こんにちは、理学療法士の赤羽です。
膝前面の痛みを訴える患者に対して、「軟骨がすり減っているから痛い」と説明されることは少なくありません。
しかし、関節軟骨そのものには自由神経終末が乏しく、主要な侵害受容入力組織とは言いにくいのが現実です。
(※もちろん、変形性関節症の進行に伴う軟骨下骨の病変や、神経線維のスプラウティング〈新生〉などが痛みの発生源になり得るという最新のペインサイエンスの視点も忘れてはいけません。)
そのため、前方膝痛においては軟骨だけでなく、滑膜(synovium)、関節包(joint capsule)、そして膝蓋下脂肪体(infrapatellar fat pad: IPFP/Hoffa fat pad:ホッファ脂肪体)などの軟部組織を「有力な痛みの入力源」として考える必要があります。
- 膝蓋下脂肪体(IPFP)は豊富な神経・血管を有し、前方膝痛の有力な侵害受容入力源となり得る。
- 伸展終末や深屈曲で組織圧が高まり、機械的ストレス(圧縮・牽引)を受けやすい特性を持つ。
- 局所の評価に留まらず、運動連鎖の観点から「なぜそこにストレスが集中したのか」を追及することが重要。
膝蓋下脂肪体への機械的刺激を疑う所見
膝蓋下脂肪体は、膝関節内に存在しながら滑膜外に位置する組織で、豊富な神経・血管を有し、前方膝痛の侵害受容入力源となり得ます。意識下での膝関節内構造の刺激研究では、前方組織の刺激が明瞭な痛みを引き起こしうることが示されています。 (PubMed)
58歳女性。主訴は右膝前面痛。
- 増悪因子:階段下降、下り坂歩行、立位で膝を伸ばし切った場面
- 軽減因子:膝をわずかに曲げる
- 圧痛所見:膝蓋腱(patellar tendon)の両脇、特に膝蓋骨下極周囲(関節裂隙の圧痛ははっきりせず、抵抗下膝伸展での再現性も強くない)
- 特殊テスト:ホッファテスト(Hoffa test)では、伸展終末で前方痛が再現される。
この症例では、膝蓋腱障害や膝蓋大腿関節由来の痛みも当然鑑別に挙がりますが、「伸展終末で増悪し、軽度屈曲で軽減し、膝蓋腱両脇の圧痛がある」という所見の組み合わせは、膝蓋下脂肪体への機械的刺激を強く疑わせます。
なぜ膝蓋下脂肪体が痛みの入力源になり得るのか
その理由の一つは、膝蓋下脂肪体が侵害受容的に痛みを出しうる組織であることです。
組織学的研究では、膝蓋下脂肪体および隣接滑膜にサブスタンスP神経が分布していることが示されており、侵害受容や神経原性炎症への関与が示唆されています。(PubMed)
つまり、この組織は単なる隙間を埋める脂肪ではなく、炎症や機械刺激に反応して痛みの入力源になり得る生理学的特徴を持っています。
動的に変形する組織としての特性
さらに重要なのは、膝蓋下脂肪体が動的に変形する組織であることです。
生体力学研究では、膝蓋下脂肪体の組織圧が膝関節運動の端域、すなわち伸展終末(20°未満)および深屈曲(100°超)で有意に高まることを報告している。完全伸展および120°屈曲では前方コンパートメント容量も最小であり、膝蓋下脂肪体は両端域で機械的ストレスを受けやすい可能性があることが示されています。(PubMed)
つまり、立位で膝をロックする癖、歩行や立ち上がりでの伸展終末反復、あるいは深い屈曲反復があると、脂肪体に対する圧縮(compression)や牽引ストレスが増え、侵害受容入力が持続しやすくなります。
この観点に立つと、評価では「どこが痛いか」だけではなく、どの動きで、どの姿勢で、どの反復負荷で脂肪体にストレスが集中しているのかまで考えることが重要です。

膝蓋下脂肪体が侵害受容入力組織であったとしても、その背景には、膝蓋骨の位置異常、膝蓋大腿関節での接触様式の偏り、股関節や足部を含む運動連鎖の問題、立位での過伸展戦略などがある可能性があります。脂肪体を痛みの出ている場所として評価するだけでなく、なぜそこに機械的ストレスが集中したのかまで追う必要があります。
膝蓋下脂肪体への理学療法アプローチ
この仮想症例に対する理学療法では、まず膝蓋下脂肪体へのストレスを減らすことが介入の中心になります。
- 立位や歩行で膝を伸ばし切ってロックする戦略の修正
- 痛みを誘発しにくい軽度屈曲位での運動設定
- 必要に応じたテーピングによる除圧
- CKCでの運動を用いた大腿四頭筋機能の再構築
- 股関節や足部を含めた荷重制御の改善など
ここで極めて重要なのは、介入によって伸展終末痛や圧痛、動作時痛がどう変化するかを再評価し、本当にこの組織が主たる侵害受容入力源なのかを検証し続けることです。
膝蓋下脂肪体は前方膝痛における「強力な容疑者(鑑別すべき重要な候補)」ですが、常に単独の主犯とは限りません。脂肪体を疑うことと、脂肪体と断定することは別ですので、常に多角的な視点を持つよう注意が必要です。
まとめ
前方膝痛をみるとき、画像所見や疾患名だけで捉えると、評価も介入も曖昧になりやすくなります。
膝蓋下脂肪体は、侵害受容入力組織として十分に妥当性があり、しかも運動やアライメント、反復負荷の影響を受けやすい組織です。だからこそ臨床では、「どこが痛いのか」だけでなく、「なぜそこに侵害刺激が入り続けるのか」という視点が必要になります。
【参考文献】
- Dye SF, Vaupel GL, Dye CC. Conscious neurosensory mapping of the internal structures of the human knee without intraarticular anesthesia. Am J Sports Med. 1998 Nov-Dec;26(6):773-7.
- Bohnsack M, Meier F, Walter GF, Hurschler C, Schmolke S, Wirth CJ, Rühmann O. Distribution of substance-P nerves inside the infrapatellar fat pad and the adjacent synovial tissue: a neurohistological approach to anterior knee pain syndrome. Arch Orthop Trauma Surg. 2005 Nov;125(9):592-7.
- Bohnsack M, Hurschler C, Demirtas T, Rühmann O, Stukenborg-Colsman C, Wirth CJ. Infrapatellar fat pad pressure and volume changes of the anterior compartment during knee motion: possible clinical consequences to the anterior knee pain syndrome. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2005 Mar;13(2):135-41.
- Kim JH, Lee SK. Superolateral Hoffa Fat Pad Edema and Patellofemoral Maltracking: Systematic Review and Meta-Analysis. AJR Am J Roentgenol. 2020 Sep;215(3):545-558.
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