こんにちは。理学療法士の赤羽です。疼痛について解説するシリーズの第32回目、今回はニューロマトリックス理論で示されている痛みの流れから、「入力」と「処理」という2つの側面について考えていきます。
【こんなケースありませんか?】
ある50代女性。デスクワーク中心で、数か月前から腰痛が続いていました。整形外科の画像検査では「特に異常なし」。しかし、ご本人は「座っているだけで痛い」と強く訴えます。
このとき、私たちは「椎間板が問題なのか?」「筋肉が硬いのか?」「椎間関節か?」などと、痛みの原因を末梢組織、つまり“入力”ばかりに目を向けがちです。しかし、痛みは「入力」だけでなく、脳での「処理」の過程にも大きく左右されるのです。
痛みは「脳の出力」である:ニューロマトリックス理論の視点
まず前提として、痛みは単なる侵害受容信号ではありません。IASP(国際疼痛学会)の定義でも「不快な感覚・情動体験」とされ、入力された情報に加え、脳内での「意味づけ」や「予測」「文脈」が深く関与します。
メルザックが提唱したニューロマトリックス理論では、痛みは「入力の結果」ではなく「脳の出力」として再構成されることが示されています。つまり、末梢からの「入力」と、脳内での「処理」の結果として、最終的に痛みという感覚が「出力」されるのです。
患者さんの痛みを正しく理解し、効果的なアプローチを行うためには、「入力の問題」と「処理の問題」の両面を見極める必要があります。
【臨床での見分け方】入力の問題 vs 処理の問題
では、具体的にどのように見分けていけばよいのでしょうか。それぞれの特徴を解説します。
1. 入力の問題とは?
「入力」とは、末梢からの侵害受容や感覚情報そのものを指します。主に組織の物理的な状態が関与します。
- 組織損傷や炎症(例:捻挫、打撲、関節炎)
- 明確な圧痛点の存在
- 特定の動作や荷重で痛みが必ず再現される
例えば、変形性膝関節症の患者さんが、荷重時に毎回同じ部位に鋭い痛みを感じる場合、末梢組織からの「入力」が強く関与している可能性が高いと考えられます。
2. 処理の問題とは?
「処理」とは、脳内での情報の統合・予測・文脈依存的な修飾を指します。中枢神経系の機能的変化が大きく関わります。
- 痛みが解剖学的な分布と一致せず、広範囲に広がる
- 痛みの強さが日や状況によって大きく変動する(天候、気分、ストレスなど)
- 睡眠障害や強い倦怠感、集中力低下などを伴う
- 「また痛くなるかも」という恐怖や破局的思考によって痛みが強まる
痛覚変調性疼痛(いわゆる中枢性感作)や線維筋痛症などは、末梢の「入力」だけでは説明がつかず、この「処理」の過程が主な原因と考えられます。
3. 入力と処理を見分ける評価のポイント
臨床では以下の3つのポイントで優位な側を推論します。
- 解剖学的分布との一致度:神経支配や組織の部位と痛みの範囲が一致すれば「入力」、非一致なら「処理」の可能性を考えます。
- 痛みの再現性:特定の動作で毎回同じ痛みが出るなら「入力」、状況依存で痛みが大きく変動するなら「処理」の可能性を考えます。
- 中枢性感作のサイン:アロディニア(触れるだけで痛い)、睡眠障害、疲労感、思考力低下などの随伴症状があれば、「処理」の関与を強く疑います。
注意点: これらは完全に二分できるものではなく、多くの慢性痛患者さんでは「入力」と「処理」の問題が複雑に混在しています。どちらがより臨床像を強く規定しているか、「優位性」を判断することが重要です。
【臨床応用】優位性に応じたアプローチの選択
「入力」と「処理」のどちらが優位かによって、アプローチの主軸は大きく変わります。
① 入力優位の場合のアプローチ
組織の治癒を促し、メカニカルストレスを軽減することが中心となります。
- 炎症や組織負荷に応じた徒手療法・運動療法
- 組織への負担を減らすための動作指導や環境調整
- 皮膚・筋膜・関節・神経など、末梢受容器への直接的なアプローチ
② 処理優位の場合のアプローチ
脳の過剰な防御反応を鎮め、痛みの意味づけを変化させることが中心となります。
- 患者教育(ペインリテラシーの向上): 「痛みは必ずしも組織の損傷信号ではない」ことを丁寧に説明し、安心感を提供します。
- 段階的活動量増加法 (Graded Exposure): 痛みや恐怖を感じる動作を、ごく小さな範囲から安全に試してもらい、「動いても大丈夫」という成功体験を積み重ねます。
- 睡眠・ストレスへの介入: 痛みを増悪させる背景要因(睡眠不足、心理社会的ストレス)を評価し、生活習慣の改善をサポートします。
【冒頭の症例の結末】
冒頭の50代女性は、座位での強い痛みはあるものの、明確な検査所見は乏しく、仕事のストレスや睡眠不良も抱えていました。そこで「処理優位」と判断し、まずは痛みと脳の関係について教育を行いました。そして、恐怖感の少ない短時間の立位作業を導入し、徐々に座位時間を延ばすアプローチを実施。数週間後には「痛みに支配されない時間が増えた」と笑顔で語ってくれました。
まとめ:痛みの評価とアプローチの新たな視点
患者さんの訴える痛みを正しく理解するためには、多角的な視点が不可欠です。
- 痛みは末梢からの「入力」と、脳内での「処理」の両面を統合して理解する必要があります。
- 「入力」優位の痛みは、再現性があり解剖学的分布と一致しやすい特徴があります。
- 「処理」優位の痛みは、変動しやすく非解剖学的で、恐怖やストレスなど文脈に依存しやすい特徴があります。
- 臨床では「どちらが優位か」を推論し、介入の軸を決めることが、効果的なリハビリテーションにつながります。
- 患者さん自身が痛みの意味を再構築できるようサポートすることが、改善への重要な第一歩となります。
参考文献
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- Moseley GL, et al. Teaching Patients About Pain. J Pain. 2024.
- Finan PH, et al. The association of sleep and pain. J Pain. 2013.
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- Lersch FE, et al. Analgesia for the Bayesian Brain: How Predictive Coding Offers Insights Into the Subjectivity of Pain. Curr Pain Headache Rep. 2023.
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