先生は日々の臨床で、こんな疑問を感じたことはありませんか?
- 「脊柱起立筋って言うけど、実際はどんな筋で構成されているの?」
- 「姿勢に関わるインナーマッスルとアウターマッスルの具体的な違いは?」
- 「棘筋と多裂筋って、どう違うの?アプローチの対象になる?」
教科書ではあまり大きく取り上げられない「棘筋(きょくきん)」。
しかし、棘筋は脊柱起立筋群の中でも最も内側に位置し、姿勢保持や脊柱の分節的な安定性において非常に重要な役割を果たしています。
このコラムでは、見過ごされがちな棘筋にフォーカスし、その解剖学から臨床での評価、具体的なアプローチまでを分かりやすく解説します。ぜひ、明日からの臨床にお役立てください。
棘筋の解剖と作用


棘筋は、脊柱起立筋群(最長筋、腸肋筋、棘筋)の最も内側に位置する細長い筋肉です。
棘筋(頸部)
- 起始:第7頚椎〜第1胸椎の棘突起
- 停止:第2〜第4頚椎の棘突起
棘筋(胸部)
- 起始:第11胸椎〜第2腰椎の棘突起
- 停止:上位の胸椎(第4〜第8)棘突起
支配神経
- 脊髄神経後枝
主な作用
- 脊柱(特に胸椎・頸椎)の伸展
- 軽度の側屈(片側収縮)
- 姿勢保持(抗重力活動)
棘筋の評価方法
触診
棘筋は深層にあり、表層の最長筋や多裂筋に覆われているため、棘筋単体を正確に触知することは困難です。
臨床的には、脊柱起立筋群として複合的にその緊張や収縮を評価します。
MMT(徒手筋力テスト):脊柱伸展
体幹伸展テストでは、棘筋だけでなく脊柱起立筋群、多裂筋、棘間筋などが複合的に働きます。そのため、全体的な背筋群の筋力評価として捉えるのが一般的です。
段階5(Normal)& 4(Good)

- 肢位:腹臥位で、両手を頭の後ろで組む。
- 固定:検者は患者の足首を固定する。
- 指示:「ベッドからおへそが離れるまで、体を反らしてください。」
- 判定:
5:強い抵抗を加えても、最終域で姿勢を完全に保持できる。
4:最終域まで動かせるが、抵抗に対してやや保持が揺らぐ。
段階3(Fair)

- 肢位:腹臥位で、両腕を体側に置く。
- 固定:検者は患者の足首を固定する。
- 指示:「ベッドからおへそが離れるまで、体を起こしてください。」
- 判定:
3:抵抗なしで、可動域全体を動かせる。
段階2(Poor), 1(Trace), 0(Zero)

- 肢位:腹臥位。
- 指示:段階3と同様の指示を行う。
- 判定:
2:ごくわずかに体幹伸展がみられる(部分的ROM)。
1:脊柱傍で筋収縮を触知できるが、動きはみられない。
0:筋収縮が全く触知できない。
棘筋の機能低下がもたらす影響
棘筋の機能が低下すると、臨床上どのような問題が生じるのでしょうか?
棘筋は細く短い筋束で構成され、主に分節間の支持性と持続的な姿勢制御に寄与しています。
この棘筋の筋力低下や滑走不全が起きると、すぐ外側にある多裂筋や最長筋が代償的に過活動となり、結果として慢性的な腰痛や肩こりの一因になることがあります。
また、頸部から胸椎にかけての分節的な支持力が低下するため、円背(胸椎後弯)や前方頭位姿勢(ストレートネック)の助長にも繋がります。
臨床で使える!棘筋へのアプローチ方法
棘筋へのアプローチは、筋力強化よりも「分節的な動きの再学習」と「過緊張の緩和」が重要です。
1.リラクゼーション(リリース)
棘筋の過緊張は、周囲の筋との滑走性を低下させます。呼吸を利用して優しくアプローチしましょう。
- 方法:患者は安楽な腹臥位または側臥位をとる。
- セラピストは脊柱の棘突起のすぐ外側に指をソフトに当て、患者にゆっくりと深呼吸を繰り返してもらう。
- 呼気時に指をわずかに沈めるように圧を加え、筋の弛緩を促す。
2.分節的運動(ヒップリフト)
背骨を一つずつ意識して動かすことで、棘筋を含む深層筋の活動を促します。


- 方法:仰向けで膝を立てる。
- 挙上:息を吐きながら、骨盤を後傾させ、お尻から順番に、腰椎、胸椎と一つずつ背骨を床から離していくように意識してお尻を上げる。
- 下降:息を吸いながら、胸椎、腰椎、骨盤の順で、一つずつ背骨を床につけていくようにゆっくりと下ろす。
【臨床ちょこっとメモ】棘筋アプローチのポイント
- 棘筋は筋紡錘が少なく疲労耐性が高いとされ、持続的な姿勢制御(分節安定性)に優れています。
- アプローチの際は、多裂筋や腹横筋との協調的な活動(インナーユニット)を意識させることが不可欠です。
- 高負荷な筋力トレーニングよりも、上記のような「背骨一つ一つの動きを意識させる」分節的な運動制御トレーニングが効果的です。
- 棘筋単体の損傷は稀ですが、腰背部痛の根本原因を探る上で必ず着目すべき筋肉と言えるでしょう。
まとめ:棘筋の臨床的意義
最後に、本コラムの重要ポイントをまとめます。
① 棘筋の解剖と機能
- 脊柱起立筋の最内層にあり、頸部・胸部に分かれる。
- 主な作用は脊柱の伸展と姿勢保持であり、特に分節的な安定性に寄与する。
- 疲労に強い性質を持ち、持続的な姿勢制御に特化している。
② 機能評価と影響
- 単独での触診やMMTは困難。脊柱伸展テストで複合的に評価する。
- 機能低下は多裂筋などの代償を招き、慢性腰痛や不良姿勢(円背・前方頭位)の原因となりうる。
③ 臨床アプローチ
- アプローチの鍵は「筋力強化」よりも「運動制御の再学習」。
- リリースでは呼吸を利用した優しいアプローチを、運動療法ではヒップリフトなどの分節的運動が効果的。
- 多裂筋や腹横筋との連動性を高める視点が重要。
今回ご紹介したのは、数ある脊柱周囲筋の中の「棘筋」という一つの筋肉に過ぎません。
実際の臨床では、これらの筋肉が三次元的にどのように位置し、互いにどう影響し合っているのかをイメージすることが極めて重要です。
もし、あなたが解剖学の知識に少しでも不安を感じていたり、「なんとなく」で行っている臨床から脱却したいと考えているなら、私たちと一緒に学びを深めてみませんか?