【認知症のトイレ支援】療法士が知るべき原因別アプローチ|環境調整と声かけの工夫

「さっきトイレに行ったばかりなのに、また『トイレはどこ?』と聞かれて…」

「夜中に部屋の中をウロウロして、トイレを探している姿を見ると切なくなる」

認知症の方を介護されているご家族から、こうした悩みをよく伺います。認知症が進行すると、長年住み慣れた家でもトイレの場所が分からなくなったり、トイレに行ったことを忘れてしまったりすることがあります。

しかし、「もう分からないから仕方がない」と諦める必要はありません。認知症の方の残存機能を活かし、環境を工夫し、適切な声かけを行うことで、多くの場合、トイレでの困りごとを軽減することができます。

本人にとっても介護者にとっても負担の少ない、持続可能な支援方法を具体的にご紹介します。

認知症でトイレが分からなくなる4つの原因

支援方法を考える前に、なぜトイレで困難が生じるのか、その原因を認知機能の側面から整理してみましょう。

1. 見当識障害

  • 症状:場所・時間・人の認識が困難になる
  • トイレでの現れ方:
    • 「トイレはどこにあるの?」と繰り返し尋ねる
    • 夜中に別の部屋をトイレと間違える
    • 外出先でトイレの場所が見つけられない

2. 記憶障害

  • 症状:新しい記憶の形成や過去の記憶の想起が困難になる
  • トイレでの現れ方:
    • 5分前にトイレに行ったことを忘れてしまう
    • トイレの使い方(流す、拭くなど)を忘れる
    • 「行きたい」という感覚はあるが場所を思い出せない

3. 注意障害

  • 症状:一つのことに集中することが困難になる
  • トイレでの現れ方:
    • トイレに向かう途中で他のことに気を取られてしまう
    • 複数の目印があると混乱する
    • ドアの開閉などに気を取られて目的を忘れる

4. 実行機能障害

  • 症状:計画を立てて順序通りに実行することが困難になる
  • トイレでの現れ方:
    • 尿意は感じるが、トイレに行くまでの一連の行動(立つ→歩く→ドアを開ける等)が組み立てられない
    • ズボンや下着の着脱の手順が分からなくなる
    • 清拭などの衛生行動を忘れてしまう

【実践編】明日から使える環境調整9つの工夫

原因を理解した上で、次は具体的な支援策です。まずは、ご本人が混乱せず、直感的にトイレだと認識できる環境作りから始めましょう。

視覚的手がかりで「分かりやすいトイレ」を作る

工夫1:大きく分かりやすいドア表示

  • 具体的方法:トイレのドアに大きく「トイレ」と表示(20cm四方以上が目安)。便器のイラストや写真を併用するとさらに効果的です。蛍光色や明るい色で目立たせましょう。
  • ポイント:文字だけでなくイラストも併用することで、失語の症状がある方や文字が認識しにくくなった段階でも理解を助けます。

工夫2:迷わせない誘導ライン・矢印

  • 具体的方法:居室からトイレまでの床に、ビニールテープなどで誘導ラインを貼ります。壁に矢印シールを等間隔で貼るのも有効です。夜間用に光る蓄光テープを使うと、夜中の移動も安心です。
  • 注意点:ルートはできるだけ複雑にせず、シンプルな一本道にすることが混乱を避けるコツです。

工夫3:安心感を生む照明の工夫

  • 具体的方法:トイレの照明を常時点灯させておくか、人感センサー付き照明で自動点灯するようにします。廊下にも足元灯を設置すると、夜間の安全な移動をサポートできます。
  • 効果:暗がりは不安感や幻視を誘発することがあります。明るさを確保することで、安心して移動できるようになります。

嗅覚・触覚で記憶を呼び起こす

工夫4:香りによる記憶の呼び起こし

  • 具体的方法:トイレに微かな芳香剤を設置します。強すぎない、家庭で長年使っていた石鹸の香りや、ラベンダーなどのリラックス効果のある香りがおすすめです。
  • 根拠:嗅覚は記憶と密接に関連しており、認知症でも比較的保たれやすい感覚と言われています。

工夫5:触覚での認識補助

  • 具体的方法:トイレドアの取っ手だけを、他の部屋とは違う凹凸のあるカバーをつけるなど特殊な形状にします。ドア表面にざらざらしたシートを貼る、便座カバーを手触りの良い特徴的なものにする、といった工夫も考えられます。

混乱を避ける環境整備

工夫6:選択肢の単純化

  • 具体的方法:トイレまでの動線上に余計な扉を置かない、開けてほしくない扉(クローゼットなど)には張り紙をしない、あるいは「×」マークなどで分かりやすく区別します。

工夫7:時間感覚のサポート

  • 具体的方法:トイレの中や、トイレから見える場所に大きなデジタル時計を設置します。「朝」「昼」「夜」の表示を併用したり、季節の花やカレンダーを飾ったりすることも見当識の助けになります。

