こんにちは、理学療法士の赤羽です。疼痛について解説するシリーズの第22回目です。今回は中殿皮神経について症例を通して考えていきます。
腰殿部痛は非常に一般的な症状であり、筋筋膜性疼痛、椎間関節障害、椎間板性疼痛、仙腸関節障害など、多くの構造が原因となりえます。しかし近年、皮神経の絞扼が腰殿部痛の原因として注目されており、特に上殿皮神経(SCN)と中殿皮神経(MCN)の関与が報告されています(Isu et al., 2018)。 今回、MCN障害による腰殿部痛の一例を通して、臨床での評価・推論のプロセスと、生活背景が神経に与える影響について考察します。
症例の基礎情報
年齢・性別:52歳・女性 職業:主婦(高齢の母親を自宅介護中) 主訴:左腰殿部の痛みとしびれ感(特に座位から立ち上がる瞬間) 既往歴:腰椎椎間板ヘルニア(20年前)、現在は症状なし
現病歴
半年前より左殿部の違和感を感じ始め、3か月前から明確な痛みとしびれを自覚。症状は以下の状況で増悪する:
- 座位から立ち上がる瞬間にピリッとした痛み
- 長時間の立位で鈍痛が増悪
- 腰を反らす動作で症状増強
- 特に左後上腸骨棘のやや下・外側を押すと、しびれ感が殿部内側に放散する
整形外科でMRI検査を実施したが、椎間板変性は年齢相応で神経根圧迫所見はなし。湿布とロキソニン内服を処方されたが症状改善せず、理学療法を希望して来院。
実施評価と結果
鑑別の視点
以下の可能性を検討:
- 椎間関節性腰痛
- 仙腸関節障害
- 殿筋群由来の筋筋膜性疼痛
- 坐骨神経痛(二次性絞扼)
- MCN障害
特徴的な評価結果
- SLRテスト:陰性(神経根の関与は低い)
- Patrickテスト:陰性(仙腸関節の関与は低い)
- Kempテスト:軽度陽性(腰椎伸展での症状誘発)
- 後上腸骨棘の尾側35mm、腸骨稜端のやや外側に明確な圧痛点あり
- 圧痛点を押すと、MCN領域(殿部中央~内側)に放散するしびれ感あり(Tinel徴候陽性)
- MCNブロック(キシロカイン1% 1mL)実施 → 10分後、症状の大部分が消失
→ 中殿皮神経障害の診断基準(Isuら, 2018)をすべて満たす
統合と解釈:なぜMCNが障害されたのか?
MCNはS1~S3由来の後枝であり、仙骨裂孔付近から腸骨大殿筋間を貫いて皮下に出る。その走行途中で筋膜や筋間結合組織により絞扼を受ける可能性があります。 本症例では、
- 長時間の前屈姿勢(母親の介助で前屈姿勢が多い)
- 腰椎後弯+骨盤後傾位での生活習慣
- 腸骨稜部の圧痛+放散痛(Tinel徴候陽性)
という所見から、神経の滑走障害・絞扼が発症要因と考えられました。
考察:生活歴が神経障害に与える影響
この患者は、1日を通して介護作業が多く、前屈位や中腰姿勢での作業が習慣化していた。また、家庭内作業が多く、セルフケアの時間が取れず、筋緊張のコントロールや運動習慣が不足していた。 このような慢性的な筋膜緊張+圧迫環境は、皮神経の絞扼を誘発する環境となりうる。
介入とその結果
- 局所の筋膜リリース+モビライゼーション(特に腸骨稜~仙骨外側部)
- 神経への介入(軽度伸長と滑走)
- 立ち上がり動作の修正指導(ヒップヒンジ+体幹伸展誘導)
- 介助時の体幹アライメント修正とストレッチのセルフエクササイズ指導
2週後の再評価では、立ち上がり時の痛みはVAS 8→3に減少。座位保持時の鈍痛も減少し、生活の中で症状が気にならない時間が増えたと報告された。
まとめ
MCN障害はMRIやレントゲンで異常が捉えられないため、臨床的評価が非常に重要である。本症例では、解剖学的位置に一致するトリガーポイントとTinel徴候、ブロックテストの反応により、MCN障害を特定できた。 神経絞扼は、生活習慣や姿勢環境と密接に関係しているため、病態評価だけでなく、背景環境の評価と介入も極めて重要である。
参考文献
- Isu T, Kim K, Morimoto D, Iwamoto N. Superior and Middle Cluneal Nerve Entrapment as a Cause of Low Back Pain. Neurospine. 2018 Mar;15(1):25-32.
- Yoichi Aota, Entrapment of middle cluneal nerves as an unknown cause of low back pain, World J Orthop,2016 Mar 18;7(3):167–170.
- 坂井建雄監修.プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系 第2版.医学書院.
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