 研究データによる裏付け

実際のリハビリ研究でも、筋力増強やバランス練習などの「機能障害へのアプローチ(Impairment-based training)」を行っても、歩行などの「課題(Task)」の改善には直結しにくいというデータが出ています(課題特異性)。[3]

いくら良い要素(スカラー)があっても、それが「どの方向」に使われるかという設計図(ベクトル)が間違っていれば、動作は改善しません。
原因となる要素を探すのに熱中して、全体が見えなくなっていたのです。

「トップダウン」で思考する臨床推論の型

結果を出せる療法士は、思考の順序が逆です。
「球(全体)」から降りていくのです。

これはICF(国際生活機能分類)でいう「参加(Participation)」から逆算するプロセスと同じです。

  1. 【球】HOPEを確認する
    「また庭いじりがしたい」という全体像を捉える。
  2. 【ベクトル】必要な動きを分析する
    庭いじりのためには「深いしゃがみ込み」が必要だ。でも今は「しゃがむときに後方重心にな後方へ倒れてしまうので途中でしゃがめない(ベクトル)」になっている。
  3. 【スカラー】原因の要素を特定する
    なぜ後方重心になるのか? 距腿関節が硬くて背屈できない(スカラー)からだ。

この順序なら、「距腿関節の可動域訓練」は単なるマッサージではなく、「庭いじり(球)を実現するための、しゃがみ込み(ベクトル)を作るための手段」という明確な意味を持ちます。

これが、私が臨床で実践し、提唱している基本的な思考フレームワークです。

まとめ

  1. これからは「やった量」ではなく「結果」が求められる。
  2. 結果を出すには、要素(スカラー)だけでなく全体(球・ベクトル)を見る必要がある。
  3. 思考の順序を「球→ベクトル→スカラー」にするだけで、アプローチの意味が変わる。

「もっと全体を診なさい」と指導されたら、心の中でこう変換してみてください。

「今の自分は、スカラー(要素)を見ているのか?
それともベクトル(動き)を見ているのか?」

この視点を持つだけで、あなたの臨床推論はグッと深くなり、患者さんに提供できる「価値」が変わってくるはずです。

もし、この思考法をもっと体系的に学びたい、「なんとなく」の臨床から卒業して自信を持って患者さんと向き合いたいと思ったら、ぜひ療活の講習会に足を運んでみてください。
一緒に「信頼される療法士」への階段を登りましょう。

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参考文献・引用データ

  • 【医療トレンド】Value-Based Healthcare(価値に基づく医療)
    世界的な医療政策の潮流として、提供したサービスの量(Volume)ではなく、患者が達成した健康成果(Value)を重視する概念。リハビリテーション分野でも、介入時間よりも「実生活での改善度」が評価される時代へ移行している。
    Ref: Teisberg, E., et al. (2020). Defining and Implementing Value-Based Health Care. Academic Medicine.
  • 【臨床心理】BPSモデル実践の障壁
    多くの理学療法士が生物心理社会モデル(BPS)の重要性を認知している一方で、それを臨床で実践するための具体的なスキルや自信が不足していることが複数の研究で指摘されている。
    Ref: Synnott, A., et al. (2015). Physiotherapists’ perspectives on managing low back pain.
  • 【運動学習】課題特異性(Task-Specificity)
    機能障害(筋力低下など)への介入よりも、実際の課題(歩行など)を直接練習する方が動作改善効果が高いとする研究結果。部品(スカラー)の改善が必ずしも全体(ベクトル)の改善につながらないことを示唆している。
    Ref: Lotter, J. K., et al. (2020). Task-Specific Versus Impairment-Based Training. Neurorehabilitation and Neural Repair.

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