本人の尊厳を守る声かけ・誘導のテクニック

環境を整えても、ご本人の不安や混乱から誘導が難しい場面もあります。ここでは、安心感を育むコミュニケーションの工夫を見ていきましょう。

声かけの3つの基本原則

  1. 否定しない・訂正しない:
    避けたい例:「さっき行ったでしょう」「違います、そこじゃありません」
    良い例:「そうですね、お手洗いに行きましょうか」「こちらですよ、一緒に行きましょう」
    理由:訂正はご本人を混乱させ、不安や抵抗感を強めてしまいます。まずは気持ちを受け止めることが大切です。
  2. 具体的で分かりやすい表現:
    避けたい例:「あっちに」「それを」「ちょっと待って」
    良い例:「あちらの椅子に座りましょう」「ズボンを下ろしますね」
    理由:「あれ」「それ」などの指示語は伝わりにくいため、一つ一つの動作を具体的に言葉にします。
  3. 本人のペースに合わせる:
    急かさず、ご本人が言葉を理解し、行動に移すまで、穏やかな気持ちで待つ姿勢が信頼関係につながります。

効果的な3つの誘導テクニック

テクニック1:「理由付け誘導」

行動の目的を伝えることで、自然な流れで誘導します。

  • 具体例:「お茶を飲む前に、一度お手洗いに行きましょうか」「お散歩の前に、済ませておくと安心ですね」

テクニック2:「選択肢提供法」

本人に選んでもらうことで、主体性を尊重し、指示されている感覚を和らげます。

  • 具体例:「お手洗いに行きますか?それとも、もう少し休んでからにしますか?」「一人でできそうですか?一緒に行きましょうか?」

テクニック3:「行動の分割」

一連の複雑な動作を一つずつに分解して伝えます。

  1. 「では、まず立ち上がりましょう」
  2. 「次に、一緒にあちらまで歩きましょう」
  3. 「ドアを開けますね」
  4. 「ゆっくり座りましょう」

このように、一度に一つの指示に集中してもらうことで、実行機能障害がある方でもスムーズに行動しやすくなります。

定時誘導と習慣化の工夫

工夫8:生活リズムに合わせた定時誘導

排泄パターンを1週間ほど記録し、ご本人なりのリズムを把握します。その上で、起床時、食前・食後、就寝前など、生活の流れの中でトイレに誘う時間を決めると習慣化しやすくなります。

工夫9:儀式化・習慣化の活用

トイレに行くことを目的とせず、別の楽しい習慣と結びつけます。

  • 具体例:「手を洗いに行きましょう」と誘い、洗面所の近くにあるトイレに自然に誘導する。「〇〇さんの好きな歌」を歌いながらトイレまで歩く。

【ケース別】成功事例から学ぶ支援のヒント

事例1:視覚手がかりで夜間の徘徊が改善したAさん

  • 状況:70代女性、アルツハイマー型認知症。夜間にトイレの場所が分からず、寝室内を探し回ってしまう。
  • 対策:
    1. トイレのドアに大きな便器の写真と「お手洗い」の文字を表示。
    2. 寝室からトイレまで蓄光テープで誘導線を設置。
    3. トイレに人感センサーライトを設置。
  • 結果:2週間ほどで夜間にトイレを探し回ることが大幅に減少し、ご家族も安心して眠れるようになった。

事例2:声かけの工夫でトイレ誘導の拒否が減ったBさん

  • 状況:80代男性、血管性認知症。「トイレに行きましょう」と誘うと、「行きたくない」と拒否することが多い。
  • 対策:
    1. 声かけを「少しお部屋の中をお散歩しましょうか」に変更。
    2. リビングからトイレへ、少し遠回りする散歩ルートを設定。
    3. トイレの前を通りかかった際に「あら、ちょうど良いところに椅子がありますね。少し座って休みませんか?」と便座に座ることを提案。
  • 結果:直接的な誘導による拒否がなくなり、自然な流れで排泄する機会が増えた。

まとめ:認知症でも「できる」を支える視点を

認知症であっても、適切な環境調整とコミュニケーションの工夫により、トイレでの自立度を維持・向上させることは十分可能です。重要なのは、できないことに注目するのではなく、ご本人の残された能力を最大限に活かし、混乱を最小限に抑える支援を提供することです。

成功のキーポイント

  • 個別性の重視:その人の生活歴や好み、症状に合わせた工夫を行う。
  • 段階的な調整:認知症の進行や状態の変化に合わせて、柔軟に方法を見直す。
  • 成功体験の積み重ね:「できた」という体験が、ご本人の自信と次の意欲につながる。

最初はうまくいかないこともあるかもしれません。しかし、諦めずに様々な工夫を試すことで、ご本人と介護者の双方にとって、より良い方法が必ず見つかります。

本人が「自分でできた」という達成感を感じ、支援者も「うまくいった」という充実感を得られる。そんな支援を目指して、今日からできる工夫を始めてみませんか?


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